「やめてください!」
ピンクの髪の女の子が後ろにいる庶民の子を庇いながら、目の前の人に怒鳴りつける。
この子は庶民の子がいじめられていると思って、二人の間に飛び込んだみたい。だけど、残念。そるより先にここで二人の様子を窺っていたあたしたちには違うって分かっている。
庶民の子が場所も弁えずに騒いだのをただ止めただけなのに、あそこまで勘違いしてあの子が割って入っただけだ。
え? 止めに入らないのかって?
いや、無理でしょ。
「なんだお前俺様のことを知らないのか?!」
「知る訳ないでしょ! あたしは会ったこともない人なんて名前も顔も知らないわ!!」
「なんだと……」
あーテステス。あたしたちは今演劇のようなやり取りをしている二人とは違うところでこっそりと覗き見をしている三人組。
キラキラに輝くピンク色の髪と同色瞳に可愛らしい顔。まさに物語のヒロインのような姿の美少女の前に立ちはだかるのは黒髪に金色の瞳のこの国の第二王子のステファン様。
「わー……」
「あたしやっばり俺様はないかな」
「分かる」
「あ、誰か来た」
「何をしている! 嫌がってるじゃないか!」
激しく同意したところで今回の当て馬に成りそうな好青年風の男の子。
「「「キ、キター!!!!!!!!!!!!」」」
小声で絶叫してから好青年の顔をまじまじと見つめる。
銀色の髪に青い瞳。きりりとした優しげな顔に見覚えがある。
「あれって隣国の王子様じゃない?」
「えっ嘘。ここは公爵家のアンドリュー様とかじゃないの?」
「あの方が王族に意見なんか出来る訳ないじゃないの」
「言われてみればそうかも」
「納得ね」
ステファン様と確かアントニー様が二、三言会話をしてそのままステファン様が騒いでた子を連れてどこかへと行かれてしまった。
アントニー様にぺこぺこと頭を下げた少女はアントニー様と一緒に歩き出した。
「今回の当て馬はアントニー様? それとも本命?」
「別の人がよかった」
「確かに。アントニー様はカッコいいけど腹黒っぽそうなのが出てるから」
そのまま誰がいいかと言い合いながらあたしたちも移動する。
あたしたちはこの国の貴族子女だ。毎日毎日礼儀作法に貴族ならば身に付けるべき教養。そんなことに飽き飽きとしていたあたしたちがハマったのは市勢で流行っている恋愛小説だった。
その本たちにはヒロインがヒーローとくっつくまでに紆余曲折あり、ヒーローに恋するライバルだのあったが、あたしたちが気になったのはヒロインに恋しているのにヒーローとくっつくためならと身を引いてしまう当て馬の君だ。
あたしたちは彼の不遇さに泣き、ヒーローよりも性格のよい場合の多い当て馬の君の方が好みだと三人意気投合したが一つだけ問題があった。
あたしたちがどんなに当て馬の君を好きになっても当て馬の君は現実には居ない。そのことに気付いてあたしたちはそりゃもう盛大に泣いた。泣きすぎて家族にまで心配される程に泣いた。
そして、現実でも当て馬の君を探そうと決意してまずは身近な学園からと辺りの人たちをよく観察するとこれが意外に居たの。
あたしたちはそのことに歓喜し、その日から他人の恋路を遠くから見守るのが日課になった。
今あたしたちが注目しているのは先ほど見た美少女とその恋愛。
タイミングよく始まりそうだったっていうのもあるんだけど、彼女は平民育ちで能力の高さと見た目のよさを認められて貴族の養子になった子だ。
ヒロインになるならああいった子なんじゃないかって三人で話し合っているところに恋愛小説に出てくるようなやり取りがあってあたしたちのテンションは激しく上がってしまったって訳。
あ、とりあえずあたしたちの紹介からするね。
あたしはリザベル・シュリアン。仲がいい人からはリサって呼ばれているわ。
うちの家は子爵家で商売もやっているから子爵家の中ではわりと裕福な方らしい。
腰まである薄茶の髪に緑の瞳、身長はやや低めだけどそれがいいって言ってる人が居るのも聞いたことがあるので身長についてはあまり気にしてない。
あたしの隣に居る若草色の髪をツインテールにしているのがカリナ・アンセント。彼女は男爵家の娘であたしたちの中で一番可愛いけれど、現実の男性には興味がなく、嫁になんて行かないと言ってるのでカリナの両親には同情を禁じ得ない。
そのカリナの隣に居るのがあたしのもう一人の友人マリア・カミュレット。マリアはどこにいても目立つ真っ赤な髪に紫色の瞳はスミレのように可憐だ。社交界の間では赤バラの君と呼ばれている。
カミュレット家は公爵家であたしたちとは身分が違い過ぎるから同じ学園に居たところで、会話すらしないような人たちなのにマリアの趣味は上位の貴族たちの間では理解してくれる人が居ないらしく、鬱々とした日々を送ってたんだけど、あたしたちみたいな下級貴族は庶民の本とか気軽に買えるとどこかで聞いたらしく、マリアは一人であたしたちのところにやって来てその日の内に意気投合して仲良くなった。
その日からあたしたちは親友で、同士だ。
何のかって? それはもちろんヒロインとヒーローをくっついたのを期にひっそりと姿を消したり、陰ながら応援する当て馬の方が絶対に好きだっていうの!
だって、物語のヒーローより当て馬の方が性格よくて、優しそうであたしたちの好みにぴったりなんだもん。
でも、恋愛に出てくるような優しいイケメンなんて中々居ない。居ても、誰かが捕まえちゃってて、あたしたちが捕まえられそうな人は軒並み売れてしまっていた。
だからと言う訳ではないけど、リアルよりフィクションの方が安心して見られるんだけど、あたしたちが好きになるキャラはヒーローとヒロインの恋に破れて悲しそうな顔をして二人のことを見つめるような人たちのことが好き過ぎて好き過ぎてリアルでそういった人たちは居ないかと、普段から探してるって訳。
物語になぞらえてヒロイン、ヒーローって呼んでね!
人に話せば、そんな不毛なことしてないで、婚約者を探せと言われるけど、あたしたち三人はそういう恋愛を見つけては、キャーキャー言って楽しんでるし、ひっそりと本まで作って三人で楽しんでるだけなので、ちょっとぐらい目を瞑って欲しい。
◇◇◇◇◇◇
前回の物語のスタートらしき場面を見かけてから数日が経ったけど、今のところ続きらしきものがなくてもやもやする。
あたしたちが見たヒロインらしき女の子は友達を作ったり、勉強がちょっと苦手なのか頭を悩ませている場面を何度か見かけた。
相手役になりそうな人たちも、それぞれの学園生活を送っていてちっとも話が始まりそうになくてやきもきする。
だけど、物語と違ってここは現実なのだから仕方ない。
やきもきする気持ちを抱えながらあたしたも日常を過ごすしかない。
でも、何か変化があれば些細なことでも報告することを約束していて、何かないかと休み時間や放課後、それぞれ校内を徘徊していて逐一報告し合っているが、今のところ特に変化らしい変化がなくて退屈していた。
「何かいいことあった?」
「ない……」
「あ、あたしは四つ葉のクローバー見つけた後虹も見たよ」
「それはラッキーだったわね」
「そうだね」
そういうことが聞きたかった訳ではなかったんだけど、確かにラッキーっちゃラッキーだからそう返事をしておいたが、聞きたいのは、あの人たちに進展があったかどうかだったのに!
でも、あたしが見ていた限りそれはなかったのだから、みんなも同じよね。
期待するだけ無駄だった。
ため息を吐きたくなったが、それは淑女らしくないからと我慢する。
「何かあればいいのにね」
「そうだね。さっさと進展があればいいのに」
そう話をした翌日からあたしたちが願っていた展開が思わぬ形でやってきた。