王族に関わる話は、魔女と言えども決して口外してはならない。特に跡継ぎの話となればなおさらだ。万が一にでも漏れようものなら、権力にしがみつく貴族たちが黙ってはいない。モナルダが知っていてはおかしい。
「それって、お母様から聞いたわけじゃないよね。どこで誰から聞いたの。本当に限られた人しか知らないような話なのに」
「……フランシーヌと話しただろ」
茶会のときにしていた事にしようと誤魔化そうとしていたが、レティもそこまで馬鹿ではないし、会話した内容は鮮明に覚えている。普段の趣味。旅の思い出。出会いや別れの話まで多くした。だがそこに王族に関する話はなかった。
「そっか。ボクはてっきり隠し事をされているのかと。フランシーヌ姉様と昨日の夜に話をしていたなんて思わなかったから」
「それは別に、時期が来たら話そうと────じゃなかった。待て、違う。今のは聞き流してもらえるんだが。いや、そうじゃなくて……」
安易な誘導に引っかかって口を滑らせた事に焦ってしまい、やらかした、と手で顔を覆って天井を仰ぎ、窓辺に腰を下ろす。
「まあ、隠しても仕方ない事ではあるんだが」
「じゃあどうして隠すの?」
「心の準備が必要な事だ。私も、お前も」
簡単な話ではない。旅を始める前のレティだったなら受け入れたかもしれない。それも仕方ない事だ、と。だが今の彼女はずっと成長した、本来あるべき夢を抱く乙女。天真爛漫で愛される事を願う一途な姿。帰りたいと願う心に突きつけていい真実ではないとさえ思う、ひどく濁った汚水の中に広がる世界の話。
「だとしても話して欲しいよ。ボクにはどうしても話せない事なの?」
「落ち着いて聞けると約束できるのなら」
「……そんなに深刻な話なんだね。いいよ、約束する」
とても普通ではないモナルダの様子に息を呑みながら答えた。
「では話そう。後できちんとフランシーヌにも伝えるが構わないな?」
こくっ、と頷かれて、もう仕方ないとモナルダは呆れながらも話し始めた。フランシーヌから聞いた、フロランスの計画。全てを伝えると、彼女はとても悲しい表情を浮かべて、口に手を当てた。今にも泣きそうに目尻には涙が浮かんだ。
「────これが全てだ。包み隠さず話してやったが、満足したか」
「うん。分かってる。分かってるのに、すごく悲しいよ」
そうだろうな、と言いたくなるのを呑み込む。およそ想像していた話の何倍も絶望が楔となって深く胸に突き刺さった。先ほどまで期待した母親の姿が、まったく逆を行くのだから、心が砕けても不思議ではなかった。
「泣きたいなら泣いてもいいのに、お前は強いな」
「だって、今泣いたら、また前の自分に戻ってしまうから」
「……私が傍にいるさ。世界の全てが敵になっても」
抱きしめて、よしよしと頭を撫でてやるくらいしかできない。もう後戻りする道はない。無事に王都へ帰っても、またレティは命を狙われるだけだ。パトリシアが王位を好まない以上、その逃げ道に壁を建てるために。
「ありがとう、モナルダ。ボクは大丈夫。……もういいんだ」
要らない子。必要のない存在。優秀な出来の良い姉が二人もいるのに、わざわざ不器用でなんの取柄もない末娘を置いておく理由などあるのか。否、そんなものがあるのなら王都から出るよう勧めるわけがない。邪魔になったものを有効活用して捨てるため。それだけの話だ。
魔女であれば安全に連れて行けるというのは口実で、リベルモントで何らかの事件が起きたとき、他国に責任を問う形で隠蔽もできる。あるいは魔女に罪を擦り付けるつもりだったのかもしれない。そうして第三王女の死は闇に葬られ、数年も経てば誰かが口を開いて思い出す事もなくなったのだろうと想像は容易い。
縋りたかった。愛して欲しかった。でも、それは間違いだったと突きつけられた今、もう母親に対する愛情はくすぶりもしていない。
「まだ全部が本当と決まったわけじゃないから、まずはパスカルを捕まえて問い詰めてやるさ。それまでは、まだ何も信じ切らない方が────」
「ううん。全部本当だよ。だってフランシーヌお姉様は、強かな性格はしてるけど、だからといって嘘つきじゃない。わざわざモナルダに会うためにボクには黙っていたんだ。お母様がそういう人だって、ボクたちはよく知ってるから」
そっとモナルダの腕から離れて、深いため息をつきながら目尻の涙を拭う。いまさら、絶望にうちひしがれるような話ではない。今の自分には、もっと大切な人たちがいるのだから。俯いてばかりいた過去の自分とは決別しただろう、とレティは気を持ち直す。
「とにかく、モナルダの言う通りパスカルは捕まえないと駄目だね。お母様はかなり慎重で時間を掛けて物事に取り組むタイプだ。パスカルからの連絡を待って、誰かを偵察に寄越すに違いない」
「ああ。弱みを握っておけば、こちらも幾分か気楽だ。後は……どうせ先に想定はしているだろうが、フランシーヌにも伝えておこう。そこで私の計画に付き合ってもらう」