目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第31話「仲良くなれて良かった」

 出会いは城ですれ違っただけと変わらない。お互いに名乗って挨拶を交わしただけ。だが、それが二人の間に壁を作らなかった。会話するのも烏滸がましいとさえ思っていた事は、実際に魔女と会えばまったく違った。むしろ彼女は話すのが好きで、出来るかぎりレティを退屈させまいとしてくれたのだ。


 ニューウォールズでの経験は、いっそうレティを大人に育てた。ビリーという初めて感じた邪悪。グリンフィールド伯爵の狡さ。それから、モナルダとナイルズのように強かさを持って生き抜く人々。

 比べてしまえば王城の生活で受けた苦しみは些細なものに感じた。当事者として、今に思えば大した事なかったのかもしれないと言えてしまうほどに。


「────後はそうだね。小さな村に寄ったときには一緒に釣りをしたり。モナルダってば、全然釣れなくてさ。『魔法を使った方が早い』なんて言い出したんだよ? それじゃあ釣りの意味がないよって、二人で笑ったんだ」


 楽しい旅路。思い出せば出すほど嬉しくて、寂しくなった。もう、あの経験は二度とできないのだと。今は全てが夢のようだった。


「羨ましいわねえ。アタシも、もっと自由だったらな。王族なんて生まれじゃなくて、平凡な家に生まれたかったわ。庶民に言えば怒られそうだけどね」


「そうだね、ボクたちは贅沢に生きてきたから。でも欲を言えば、まだ旅をしていたかった。レティ・ヴィヤードの名前までもらってさ。またレティシアに戻るんだと思うと、急に長い夢から目が覚めてしまったみたいで……」


 急に落ち込んでしまった妹を見て、フランシーヌがムッとする。


「会えなくなるわけじゃないんでしょ。そんな顔するのやめてよね。アタシは会った事さえないんだから。しかもアタシは一年も此処にいるのよ」


 がくっと肩を落として、王城に帰りたいとぼやく。


「でも、どうしてここへ。ボクは、君たちから嫌がらせを受けないようにってリベルモントへ送られたはずなのに。本当に戴冠式だけが理由なの?」


「……パスカルを傍に付けるって言われたから嫌がったの。あんたと一緒が良いって、アタシが言ったの。最初は別の町に行く予定だったけどね」


 顔をあげたフランシーヌは、仄かに頬を紅く染めている。


「アイツの事、信用ならないのよ。まるで伴侶になる事ができると思ってるみたい。だからレティシアにもちょっと偉そうなの。たかが子爵家の分際で、顔が良いから執事として働いて仲を深めさせようってわけ。最悪でしょ」


 王都では歴史は浅いが、コーヒー豆の流通などに強く、名の知れたリランド子爵家。その子息であるパスカルは一定期間の兵役を拒む代わりに王城で働く事となった。父親の功績を盾にいささか高圧的な面もあるが、媚びる事だけは上手く、なにより母親似で顔立ちが整っているのが、また悪さをさせていた。


 多少の性格の悪さも顔の良さに目を瞑るといった者が女性には多く、彼も政治的な利用ができると考えて質素に過ごし、多方面に良い顔をする。しかし残念ながら、フランシーヌは女性の中でも〝顔で選ばない〟ために、パスカルの性格の悪さがより際立って感じられたのだ。


「あんなのと結婚するなら、アタシは前に誕生パーティに来てくれたラファイエット伯爵の方が断然いいわ。丸々と太ってるけど、根の優しい人だものね」


 勝気な性格のフランシーヌならば、優しい人の方が寄り添い合えるだろう、とレティも納得しながら葡萄酒に口をつける。酒は苦手だが、今日だけは味が良く感じた。姉との和解記念。そう思う事にした。


「ともかく、あんたも気を付けなさいね。孤立してるつもりだったかもしれないけど、今は違うわ。困った事があればアタシにも声を掛けなさい」


「……うん、ありがとう」


 小指を支えにしてグラスをそっと置き、穏やかに目を細めた。


「君と仲良くなれて嬉しい。……色々あったけど、ボクは許すよ。他の誰が何か言っても、フランシーヌはボクのお姉様だ」


「あら、そう。じゃあ謝ってあげようと思ったけどやめとくわね」


 そういうところだぞ、とレティがぷくっと頬を膨らませるとフランシーヌがけらけら笑う。孤立無援。たった一人の屋敷だと感じていた場所は、想像よりもずっと温かい。ほんの少しだけ寂しさが紛らわせる程度には。


「じゃあ、そろそろお開きにしないとね。すっかり真っ暗になっちゃったから、今頃外で待たされてるパスカルが猫みたいに不機嫌になってる頃よ」


「ふふ、かもしれない。ボクも疲れたから休ませてもらおうかな」


 振り返れば楽しくて短くも思うが、長旅は長旅。しっかり体は疲労を叫んでいる。やっとひとつの区切りもついた、と席を立った。


 食堂を出て行こうとしたときにフランシーヌが呼び止める。


「ねえ、レティシア。最後にひとつだけ」


「どうしたの?」


 振り返られて、彼女はモジモジしながら────。


「おやすみなさい、ゆっくり休んでちょうだい。それから……その、なんていうか。今まで悪かったわ。正直言って、やりすぎたって反省してる」


 瞬間、レティは驚いて沈黙したが、すぐに微笑んで返す。


「そう思ってくれてるなら十分だよ。また明日ね、フランシーヌ姉様」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?