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「はいはい、そうですか。アタシはそんな惚気話を出発前にレティからデレデレと聞かされて、今にも吐きそうな気分よ」
「それは悪かった。私も酒の入った戯言だと思ってたんだが」
屋敷の玄関前で馬車に荷物を載せるのをレティが仕切っている姿がある。眺めながら、ふふっと下らない話でも聞いたようにモナルダが笑った。
「とはいえ、あんな小娘が将来を欲しがるようになるとはな。私も連れ出した甲斐があったというものだ。実際はああいう性格だったんだろう」
「アタシのせいよ。いつも嫌がらせしてたもの。……反省してるわ」
意見も言わず、反抗もせず、ただ作り笑いを浮かべて仕方ないと言う彼女が、いつだって嫌いだった。だからといって自分の行為が許されるべきものではないとフランシーヌは反省している。
徐々にエスカレートしていたのも事実だ。しかし、命に係わるような危険な行為だけはしてこなかった。その点に関してはフロランスの言い分があくまでモナルダを動かすための方便であったとの釈明はした。実際にレティも『そこまでの事はされなかった』と答えたので、モナルダも呆れる事になった。
もちろん、悪戯の度を越えたフランシーヌの行いには怒りを覚えたものの、仲直りした以上は興味もない。フロランスの異常な行動の方が今は許せず、これからについても不安になる。どこまでも身勝手な女王だとため息が出た。
「なんにせよ、私たちはこれで行くよ。お前には世話になったな」
「いいのよ、気にしないで。アタシなりの贖罪ってヤツ」
「随分としおらしい言い分だ。では、そのうちまた会おう」
「ええ。次は、もっと個人的に楽しく過ごせたら嬉しいわ」
握手と軽いハグを交わす。別れの挨拶は簡潔にして、出発の準備が整った馬車に乗ろうとする。立派な幌馬車は大きな商会を通じてフランシーヌが手配したもので、二人旅にしてはかなり大きなサイズだった。
「モナルダ。大きくない、コレ?」
「不便はないだろ。さっさと荷台に乗ってくれ」
「いや、うん。そうなんだけど、なんでだと思う」
「しばらくの旅行の支援じゃないのか」
ふとレティを見ると、彼女の視線は御者台に向かっている。丁度乗り込もうとしていたので、何があるのかと目を向ければ、先に誰か座っていた。
「あ、どうも。しばらくお二人の旅のお供をさせて頂きます、シトリン・デッドマンと申します。改めてよろしくお願いします」
「おい、誰か代わりの奴いないか?」
嫌がるモナルダに対して、シトリンは相変わらずの無表情ぶりで、グッと親指で荷台を指す。
「わかっていませんね。誰が魔女のお供なんかするんですか、恐れ多い」
「だったらお前も少しは自分には勿体ないと思えばどうだ」
「何を言ってるんです、私から図々しさを取ったら何も残りませんよ」
「コイツ……何言っても聞く気がない……」
厚顔無恥とはまさに此の事だと言いたいのを呑み込んで、その代わりに大きなため息を吐く。レティも面白がって喜んでいるようなので、これも我慢すべき事かとあからさまに馬の合わないであろうシトリンに御者を任せる運びとなった。
「まあまあ、いいじゃない。楽できるんだから」
「あのふてぶてしい面が喋りださないのなら我慢するよ」
二人が乗り込むのを確かめるように、シトリンがわずかに振り向いてから手綱を強く握りしめ直す。
「では出発いたします。あまり強く揺れないようにしますのでご安心を。私はこう見えて安全運転を心がけておりますから」
「そうかそうか。分かったから黙って走らせてくれ」
馬車が走り出して、屋敷の開け放たれた門をくぐった。遠く離れていく屋敷の玄関から、フランシーヌやしばらく世話になったメイドたちが大きく手を振って別れを惜しんでくれる姿に微笑みが浮かぶ。
「こちらでも色々あったが、まあ悪くなかった」
「フランシーヌ姉様と会えてよかったなぁ」
「仲直り出来た事が嬉しかったみたいだな。いつかは王都に帰るか?」
フロランスが退位して事が落ち着けば、パトリシアの王位継承後は振り回される事はない。そもそもの目的が『長女の我儘を抑制するための見せしめを作る』という行為なのだから、即位さえすれば問題は解消されると踏んで尋ねる。
「うーん……そうだね。せっかくフランシーヌ姉様と仲直りできたんだから、パトリシア姉様ともきちんと話し合って、仲良くできたらいいな」
ずっと無視され続けてきた。まるで空気のように、見えていない扱いを受けて過ごしてきたので、今度はうまく話が出来ると思っているのだ。
だが残念ながら、モナルダは彼女の希望に対して安易に頷けなくなっていた。既にフランシーヌが『パトリシアは王位継承を継ぎたくないせいで妹を目の敵にしている』と話していたから。
「ま、そのうち会う事もある。とりあえず、これからの行き先だな」
「そういえばそうだね。どこか行く予定は?」
話題をうまく逸らせた、と落ち着いてからモナルダはひとつ提案をする。
「そうだな。私の故郷────ヴィンヤードにでも行こうか」