ッコザカンカンカンカンカァーン…
軽快な出囃子に急き立てられるように。
「はぁい!」
「どーモォ」
飛び出した二つの人影が、舞台中央に据えられた拡声用魔導具に駆け寄っていく。
「エルフです!」
「オークデス」
「「ナーロッパです!よろしくどーぞー!」」
世界の命運は、この二つの亜人に委ねられた。
「オッホオオクッ殺!」
「おぅどしたどシタ?悩んでるなら聞くゾ」
出し抜けに叫んだエルフに、オークが颯爽とツッコむ。
「さーっ!コント入ろう!」
「暫し待テ。えー皆様コンニチワ。王立庶民会館という事デネ。ニスパニア王国は我輩初めてなんですケド…」
「早く!『私は屈しない!』ってやろう早く!」
「ニスパニアといえば何でしたカ?あの種の多い果物。ポーナ?の一大産地なんですってネ。まぁ我輩は人肉しか食べないんですけれドモ…」
「早く!『何時までそんな口叩けるかな?』ってホラ返して!」
「暫く前にハトコがニスパニアに侵攻してましてネ。ほめてましたヨ、ポーナ。半日漬け込むと人肉が柔らかくなるッテ」
「工夫してんなよ!」
「急に入ってくルナ」
側頭部を叩かれて、肩口を叩き返す。
「あと火魔法はやめロ」
会場に香ばしい匂いが漂った。
「表面を炙るとさぁ!脂が逃げないんでねぇ!」
「工夫してんナヨ」
「オークなぞ食わんわボケ!」
「じゃあなおさら火魔法はやめロ」
さて一体何故、エルフとオークが漫才なぞしているのか。
昔々の事である。
神々が『絶対に押すなよ?』って、ちゃんと言ったのに、鳥人族の誰かが押して、世界が熱湯に沈んだ。
のたうち回る世界を目の当たりにして、神々はいたく腹を立てた。
『ちょ、ねぇもーふざけるとか禁止!』
怒りの神託。
始まった『笑ってはいけない異世界24世紀』。
爆笑失笑、微笑みすらも区別なく、下る神罰ケツバット。
以降、この世に住まう知的生命体は、その表情とケツを固くした。
「ねぇコントしようやー」
「導入下手カ?」
「クッ殺言う方やっていいからー」
「断ル。クッ殺は貴様がしたらイイ。エルフだロ」
「いや、どちらかというとエルフの私よりもオークである貴殿がクッ殺役をした方が平常との齟齬が生じてより大きな笑いに繋がるのではと私は推察したのだが、まぁ貴殿がそこまでいうなら…」
「やめろやめろ。やるからヤメロ」
降り注ぐケツバットの嵐。
初まって三年程は、そこいら中でケツバットの音が響いていたが、世の中が荒む程、誰もが無表情に過ごす術を学んだ。
しかしそれでも、世界のケツに平穏は訪れなかったのだ。
「っクゥ。如何な恥辱に塗れようと、エルフなどに屈しはセヌ」
「ふっ……感度3000べぇだああ!」
「はやいはやイ」
そもそもは、フリとかない事を周知させる為の神託、神罰。
しかしその目的はいつしか変容する。
ケツバットが楽しくなっちゃった神々は、やがて、人々を笑かそうとしはじめた。
「大体そんだけ良いガタイしてて、どうして捕まったんだ貴殿?」
「知ルカ、貴様が言い出した設定ダ」
「ウドの大木ってやつか」
「自己紹介カナ?」
勅命を下す度に皇帝の服が破れたり。
暗黒竜の角がツインアフロに変わったり。
チョーノがホーセイをビンタしたりした。
「ぶへへ、たわわに実らせやがって」
「木の方に寄せルナ」
「ほらぁ!」
「ぐっ、ウゥ…」
「種もギッシリじゃあん」
「もしかしてポーナの話シテル?」
「さすが特産品だね」
「だからそれポーナの話ダナ」
「んー?おいおい、なんだコレは…」
「っく、止セ」
「けっこう良い腰巻きじゃん」
「ポーナの話じゃナイのカ。もう一個くらい用意しとけヘタクソ」
世界人口の約半数を痔に至らしめた神々のおふざけ。
転機が訪れたのは半世紀前。
額に『肉』と書かれたレスラーマスクを被せられた聖女様が泣いちゃった事により、神々の一部から『もしかして嫌がっているのでは?』という声が挙がる。
そう。
この世界にコンプライアンス意識が芽生えたのだ。
「上のお口は正直だなあ?」
「そうダナ。止せと言ッタ」
「下のお腹もトロトロじゃねぇか」
「そうそうバラ肉は脂が多くて加熱によりってバカヤロウ」
「あのぉ…」
「なんダ?」
「こっから先は別料金になっちゃうんですけど」
「お店カヨ。我輩の癖、ヤミ深過ぎるダロ」
「どーしますぅ?お客様まだクッ殺せてないですよねえ」
「クッ殺すってなんダ。知らねぇ言葉出スナ」
「ここまできたらマッポリして帰りましょーよ」
「だから知らねぇ言葉出スナ」
それを契機として、神界にハラスメントという言葉が流行し、やがて『笑ってはいけない異世界24世紀』撤回案も湧き上がった。
しかし、ケツバットが常態化していたハラスメンティスト界隈からは『今更ごめんとか言いずらい』と反対する声も挙がり、事態は紛糾する。
「いーよ帰ルヨ」
「えー、おかえりで?」
「帰ル帰ル」
「では900マネになりまーす」
「高価くナイ?我輩クッ殺さずじまいなノダガ。まぁイイ。じゃあ1000マネ札デ」
「ぷっ…」
「なにを笑ってイル?」
「お客さぁん、やめてくださいよぉ」
「なんダ?」
「ちょっとオーク出したって事ですかぁ?」
「事じゃナイ釣りよこセ」
幾年にも及ぶ議論の末。
落とし所が、この舞台である。
毎年選ばれた一組が神々に笑いを奉納する。
神様を笑わせただけ、ケツバットが免除されるというもの。
当然、ケツバッター共は笑うまいと堪えるであろう。デガワを愛し、ケツハラに『昔は良かった』と溢すような神々である。
ともあれ、神vs人の、ケツをかけた長き闘争が始まったのだ。
「それだとお返しが、エルフ出すってなっちゃうじゃないすかぁ」
「なっちゃわナイ」
「エルフ出すってなんですかぁ?お釣りですよねぇ!意味分かんないんですけどぉ!?」
「貴様が分からナイなら誰も分からナイ。何故なら貴様しか言ってないカラ」
「っあー!」
「今度は何ダ」
「エロく出すって意味ですかもしかして!?」
「意味ではナイ」
「すいませぇん、気が付きませんで!」
「その気付きは求めてイナイ」
ともあれ、幾世紀笑わずにいた者達である。急に神々を笑わせろと言われてもダジャレくらいしか思い付かない。
ネタに困った各国は、異世界からコメディアンを召喚する。
転生魔法。
痔主達には最早、倫理も禁忌もなかった。
「会員証お作りしますねー」
「二度とこないケドナ」
「お名前お伺いしてもいいですかー?」
「大窪ツキシロウ」
「はーい、では名前お願いしまーす」
「大窪ツキシロウだヨ!」
「いやいや。私、伺って良いか、と尋ねました」
「そーだよ大窪ツキシロウだヨ」
「良いですか?と尋ねる。当然YESかNOという答えを期待した私が?貴殿の解答を耳にして?豚野郎の言葉で『YES』という意味なのかなと捉えたのは果たしてぇー?」
「メンドクセェ」
因みに転移魔法では不適であった。
状況を説明された芸人が「ウソやん」と失笑した途端、ケツが割られてしまうのだ。
「ふーん、オークボツキシローさん?」
「何ダ?」
「苗字は?」
「大窪だよ!オマエ今呼んだろうガ!」
「おやおやぁ?豚野郎の言葉では?名前を尋ねられたら全部言うのかも知れませんがぁ?一般的にぃ?名前というのはファーストネームを指すわけでぇ?」
「うるセェッつーの大窪だよ大窪!」
「はーい、オオクボとぉ…」
「あと貴様さっきっから豚野郎って聞こえてるカラナ?」
転生先にはエルフかオークが最も選ばれた。
前者は無尽蔵に強化魔法がかけられるし、後者はシンプルにタフだからである。
そうして転生時からの、笑いとケツの厳格な訓練を終えたエリート達が、予選を勝ち残り更に絞られる。
「はい」
「早く寄越セ、気分悪イナ」
「では書きますねー」
「今カチャカチャやってたのは何だったんダヨ!?」
「そこの棚からペンを転移する魔法陣を書いてました」
「じゃあ今ペン持ってるダロウガ!」
昨年の代表である『レヴィアちゃん』はリズムネタが滑り、23キロバットという過去最低点を記録し刺身にされた。
今年は再発した痔の行方が掛かっている。各国肝入りの笑い上手共を送り出す中、頭ひとつ抜きん出た漫才をみせたコンビが『ナーロッパ』である。
「えーオオクボ。どのオオクボでしょう?」
「大きい窪みダヨ」
「性別的には隆起してますが、窪んでしまってよろしかったでしょうか?」
「ウルセェヨ!」
「はいはい、十に八で丸ぅ、伸ばして一にノぉ…」
「……貴様それポーナじゃネェカ!」
「ああ!すいませぇん!種がいっぱい詰まってそうだったので!」
「ポーナの話じゃネェカ!もぅイイヨ!」
世界の命運は、この二つの亜人に委ねられた。
「「ありがとうございましたー!」」
会場が笑いとケツバットに包まれる中。
三大欲求を持たない神々は、お店とポーナという、聞き慣れない言葉に首を傾げていた。