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第37話「いつか帰れたら」

 照れくさい言葉を聞き出して、赤くなった顔を見せないように窓辺に立った。だが、申し訳なさも込み上げてきた。もしフランシーヌが話していた事が真実だと分かり、それが明るみになったのなら────。


「(……私は馬鹿だ。魔女のくせに特定の誰かに肩入れなど)」


 想えば想うほど、レティの事で胸がざわつくようになった。冷静を装ってはいるが、ともに旅をするようになって彼女の明るい表情が、素直な反応が面白くて、まだまだ一緒にいたいと願ってしまった。


 時が来て、もうお別れだと分かっていたのに、それが惜しくてリベルモントに残った。正直なところ、邪な気持ちがあったのも事実だ。もしかしたら会いに来てくれるのではなどと思ったりもして、それはフランシーヌではあったが、結果的にはまた顔を合わせられたのだから。


「ね、モナルダこそ、ここに滞在する気はない?」


「……考えてみるよ」


 どうなるかは今後次第だ。なにより、なんとも理解できない点がひとつあった。ニューウォールズで起きた事件を解決したのがモナルダとレティの二人であった事は、フロランスの耳にも届いている。ミルフォード公爵は、わざわざモナルダ相手に嘘の情報は流さない。だから、それが事実である事は分かった。


 問題は、その事件を解決したにも関わらず、計画はまだ進んでいる事だ。既に彼女が一人前の王族であると証明したようなものだろうに、と眉を曇らす。


「ああ、そうだ。ところでお前、フランシーヌとは仲が悪かったと聞いていたが。仲直りでもしたのか?」


「うん、まあ、最初はちょっと険悪だったけどね」


 小心者のレティとは別れ、僅かでも魔女と旅を共にした自分として触れ合ったのは正解だった。フランシーヌは元々、ひどく性格が悪いわけではない。どうしてもレティと気が合わなかったと言うのが正しい。


 王族である事に誇りを持ち、人前に出るときは気品良く、従者や臣民に対する敬意を忘れない。誰からも愛される少女であったがゆえに、誰からも愛されないレティが嫌いだった。いや、正確に言えば些か違うのかもしれない、とレティは考えて、ふと寂しげな声が漏れた。


「羨ましかったな、あの強さ。パトリシア姉様は常に王族としての完璧な振る舞いをして、フランシーヌ姉様は誰にも踏み躙られない強い心があった。……ボクは違う。愛されなかったし、それを理解して、愛されようともしなかった」


 集まるのは憐れみばかりだ。母親との距離はまるで線を引いたかのように隔たれていて、幼いながらに、それは理解していた。与えられるものを与えられるだけの、ただそこにいるだけの存在。飼われている犬や猫の方がよほど大切に扱われていると分かった。だから『愛されないのは自分のせいだ』と考えるようになり、気付いた時には孤独という病を抱えていた。


「フランシーヌ姉様はいつも言ってた。『努力を諦める奴は大嫌い』だって。ボクはずっと下ばかり向いて生きてきたから。自分なりに努力はしたつもりだけど、それも長くき続かなかった。改善しようともせず甘んじて受け入れて、フランシーヌ姉様は、それが嫌いだったんだろうなって今は分かるよ」


 全てを水に流せるかと言われれば、嫌な思い出はいくらでもある。それでもフランシーヌは、新しい道を見つけて生まれ変わった妹を受け入れると同時に、自分が重ねてきた罪への意識も持った。それだけで十分だった。


「パトリシア姉様はよくわからないんだ。でも、フランシーヌ姉様は良い人だよ。嫌いって言いながら、いつもボクに声を掛けてくれてたから」


「フ……まあ、仲直りできてるならいいさ。私も気になっていたんだよ」


 公園で話したときの様子を見れば、彼女が本当にレティを助けたいという気持ちは伝わってきた。だが一方で、それが演技であったらと不安も感じた。しかし、実際にレティが怖がっていないのを見るに問題ないと察する。


 あとは親子の抱えた問題をどうにかしなくてはならない。


「リベルモントでは暮らしていけそうか?」


「うーん、どうだろう。しばらくは良いけど……あっ、でもね!」


 レティが顔をぱあっと明るくする。


「ニューウォールズの事をお母様やパトリシア姉様に直接話してみたいかな! ほら、讃えてくれてたってミルフォード公爵も言ってたから、きっと会いに行ったら喜んでくれるんじゃないかって思うんだ!」


 屈託のない笑顔で言われて、返す言葉が出てこない。まさか、その母親であるフロランスが讃えたという話の一方で、レティを殺してしまおうと考えているなどと、どう伝えればいいものかと頭痛がした。


「そうだな。きっと褒めてくれるよ」


「だよね。えへへ、いつか帰るのが楽しみだなあ」


「少なくともパトリシアの戴冠式の後だろう」


 フランシーヌの話では戴冠式の予行演習のために、パトリシアの継承をまだ公表していない事から彼女もリベルモントへ送られたという。帰れるとしたら、式の予行演習が済み、大々的な公表に際してだと考えた。


「うん、そうだね。パトリシア姉様の戴冠式、楽しみだな。きっと綺麗だよ。あちこちから皆が集まって、町を歩いて……あれ?」


 レティが小首を傾げて不思議そうにモナルダを見つめた。


「どうかしたのか? 何かおかしな事でも言って────」


「パトリシア姉様が戴冠式を迎える事、どうしてモナルダが知ってるの?」

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