一瞬にして表情が変わった。時が止まったような感覚があって、それからパスカルは状況を把握して冷や汗をどっと噴き出した。
「い、言えない……それだけは……!」
ぶるぶる震え始めたが、彼は俯いてから、ぽろっと溢す。
「頼まれたんだ。レティシアを始末したらフランシーヌとの仲を取り計らってやると言われて……あっ、いや、なんで? か、勝手に……!」
言ってはいけない。言葉にしたくない。なのに、自分の意志とは反して簡単に口を開いてしまう。ゾッとして両手で口を押えるが、それも無意味だ。
「なんでって、簡単な話だよ。私は
モナルダの魔法は大成功と言える成果をもたらした。パスカルはひとつも隠せずに次から次へと口走ってしまうのをやめられず、青白い顔で絶望する。拷問に掛けられているような精神的苦痛に襲われて、もう抵抗もやめた。
暗殺計画の発端はそろそろ王位継承に移るべきという考えに反して、パトリシアが拒絶を示したからだ。彼女は『フランシーヌでも、レティシアでもいる』と反発したが、そのどちらもが不適格だとフロランスは判断していた。
次女のフランシーヌは、品だけ見れば適した人材にも見えるが、気に入らない相手に対しては露骨な態度を示す。本人も無意識のうちに表情に出ている事がままあって、特に強かに擦り寄ってくる人間に対しては強い嫌悪感を抱く。だが、そういった人間も利用していかなければ、ただの好き嫌いで国を導いていく事は不可能だ。その点ではレティシアも逆なだけ──顔色を窺うばかり──で、長女や次女と比べれば飛びぬけて賢い点もない。
それどころか、彼女は不器用で、何を習わせても上手く行かない。裁縫も刺繍も、あるいは音楽ではどうかと試しても不出来で、これは参ったと思うほど使えない娘だとフロランスは冷たく見放した。
だから使えない人間は処分する事にした。パトリシアへの見せしめにすれば、彼女も考えを改めて王位を継いでくれると信じたからだ。
ニューウォールズでの事件解決など『パトリシアがその場にいても出来た事だろう』と思っていたのは明白で、讃えたのはモナルダがいたからに過ぎない。結局、書いた筋書きを変えるほどの大きな話ではなかった。
「……フランシーヌ、後の事は任せる。今日はもういいだろう」
「そうね。聞きたい事も聞けたし、十分だわ」
メイドたちに手伝わせて縛って拘束しておき、ひとまずは倉庫に放り込む事になった。その後の処遇をどうするかはフランシーヌが追々決める。
部屋にはモナルダとレティだけが残され、静かな時間が流れた。
「驚いたね。お母様がそんな事を考えてたなんて」
ぽつりと、それも普段と変わらない表情でレティが言った。モナルダは予想外だった事もあって、パスカルから聞いた真実よりも驚いた。
「辛くないのか。てっきり落ち込むかと」
「ううん、別に。本当は知ってたから」
「知ってたって……どういう事だ?」
レティは疲れた様子でベッドにどっかり乗って体を預け、天井を仰ぐ。
「ボクが追い出される前から計画されてた事なんだ。『パトリシアが我儘を言うのなら、ひとりくらいは減ってもいいわ。見せしめにしましょう』って、誰かと話しているのを聞いてたんだ。たまさか、中庭で話しているのを。誰と話していたかまでは知らないけどさ。多分、パスカル以外の誰かだった」
フランシーヌの事だとは最初から思わなかった。不出来で、王族としての振る舞いひとつロクに出来ない自分以外にあり得ない。察するには十分だ。
「……分かっていて、ずっと私に黙っていたのか」
「それで良かったんだよ。そのときは、それで良かった」
むくっと起き上がって、モナルダを優しく見つめる。凛々しく穏やかで、いつでも前に立って守ってくれた大切な人。初めて会ったときは尊敬と羨望が。今では愛おしさが、胸の中を満たしている。
「君は優しいから話せなかった。黙っていればいい、最初で最後の旅だと思って張り切ったけど、一緒にいるうちになんだか……堪え切れなくなってしまった。ずっと傍にいたいって思うようになってしまった」
ベッドから立ち、モナルダの前で小さく俯く。きっと言うべきではないと分かっている。彼女のこれからの邪魔になる。自分の感情に巻き込んで、王族と敵対させる事がどれほど苦しめるか分からない。
それでも我慢できなかった。ずっと憧れていた彼女の傍に立ち続けられれば、どれほど幸せだろうか。それが自分であればいいのに、と。
「ボクはね。君のようにかっこいい魔女にはなれない。騎士を目指したところでフランシーヌ姉様のように強くはなれない。パトリシア姉様みたいに器量良くなんて出来っこない。でもせめて好きな人の傍にいたい。これが答えだよ。ボクの帰る場所なんてどこにもない。だから────連れて行って、モナルダ」