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「おはようございます、レディ・モナルダ」
ノックもなしに部屋に入ってきたメイドに揺すられて、モナルダは眠たい目を細めてしかめっ面を浮かべる。いったい何事か、と嫌そうな顔だった。
「何やってるんですか、しっかりしてください。魔女といえば威厳に満ちた淑女でしょう。寝不足で隈が出来ていますよ。何か良い事でもありましたか」
「……朝からなんて早口で話しかけてくるんだ。誰だ、お前?」
背の高いメイドをじろっと睨む。ショートヘアは美しい金色で、瞳は宝石のように紅い。こんな奴が屋敷にいただろうか、と昨夜に集まっていたメイドたちを振り返ったが特に思い出せなかった。
「今日から当屋敷で働く事になりました、シトリン・デッドマンと申します。フランシーヌ様に、お二人が滞在する間の世話をするよう仰せつかっておりますので、なんなりとお申し付けください。出来る範囲の事はやります」
「……デッドマン? 聞かない名前だ、どこの国の出身なんだ?」
シトリンはうーんと顎に指を添えながら。
「それって言わないといけませんか。プライバシーってあると思うんです」
「なんなんだよ、コイツは……。起きるから出ていけ」
「あっ、はい。じゃあ部屋の前で待ってますので。後で食堂へ行きましょう、レッツゴーです。フランシーヌ様がお腹を空かせてますから早く行かないと」
ひとまず部屋から追い出す。無表情の癖をして饒舌でお気楽な雰囲気の漂う、今までに初めて見るタイプの女に戸惑いを隠せない。
「(フランシーヌの奴、もしかして私をからかってるのか。あんなヘンテコな奴を寄越すなんて。……だがなんだろうか。妙な親近感を覚える)」
どことなく近い種類の人間。フロランスのような残酷さも、レティのような穏やかさも、フランシーヌのように前向きという雰囲気もない。持ち合わせていない。どちらかといえば『何もかもを達観している』と感じた。
あらゆる出会いも、あらゆる別れも知っている。瞳の奥に感じた気配。モナルダにしか分からない同族の雰囲気が彼女にはあった。
「……まあいい。どうせ大して関わらないだろうしな」
「呼びましたか、レディ・モナルダ」
「呼んでないから勝手に開けるな。大人しく待ってろ」
クローゼットから拝借した寝間着から、普段着に着替える。姿見で軽く全身を見て、やはり慣れ親しんだ服装がしっくりくると頷く。
「準備が出来た。案内してくれるか、シトリン」
「はい、こちらで────あれえ、どっちでしたっけ」
「……お前。確か今日から働いてるんだったな」
「その通りでございます。ちょうど求人が出てたので」
リベルモントの治安はヴェルディブルグよりもさらに良い。大陸で最も穏やかな国と言われるほど、些細な事件でもしばらく噂が立つほどだ。そのためか、都市での暮らしを求める人々は多く、とても発展しているため、現地の人間でさえ地理に慣れるのは容易ではない。フランシーヌは『今後一年でリベルモントを遊び尽くす』という目的で、現地の人間を雇い入れ、やってきたのがシトリンだ。
「思い出しました。多分こっちです」
「多分ってなんだよ……」
結局、不安は的中して、何度か間違えて遅れはしたものの、無事に食堂には到着した。だから広い屋敷は嫌いなんだとモナルダが愚痴をこぼすのを横目に、シトリンは無表情のまま、すみませんと謝罪の言葉を口にする。
「ともかく到着出来て良かったですね。私はここで待ってますので」
「ご苦労様。食事が終わったら部屋まで頼む」
やれやれ、と朝から疲れに襲われながら席に着く。既にフランシーヌとレティは着席済みで、モナルダの到着をずっと待っていた。
「遅かったわね。シトリンの奴、役に立たなかったかしら」
「面白い女だったよ。おかげで遅れてしまったがね」
「なら良かったわ。まだ雇ったばかりだから大目に見てあげて」
「わかってるさ。あの程度じゃ別にどうとも」
穏やかな朝。パスカルの一件は、状況を確認するために遣いを寄越すだろうと見て、今しばらくはそのままになった。フランシーヌの予想では、今よりおよそ十日は掛かる見込みで、最低でもまだ一週間は来ないと判断した。
そこでモナルダとレティには、しばらくの滞在を勧めて、リベルモント観光でも楽しんでもらいながら親睦でも深めようとの提案があった。
当然、どこへ行くというあてもないので、モナルダは受けた。その世話人として選ばれたのがシトリンだ。誰よりも地理に詳しく、彼女は自身を疲れ知らずだと言ったので、試すのに雇ってみたのだ。
「せっかくだし、後で出掛けて来なさいよ。馬車は用意させるから」
「フランシーヌ姉様は行かないの?」
「アタシは他にする事があるからね。でも明日は行きましょ」
「そっかあ、残念。じゃあお土産を買ってくるよ」
「チョコレートがいいわ。ウイスキーに合いそうな奴ね」
頼まれた、とモナルダも頷く。
「……ところで、観光をするとなると御者は」
「シトリンに頼むわ。滞在の間は仲良くしてあげてちょうだい」