────モナルダたちを見送って、緊張感も寂しさも消え失せる。絶対にやり遂げようと思っていた事は済んだ。フランシーヌは屋敷の中に戻って伸びをする。
「ああ~、終わった! ご苦労だったわね。食堂にさっき用意させたお茶菓子だけど、あんたたちで楽しみなさい。アタシは要らないから」
使用人にあれこれと多く仕事を押し付けたりもするが、基本的には大切に扱うので、久方ぶりのパーティだとメイドたちは喜んだ。
「それから、執事。あんたはアタシを手伝いなさい」
「はい、殿下。なんなりとお申し付けください」
新しくリベルモントで雇われた執事。名をレオン・ウィリアムズ。リベルモントの出身で、三十代を僅かに過ぎて病弱で、雇ってもらえる場所が中々得られずに困っていたところをフランシーヌに拾われた。彼女への恩義を強く感じており、その目つきは『どんな仕事でもやり遂げる』という力に漲っている。
「あのねえ、レオン。あんたがそんなに肩肘張ったところで、大した事は出来ないわよ。ちょっと馬鹿の様子を見るのに、アタシが怪我をしたくないためのボディーガードみたいなものだから」
「はい。でしたらお任せください。病気がちではありますが、身体は程々に鍛えておりますので……。少しはお役に立てると思います」
確かに彼は背が高く肉付きも悪くない。病気がちな分、できるだけ強くあろうと努力しているのだろう、とフランシーヌは感心する。
「ありがと。後はもう少し笑う努力をしてもらえると助かるわね」
「……すみません、慣れてないもので」
「だから努力すんのよ、馬鹿ね。ま、それはまた今度で良いわ」
倉庫になっている部屋の扉を開く。あらゆる荷物は隅へ除けて積み上げられ、部屋の真ん中には椅子に縛り付けられているリランド子息であるパスカルが縄でがっちりと拘束され、口には布を噛まされて置かれていた。
「ごきげんよう、パスカル。気分はどうかしら?」
うう、と唸って救いを懇願するかのような涙の視線をフランシーヌは嘲弄する。自分でなければいくらかの同情もあったに違いない、と。
「あら。ごめんなさいね、あんたがあまりにも間抜け面だから布を取ってあげるのを忘れてたわ。せっかくだからお喋りしなきゃね」
やさしく布を外すと、パスカルはすうって大きく息を吸い込む。
「すみませんでした殿下、私が間違っていました! ですからどうかお願いします、拘束を解いていただけないでしょうか……お願いしま────」
ぎゅっと顔を掴んでぎろりと睨む。
「アタシはまだ発言を許可してない。二度も三度もしつこく甲高い声で鳴く鳥のように喚くんだったら、今度は口の中に布を詰めるわよ」
「す、
捨てるようにパッと手を放して、チッと舌を鳴らす。一歩後ろに下がったらレオンを自分のすぐ隣に立たせた。
「あんたを放してあげるのは、まだ先よ。もうしばらくは倉庫でメイドたちの世話にでもなりなさい。大丈夫、食事だってちゃんとしたものを与えているんだし、それ以上の事なんて望まないでしょ?」
椅子に座ったままではいずれ死んでしまうだろう、と手足も別に縛って見張りに何人もつけておいたが、彼は既に精神的に追い込まれて逃げ出す事も忘れてしまい、今では部屋の中でのみ自由を利かせて運動をさせた。与えた食事も、かなりまともだ。残飯でも与えてやろうかと最初は考えもしたが、それではフロランスと変わらない悪質ぶりを見せつける事になるだろうと諦めた。
「まあでも安心しなさい。もうすぐあんたも帰れるから」
「帰れる……帰れるって……?」
「そうよ。王都へ帰るの。お母様があんたを引き受けに来るもの」
「どういうことですか、陛下が引き受けにって?」
ちょうど、その頃になって倉庫の扉が叩かれた。
『フランシーヌ殿下、お客様です。王都からリランド子息にお会いになりたいという遣いの者が来たようで、御父上から手紙を預かっているそうです』
もっともらしい理由だなとフランシーヌがくすっと笑った。
「いいわ、アタシが行く。レオンもついてきてちょうだい」
「わかりました。外は少し冷えるので上着を」
「あんたの? ま、いいわ。気が利くから許してあげる」
レオンの上着を軽く羽織って部屋を出ようとして────。
「あ、そうだ。パスカル、あんたの事は殺さないでおいてあげるけど、王都に帰ったらどうなるかまでは知らないから頑張りなさいよね」
部屋の中から哀願の声が響くが、鼻歌を歌いながら無視をする。玄関で待たされていた王都からの遣いを名乗る身なりの良い壮年の男を見つけて挨拶をした。
「ごきげんよう。パスカルなら今は事情があって席を外しているわ」
「おぉ、これはフランシーヌ殿下に御目に掛かります」
男は穏やかそうな笑みをしてトップハットを胸に持ち、深くお辞儀する。
「エルドリッジ・ガーフィールドと申します」
「ガーフィールド男爵ね、会うのは初めてだけど名前は知ってるわ。でもお生憎と、そのまま手ぶらで帰ってもらう事になりそうなのよ、ごめんなさい」
言われてエルドリッジが顔をあげた。
「はて……あの、つまりはどういう?」
「あんたが誰の遣いで来たかなんて分かってるって言ってんの」
ニヤッと笑って、フランシーヌは腕を組みながら鼻を鳴らす。
「お母様に伝えなさい。出来の悪い奴に仕事なんて頼むものじゃないわ。アイツを返してほしかったら今後はアタシにもレティにも深入りするなってね。勝者はアタシたちよ」