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第2話

「君たちは……」

「ああは……」

「すみません」

「ちょっと早く退いて重い……」


 どうしてこんなことになっちゃったんだろ。


 あたしたちはただ進展がありそうだと聞きつけて、その様子を見に来ただけなのに、マリアがすっころんじゃって揉めているところに三人まとめてもんどりうって出ちゃった。


 その場の注目も浴びちゃうしで最悪だ。


 この趣味はひっそりと眺めてそれを元にあれこれと話し合うのが楽しみなのに、話の中心にわざわざ頭から突っ込んでしまうだなんて今日のあたしたちはどうかしている。


 早くここから立ち去って彼らの記憶から消して欲しいと願っているのに、さっきから二人がもたもたするだけで、全然起き上がれないっていうか、重い!


 あたしが一番下になってるから動けない。はやくどいてと言ってるのに、どうして二人共もたもたしているの!


 というか、マリアが転んだのにどうしてあたしが一番下になっているのか、意味が分からない。


 普段の淑女教育なんて忘れてどいてと叫んでいたら、突然現れてあたしたちにあっけに取られていた人たちが慌てたように動き出して助けてくれた。


「す、すみません……」

「ありがとうございます」

「助かりましたわ」


 助けてくれたことにお礼を言いつつ、相手の顔を確認する。


「うわっ……」


 あたしを助けてくれたのは、グラディス様だった。


 助けてもらっておいて、こんなことを言うのは駄目かもしんないけど、別の人がよかった。アントニー様とかね。


 カリアとマリアを助けたのは、ステファン様とアンドリュー様だった。


 あっちとこっちどっちがいいかって問われたらどっちも嫌としか言い様がない方々。


 グラディス様は柔らかい金色の髪に緑色の瞳にあどけないと言葉が似合いそうな可愛らしい顔をされていらっしゃるが、その可愛らしい見た目とは裏腹に、この国始まって以来の天才で、お年はあたしたちの二つ下の14歳だけど、飛び級されてあたしたちと同じ学年だ。


 グラディス様は元々平民だったのだけれど、その才を買われて貴族の養子になった。


 出自のことで何か問題が起きるんじゃないかと予想されていたのだけど、グラディス様にそういうことを言いに行った方たちのご実家はもれなく、没落していったので、みんな関わり合いになりたくないと避けていらっしゃる方。


 グラディス様は自分に攻撃的な人以外は興味がないので、基本的に声を掛けられても無視されてしまう。


 偉い人と性格に問題のあるお方。どちらもあまり関わり合いにはなりたくない方々だ。


 そんな方がどうしてあたしたちを助けているのか。というか、どうしてこの場にいらっしゃるのか分からない。


 あたしたちが来た時にはグラディス様っていたっけ? よく思い出せない。


 あたしたちは今日も今日とて恋愛小説のような場面がないかって、学園内をさ迷い歩いていたら、何か騒がしいかったので、もしかしたら新たなラブロマンスが発生しているのかもと勢いよく来たのがいけなかった。


 あたしたちは三人仲良くスッ転んで皆様方の前に瞑れたカエルのように姿を現してしまったのだから。 


 もしかしたら、あたしたちが大事な場面の邪魔をしてしまったせいか。なるほど、後で報復があるかもしれないと考えておけばいいよね。


 いや、よくない。怖いんだけど、今逃げたところで顔はしっかりと見られてる訳だから逃げたって意味はない。


 二人も同じことを考えているのか、段々と顔色が悪くなって行くのが横目に見えた。


「も、申し訳……」

「別にいいけど、誰?」

「ええっと……」


 グラディス様に認識されていなかったことに喜ぶべきなんだろうけど、名前を答えて認識されてしまうのは、よくないことだ。


 お父様、お母様うっかり大事なところで転んでしまった愚かな娘をお許しください。


「……リザベル、リザベル・シュリアンです。グラディス様」

「僕のこと知ってるんだ」

「は、はい。有名な方ですから」

「ふうん」


 怖い。


 あたしより過ごして低い位置から値踏みされるような視線に視線を反らしてしまいたくなるけど、実際にそれをしてグラディス様の機嫌を損ねてしまったらと思うと、そんなこと出来ない。


 だけど、グラディス様の目を見るのも恐ろしくて、気が付けばあたしの視線はさっきまで転がっていた床にしっかりと固定されていた。


「あ、あの……」

「それで? 何をしていたのかな?」


 あたしたちこれで失礼しますと言おうとしたのに、先にグラディス様に問いかけられてしまい、逃走失敗。


 邪魔をしなければ、グラディス様は周囲の人間には無関心だ。


 だけど、今こうして誰何されているってことは、邪魔をしてしまったか、興味を持たれたかってこと。


 どっちでも嬉しくないけど、どちらの方が被害が少ないのか。


 ああ、でも、この場合悪い方で聞かれているのだからそんなこと考えたって無駄だ。


「も、申し訳ございません。あたしたちこの先の庭園に向かう途中で、皆さまがなにやら揉めているみたいで、別の道から行こうか、先生を呼びに行こうか悩んでいただけで……」

「三人並んで転ぶの?」

「そ、それは……」

「あ、あの!」


 それは本当にそう。あたしなんて二人の下敷きになってたんだから、


 何て言えば一番被害が軽くなるかと、あまりよろしくない頭を必死こいて働かせていたら、可愛らしい声がその場に響いた。


 あたしたち三人の声とは違うその声はあたしたちがヒロインと呼ぶ少女のもので、その場にいた全員が彼女の声に振り向いた。


 その視線にヒロインちゃんはちょっとびっくりしていたみたいだったが、彼女は気丈にも口を開いた。


「あなたたち怪我は? 大丈夫だった?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ええ」

「あ、あの、あたしたちお邪魔でしょうからこれで失礼します」


 この場を逃したら逃げられるかわからない。それだったらヒロインちゃんが作ってくれたこのチャンスを逃すだなんてあり得ない。


 三人でペコペコ頭を下げまくってあたしたちはその場から逃げ出した。


「怖かった……」

「あれ誰が転んだの?」

「あたしじゃない」


 空いていたサロンに逃げ込んで、さっきの出来事を反芻する。


 あたしグラディス様に名前を教えてしまった。明日からの学園生活終了ね。もしかしたら、家も危なくなるかもだからお父様たちに謝罪の手紙を書いておかなくちゃ。


 さっきのことを思い出すだけで、震えが止まらない。


 グラディス様がすぐにあたしたちのことを忘れてくれたらいいんだけど、そう都合よくいくかな?


 とりあえず、喧嘩する二人を止めてこれからの対策を決めなくては。


 あたしたちが取った対策はなるべく目立たないように学園生活を過ごすことだった。


 誰かに聞かれたらそれだけ? と聞かれそうだけど、マリアはともかくあたしたちが出来る対策なんてそれぐらいしかないじゃない。


 それともどこか別の国に逃げる?


 どこに? 国が違えば、言葉も文字も違う。


 他の国の言葉なんて今まで必要ないと思っていたから、全く勉強なんてしてなかったから今すぐには無理だ。


 それなら、あたしたちが出来る対策なんて、大人しくすることぐらいでしょ。


 そう決めて、あたしたちは翌朝学園に登校すれば、あたしたちの学園生活は一変していた。


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