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翌朝、モナルダはヴェルディブルグ家の別荘を訪れた。手土産には勧められた『ラ・リュミエール』で手に入る最も高い葡萄酒を持って。
流石に戻って来ないと思っていたパスカルは驚きはしたものの表情には出さず迎え入れ、玄関ではフランシーヌがレティと一緒に温かく迎えた。
「魔女様にお会いできて光栄ですわ。アタクシはフランシーヌ・ヴァレリア・ド・ヴェルディブルグと申します。レティシアが大変お世話になったとお聞きしております、どうか今日はごゆるりとお過ごしください」
「ありがとう、フランシーヌ。レティにもまた会えて嬉しいよ」
二人と順に握手と軽い抱擁を交わす。
「モナルダ、来てくれて嬉しいよ。ボクのドレス、変じゃないかな?」
「いつもの服の方が似合ってる。今は息苦しそうだ」
「へへっ、そうだよね。後でまた着替えるよ。姉様も良いって」
視線を送られたフランシーヌは頷いて返す。
「せっかくのお客様が目の保養もできないようでは、ヴェルディブルグ家の恥ですもの。アタシは構わないわ、今からでも着替えて来なさい」
「ありがとう! じゃあすぐに着替えてくるよ!」
急いで自室に戻っていった後、フランシーヌは指示を待っているパスカルに「お茶の準備をして」と言いつけて二人だけになる時間を作った。
緊張の糸も解れて、ふう、と揃って息を吐く。
「なんとか上手くいったわね。後はパスカルだけど……」
「なに、現場を押さえてしまえばいいんだろう」
自信はある。むしろ楽な仕事だと思った。ニューウォールズでビリー・ロッケンを捕まえるためにレティの命を危険に晒した事を思えば、今回のパスカルは貴族であるがゆえに行動が端的でわかりやすい。その上、目撃した限りでは感情を露わにしやすい性格なのもあって、簡単に捕まえられると踏む。
問題は、またしてもレティを危険な目に遭わせるかもしれない事。────否、命を狙われているのだから、どのみち危険である事に変わりはない。それに何よりモナルダは、今後のためにとニューウォールズを出た後で、ひたすら新たな魔法の研鑽を積んでいた。新たな魔法は確実に役に立つものだと確信できるものだ。
「ひとまず様子を見よう。奴が動くのは消灯時間の夜九時を過ぎてから、巡回のときにやるはずだ。今は無難にレティとの再会を楽しむよ」
「うふふ、頼もしいわ。……あっ、言ってる間に戻ってきたみたい」
旅では見慣れた服を着て、レティが少し照れた様子で戻ってきた。
「ただいま! ごめん、遅くなっちゃったかな、どうだろう?」
「似合ってるよ、レティ。やはりそちらの方が私は好みだ」
ドレスなど嫌と言うほど見てきたし、その全てが当然とは言え当然なのだが、良く言えば煌びやかだし、悪く言えば派手が過ぎた。それをいかにも立派なものだとばかりにモナルダに自分を見てもらおうとする令嬢は多い。彼女とのパイプがあれば、今よりも良い地位が得られるかもしれないと賭けているのだ。
だからか、レティがドレスを着るのはあまり好きではなかった。他の貴族たちと似たような格好をして歩く彼女は、とても楽しそうには見えなかったから。
「ま、突っ立ってるのもなんだから案内するわ。二階へ行きましょう」
ひとまず案内したのは応接室だ。パスカルが紅茶とお菓子を持って来るのを待ちながら、せっかくならひと晩くらいはモナルダに泊ってもらってはどうかとフランシーヌが提案する。レティは大喜びした。
「────では、せっかくだから泊って行くとしよう。名残惜しくなって居座りたくなってしまいそうだがね」
「モナルダなら全然いくらでもいてよ! ね、フランシーヌ姉様!」
初めてのピクニックに出かけるときのようにレティが喜ぶ姿は、フランシーヌも見た事がない。二ヶ月という短い期間で、よくここまで引っ込み思案だったレティシアを明るい性格に替えられたものだと感心した。
「アタシは反対する理由がないわ。美味しいお酒だってもらったんだもの、当然の権利があると言えるでしょうね。でもリベルモントは退屈しない?」
「しないと言えば嘘になる。私は花に興味もないからな」
文化は素敵なものだとフォローはした。リベルモントは通称・花の国と呼ばれ、愛し合った者が互いに気持ちを伝えるときには花言葉を用いるのが当たり前だ。亡くなった者の葬儀でも、棺に思い思いの花が添えられるが、別れや悲しい意味を持つ花を棺に入れてはならないという決まりもあった。
「まあ、良い国だとは思うよ。穏やかで……なんというか、ヴェルディブルグと比べれば揉め事も事件も少なそうに思える」
「実際少ないらしいわよ。リベルモントで有名な言葉があったと思うんだけど、なんだったかしら……ええと、そう。『花を愛でるように隣人も愛せよ』なんて昔からある言葉らしいわ。だからほとんどの人が穏やかに育つとか」
貴族でさえ穏健派の多い国だ。国民に認められない貴族は貴族足りえないとさえ言われるほどに。それだけに、フランシーヌはフロランスもパスカルも気に入らない。リベルモントという他者の領域で何をしようとしているのか、と。
「失礼します。お茶とお菓子をお持ちいたしました」
「はいはい、ご苦労様。置いたら廊下で待ってなさい」
パスカルの確かめるような視線が、それぞれに贈られる。フランシーヌは相変わらず動じないし、モナルダも興味がなさそうに出された紅茶に手をつける。レティはと言えば、何も知らないので普通に礼を言うだけだ。
「それでは、何かあればなんなりとお申し付け下さい」
部屋を退出した後、モナルダとフランシーヌは目を合わす。
「せっかくだから今夜は飲みましょ。魔女様が差し入れてくれた最高級の葡萄酒もある事だし、料理長もとびきり美味しい料理を作ってくれるはずよ」