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第46話「もしも名前を付けるなら」

 リベルモントはヴェルディブルグと隣り合わせであるからか、文化も近く殆ど変わらない。楽しめるものはないが、飲食とは全ての人間がどこでも欲し、愛し、嗜んだ。薄っぺらなひと切れの味気ないパンから始まり、分厚く柔らかなステーキまで、どんなものであれ変わらず人々の口に入ったものだ。


 しかし、機会というのはそれぞれ違う。恵まれた者は恵まれたように酒を浴びるように呑み、恵まれなかった者は泥水を啜りながらでも生きてきた。


 魔女はどちらも経験した。これといって違いが分かるほど嗜んできたわけではないが、酒も料理も楽しんだ。美味いものは美味いと言い、まずいものにはハッキリまずいと告げてきた。


 そんな彼女が、今は帰路に就く馬車の中で、初めての純米酒の味わい深さに取り憑かれたように、ぼーっと外を眺めていた。夢のような時間を過ごし、もっと呑みたいと思ったが、他の誰かにも味わってもらいたいと願って諦めた。


 名残惜しさはあるので思いを馳せたが、かといって貪欲にしがみつきはしない。あれは独り占めするべきものではない、と。


「美味しかったね。買わなくてよかったの?」


「フランシーヌの土産にでもしたかったか」


「ううん。姉様にはちょっとだけ悔しがってほしい」


「些細な仕返しが悪魔的で良い発想だな」


 グレース・アヴニールのマスターには『滅多に仕入れられるものではない』と話を聞いてある。残りも少なく明日にもなくなるので、次は数か月先になるだろうと言っていた。なのでフランシーヌが呑むのは当分先の話だ。


「そういえばさぁ……。モナルダって魔女になってどれくらいなの」


「百年は過ぎてる。そこから数えるのはやめたよ」


「ふうん……。魔女は皆が子供を産んでやめちゃったんだよね」


「ああ、そうだ。私にその予定はまったくないんだが」


 自分の母親を反面教師に、これまで誰にも期待せず自分だけを信じて生きてきた。我が子を産むつもりもなければ、寄ってくる男に対しては良い印象を抱いていない。今まで散々な目に遭ったので信用ならなかった。


「そっか~。ボクが男だったら、どう?」


「別に。今だったらなんとも思わないかもな」


「えへへ、そういう魔法ってあったり」


「生憎とないよ。なんだ、お前は結婚して家庭が持ちたいのか」


「君とだったらね。でも現実はそうは行かないし」


 わざとらしく、がっくりと肩を落とす。真っ赤な顔がけらけら笑った。


「酔いすぎだ。帰ったらすぐに寝ないとフランシーヌにどやされるぞ」


「え~。せっかく楽しかったのに怒られるのは嫌だなぁ」


「……やれやれ、羽目を外させすぎたか。これは私の責任だな」


 たまにはゆっくり酒でも飲んで、丁度いい気晴らしになるだろうと思ったのが間違いだったと苦笑いをしながら、隣に座るレティを甘やかす。


「ねえねえ。もしボクが男で、君がボクを選んでくれたとする」


「ああ、それでどうなる?」


「結婚して、小さな田舎町で二人で暮らすとするでしょ」


「ほお。面白そうだ、続きを」


「うんとね、それから……子供が出来たりしちゃって」


「子供なあ……。私はあまり好きではないが」


「いいの、もしかしたらの話だから!」


 酔って怒るレティのふくれっ面に笑いだしそうになるのを堪える。こんなにも無邪気な夢を語る娘がいるだろうか、と肩が震えた。


「それでね、それでね。もし子供が出来たとしたら、どっちに似ると思う? モナルダはどっちに似て欲しいな~とかない?」


 肩に乗っかった頭をぽんぽんと撫でながら少し考えて────。


「お前に似てる方が良いんじゃないか。私みたいに、必要もないのにしかめっ面をして生まれてきたら可哀想だ」


 彼女の少し気の強そうな顔立ちは生い立ちから来るものではなく、生まれつきそういう顔だ。血の濃さから見るに母親譲りの顔である事だけは腹立たしいながらも、嫌いではなかった。


 ただ、できればレティに似た穏やかな子供の方がいいと思った。人は見た目ではないという言説も、その時々によって変わる。モナルダは残念ながら自分のような威圧的な雰囲気は──そう作っているときもあるが────受け入れてもらいにくい。魔女としての最初の仕事も『頼んで良いものだろうか』という相手の落ち着かない様子を見て申し訳なく思った事があった。


「そっかあ。ボクはモナルダに似ててもいいなって思うけど」


「正直、どちらでもいいよ。お前が愛情を注げるのなら」


「モナルダは? 愛情を注いであげられないの?」


「どうだろう。自信がないんだ、自分の母親を思うとね」


「あぁ、そうだよね。ごめん、無神経な事聞いちゃった」


「いいさ。気にしてない。私はそれほど狭量なつもりはないよ」


 がたんがたんと馬車が揺れる。束の間の沈黙が訪れて、レティは徐々に素面に戻りつつあった。その中で、彼女は自分の発言を振り返りながら。


「……ねえ、もし子供がいたら、なんて名前をつけたかな」


「さあな。呼びやすい名前がいい。お前ならどう名付ける?」


 座り直したレティは窓の外に見える景色を眺めた。


「ボクはね、シャルロットかな。リベルモントでは『自由な人』という意味があるらしいんだ。ボクたち姉妹よりもずっと自由な子であってほしくて」


「うむ、なるほどな。中々に良い名前だ、優しいお前らしい理由だよ」


 レティがにへらと笑ってモナルダに振り向く。


「でしょ! ね、モナルダだったらなんて名前を付けるの?」


「私か。そうだな、私は────ローズ。ローズと名前を付けると思うよ」

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