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第39話「作戦会議」

 話は夕食の時間まで持ち越された。とにかく順序立てておかなければ、いざというときに計画が破綻しかねない。パスカルに逃亡されては困るのだ。


 天候も悪く、もし逃げられれば追跡は難しい。行先をモナルダは特定できるが、わざわざそうせずとも彼が王都まで馬を走らせるのは分かっている。今はただ黙して時を待ち、彼が何も疑念を抱かないよう注意を払った。


 そうして夕食の準備が出来たとメイドが呼びにやってきて、二人は軽い深呼吸をしてから目を合わせ、小さく頷く。


 食堂へ足を運べば、先にフランシーヌが待っていた。高級な葡萄酒を嗜みながらの時間を期待していたが、二人の様子を見て目の色が変わった。


「待ってたわよ~。美味しいお酒も用意してね。……あ、パスカル。あなたは席を外してちょうだい。アタシたちでゆっくり話がしたいの」


「承知いたしました。何かあればベルを鳴らしてお呼び下さい」


 人払いを済ませ、メイドたちにも出てもらったら、ほんの少しだけ間を置いてフランシーヌが食器を手に取った。


「まあ、積もる話もあるでしょうけど、せめて食事を楽しみながらにしましょ。料理長が自信をもって提供してくれたもの。冷めてしまっては失礼よ」


「同意見だ。お前はもっと子供っぽい奴かと思っていたが見直すよ」


 言われると、わざとらしく肩を竦めてフフッと笑う。


「返す言葉もないわ。我ながら子供みたいなやり方しか知らなかったの。だからといって許してなんて言うつもりはないから安心して」


「ボクは別に気にしてないって……。仲良くできたらそれでいいよ」


 そうだ。フロランスからの愛情は受けられなかったが、仲良くなりたいと思っていたフランシーヌとは軽口を叩き合う事もできる。自分を愛してくれる誰かがいるというだけで十分に心強かった。


「ところで……。入ってきたときから何か話したそうだったけど」


「うむ。単刀直入に話すと、レティに全部伝えた」


 まさか飛び出してくる言葉がそれとは思わず、手に持ったグラスを落としそうになって、慌てて両手で掴む。


「な、な、なんで話したのよ!? 黙ってるって言ったじゃん!」


「いやまあ……それはいいじゃないか。色々あったんだ」


「魔女ってそういう適当な生き方でも許されるの? 羨ましいったら」


「だが計画はそのまま行く。ちょっとした策も施すつもりだ」


 どのみちパスカルを捕らえて尋問する必要がある。レティがリスクのある行動を取っても大丈夫なよう、新しく魔導書に書き加えた魔法で対処も試みる。既に一度はテストを兼ねて使ってあるので問題はない、とモナルダは自信たっぷりだ。


「消灯時間の前に、レティの部屋と周辺に消音の魔法をかけておく。ヤツには自分の出す音以外は聞こえないから、灯りを消してベッドに潜っていれば完全に寝ていると思うはずだ。もし後になって襲われたり、人質に取られそうになっても私がいるから大丈夫だ。奴が部屋の物色を始めた段階で、灯りを点けて犯行の瞬間を捕らえる。それでいいな」


 異論は出なかった。モナルダ以上に罠を仕掛けられる人間はいなかったし、彼女が世間で知られる『恐ろしい魔女』としての側面をふんだんに使おうとするのなら、任せておいた方が確実だと思えた。


 なにより言葉の端々に、いくらかの怒りが湧いているのが感じられた。何をそうまでパスカルに思う事があるのだろうかと二人とも気付かない。


 髑髏のネックレスを通じて彼の行いを見ていたモナルダは、心底からの嫌悪感を抱いている。もしレティに指一本でも触れて掠り傷でもさせようものなら、その首を捻じ切ってしまいそうな自信があった。


「パスカルの尋問はアタシがしてあげようか。爪を剥がすくらいなんとも思わないわよ、これでも。洗いざらい話させてやるわ」


 まるで冗談ではなく、目が笑っていない。パスカルの事が嫌いにしても、よくそこまで冷淡になれるものだと思いながら、モナルダは乗り気だった。


「いや、ある程度は私から聞こう。実を言うと全部吐かせるための魔法を考案したから試してやろうと思っていたんだ。お前にはその後どうするのかを任せるよ。拷問なり、好きにしてくれ」


「了解、任せて。レティシアにはちょっと刺激が強いかもしれないものね」


 悪魔のような二人だな、とレティは苦笑いをする。謀に関して言えば誰よりも気が合うのが目に見えて分かった。ただ、羨ましいとは思わなかった。


「ボクは何をしたらいいかな? 囮になるまでは分かるんだけど」


 間に入って尋ねると、二人の視線がジッと集まった。


「……そうねえ。囮役って結構重要だから他にやる事ってあるのかしらね」


「棒でも隠し持たせておいて、パスカルの後頭部に一発入れるのは」


「殺したら元も子もないでしょ。アタシの妹を殺人犯にするつもり?」


 思ったより過激な案が飛び出したので、口を挟まなければ良かったと後悔する。モナルダは魔女というわりには、程々に武闘派な性格でもあった。


「ま、後の事は捕まえてから考えましょ。そのときに備えて────」


「ああ、胃が足を運ぶとも言うしな。しっかり食べておこう」

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