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第34話「最低の母親」

 夜分に寝たふりをして屋敷を抜け出してきて、ローブで顔を隠しながら人伝にモナルダの居場所を聞き、とにかく急いだ。妹のレティシアを救える人間がいるとしたら、それは魔女に他ならない。


 会いたかったのではなく、会う必要があったのだ。


「もう執事のパスカルには会ったわよね」


「……ああ、あのいけすかない男がどうした」


「アイツはアタシの婚約者になるみたい。レティシアが死ねばね」


「つまり、それが嫌だから手を貸せと」


「もう、そうじゃなくて。ひねくれた物言いが魔女の得意分野?」


 やれやれ、と肩を竦められてモナルダが気まずそうに視線を逸らす。


「パスカルはリランド子爵家の子息なの。だから元々、お母様はアタシの結婚相手に考えてたわ。でもアタシが嫌だったから断った。だって陰湿だもの」


 お前はそうじゃないのかと喉から出そうになるのを堪えた。


「……ある晩、その事で腹を立てて気晴らしに城の中を歩いてたら、偶然お母様の部屋から灯りが漏れているのに気付いたわ。そっと覗いたら、そこにパスカルもいて、大事な話をしているみたいで興味が湧いたから盗み聞きしたのよ」


 堂々と盗み聞きしたと言うあたり正直な性格だ。しかし、結果的にそれが大きな問題を知る事になった。


 パトリシアが継承を間近に王位を継ぎたくないと言い出したのだ。フロランスはそれを良く思わなかった。長女のパトリシアは姉妹の中で最も頭が良く、知恵もある。母親の傍で執政を見てきたので、彼女だけが継承者に相応しいと考えた。


 そこで逃げ道を塞ぐためにパスカルを使ってリベルモントへ言い訳をして送ったレティシアが、魔女の手から放れた後で始末しようと考えた。その後、親の決め事であればフランシーヌも婚約からは逃れないだろうと交換条件をつけて。


「パトリシア姉様は元々自由に憧れてる人だった。だから継承しないであろうアタシとかレティシアを目の敵にしてるところはあったわ。実際、よく一緒にいたけど無視されてたから。……まあそれは今はどうでもいいの。ともかく、ヤンチャばっかりするアタシはパスカルとの結婚で事業の独占権を得ると同時に、不出来な末娘のレティシアは事故に見せかけて殺せばいい。そう考えたみたい。本当に最低の母親よ」


 聞けば聞くほど虫唾の走る話だ。ヴェルディブルグという王国を安定させる基盤としてパトリシアを使い、不要な他の娘はいざとなったら切り捨てられる手駒と相違ない。親にあるまじき考え方だ。


「……大体わかった、お前の依頼は受けよう。まずはパスカルから色々と聞き出してみないとな。信用しないわけではないが、お前の話が全て真実かどうかも分からない。ただの聞き間違えである事を祈るためにもな」


「うん、そうね。アタシもそう願いたいわ。明日の朝、屋敷に来てくれら歓迎するから、初対面のていでよろしく。演技くらいできるわよね?」


 舐めたことを言う、とモナルダは鼻で笑う。これまでどれだけの人間の欲望に満ちた瞳と甘ったるい言葉にぶつかってきたか、と。


「そういうお前はどうなんだ。まさかハム役者なんて事ないだろうな」


「こう見えてアタシ、演劇をやってた時期もあるのよ。任せなさい」


「ならいいんだがね。にしても屋敷をひとりで抜け出してきたのか?」


「ううん、メイドに手伝ってもらったわ。パスカルは抜け目がないから」


 協力者がいるのなら安心だな、と胸をなでおろす。もしひとりで屋敷を抜け出してきたのなら騒ぎになって計画が最初から破綻するかもしれない。彼女が想像していたよりもずっと頭の回る人間で良かったと落ち着く。


「では、そろそろ帰った方が良いだろう。あのパスカルとかいう執事に悟られてしまったら、警戒されて全てが水の泡だ。明日の朝、手土産を持って訪ねるよ」


「ありがとう。あなたに会えて光栄よ、レディ・モナルダ。レティシアの言ってた通り、すごく優しいのね。これが最初で最後かもと思うと嬉しいわ」


 魔女などそうそう会う事はない。そも、彼女は貴族があまり好きではない──何かと媚を売ってきたり関係を持とうとするので──ために、どこを訪れるとも特定の誰か以外に伝えたりはしないのだ。もし運よく会えたのなら、それが生きているうちに最後になる事は、確かにままある事だった。


「優しくしたつもりはないが、まあ、誉め言葉は気分が良い。最初で最後にならない事を祈ってやるよ。それからひとつサービスでも」


 モナルダがフランシーヌに向けて指をぱちんと鳴らす。指先からふわっと舞った紫煙がまとわりつき、程なくして消えた。


「帰るまで物音ひとつ誰にも聞こえやしない。気配も薄くなるから声を掛けない限り、よほど勘が鋭くないと気付かれる事もない。安心して帰れる」


 惚けた顔をして自分の体を見るフランシーヌは、ただどうしても頼みたい事があったから探しに出てきただけなので、まさかと驚いて嬉しくなった。


「……わあ。これが魔法なのね、すごいわ。貴重な経験までありがとう! じゃあ、一足に先に帰るわね! また明日会いましょう!」


「ああ、暗いから足下に気を付けて。エスコートしてやれなくて悪いな」


 握手をして別れ、モナルダはひとり残って公園のベンチに座った。


「(ちょうどいい機会だ。バリーの件で新しい魔法を考案したんだが、パスカルには実験台になってもらう事にしよう)」

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