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第27話「仲良くなれたらいいのに」

 答えてもらえない事が予想外だったので、モナルダもやや腑に落ちない顔はしたものの、わざわざ聞き出そうとはしない。彼女が『まだ』と言ったのだから、いつか教えてくれるまで待てばいい、と。


「そういえばさ。結局、子爵令嬢を殺したのはビリー・ロッケンだったわけだけど、じゃあ子爵夫妻の方は、やっぱりただの事故と自殺だったの?」


「ん。あぁ、それは全部、ヒューバートの仕業だよ」


 読み終えたニュースペーパーを折りたたみ、テーブルにぽいっと置く。


「私も気になって憲兵隊に確かめたんだが、捕まったショックで壊れたのか、ブツブツと文句を言うみたいに自白したそうだ。余罪も含めて、おそらくは極刑を言い渡されるだろう。正式な判決と刑の執行は王都で行われるんだとさ」


「……これで、家族を亡くした人たちも少しは報われるのかな?」


 多くの犠牲が出た事件。中には話に聞かなかっただけで、王都で開かれるパーティに出席していて見た事のある令嬢の名前もあった。レティにとって、なんともやりきれないモヤモヤとした気持ちが残った事件となった。


「さあな。ここから先は私たちの関与する事じゃない。少なくとも、これからは犠牲が出ないのだから、安心した者はいるだろう」


 空になったカップを皿に乗せ、モナルダは席を立った。


「そろそろ出発だ、先に準備をしてくる」


「うん。ボクもすぐ行くよ」


 残ったレティは、コーヒーを飲んで、ふとニュースペーパーを見る。大きな見出しには『お手柄! 霧に包まれた難事件を解決したのは魔女とその従者! ミルフォード公爵との連携によって犯人を現行犯逮捕!』と書かれていた。


 嬉しいやら悲しいやら、と思わず苦笑いが零れる。目立たないようにしてきたつもりでも、だからといって見過ごせない事はある。それが結果的に家族の耳にも入るのだから、いくら讃えていたといっても、目立ちすぎだと注意も受けそうな気がした。


 ひとつ上の姉にいたっては褒めるどころか、魔女のおかげだとツンとした態度を取ってもおかしくない。不器用で何もできず、根暗なくせに気丈に振る舞って、嫌な事も嫌と言えない。そんな姿がどうにも気に入らず、いつもイジメていたくらいだ。


 よくわかっている。レティは自分がイジメられる理由を嫌というほど何度も本人から聞かされてきた。きっと今頃は『魔女と一緒だからって偉くなったつもりに違いない』とでも悪態を吐かれているだろうと肩を落とす。


「(フランシーヌ姉様は、パトリシア姉様と違って、ボクの事がいつも気に入らないみたいだったからなぁ……。本当は仲良くしたいのになぁ)」


 長女のパトリシアは良くも悪くも無関心だった。末っ子のレティがイジメられても見て見ぬふりをして、何の興味も持たない。最初からそこにいないかのように振る舞い、必要に迫られたときだけ声を掛けた。


 それがフランシーヌ以上に嫌われているのだと幼いながらもレティはよく分かっていたが、実際に悪影響を及ぼすのは、いつだって直接的な者。次女のフランシーヌは彼女にとにかく嫌がらせをしてきた。ドレスをわざと汚してみたり、頭から水を掛けてみたり、彼女が育てる花を踏みにじってみたり。


 嘲笑こそしなかったが『いい加減その愛想笑いやめたら? 気持ち悪いから』と常日頃から詰られていた。


 しかし母親であるフロランスが咎める事はない。次第に自分は愛されていない、誰にも愛されないと思いながら、息をひそめて過ごすようになった。


『そんなにウジウジしてるから腹が立つのよ。もっと強くなりなさいな』


 姉の冷たく睨む視線を思い出す。


「(今はどうかな、フランシーヌ姉様。ボクは以前よりずっと明るくなったと思う。前より言葉を口にする自信もついた。少しは仲良くなれるといいな)」


 ひゅうっと涼やかな風が通り過ぎる。ニュースペーパーがふわっと持ち上がって落ちてしまった。ゴミになったら申し訳ないと、地面の上で広がって今にも飛んでいきそうな状態をサッと手にして────。


『魔女の恋人はミルフォード公爵? 滞在中、頻繁に訪れている姿を複数人が目撃か。歳の差カップルの誕生は近い』


 下らないゴシップ記事だが、無性に腹が立って、くしゃくしゃに丸めた。


「はは……ないない。あれは忙しくて行っただけだから。公爵とのやり取りが必要なだけだから。いやいや、そもそもボクが何をそんな気にしてるんだか」


 苦笑いに仄かな苛立ち、それから気恥ずかしさが混ざって落ち着かない。妙にもどかしい気持ちにやれやれと思いながら、椅子に座り直す。


「おい。まだか、何をしてるんだ?」


「あっ、ううん! 別に、なーんにも!」


「……? まあ別に構わないが早くしろよ、そろそろ出発だ」


「はーい。すぐに支度するから待ってて」


 丸めたニュースペーパーをテーブルに置いて、動かないようにひょろっと出た紙の端をグラスの底に踏ませた。


 急いで荷物をまとめたら、小さなトランクに無理やり詰め込んだ。


「ねえ、モナルダ! もう服はいくらか置いていった方がいい?」


「入りきらないなら捨てていけ。また買えばいい」


 最初に着せてもらった服はお気に入りだ。それ以外は時折着替える程度で、トランクの中には道中で買った本が数冊あって、スペースがなくなっていた。仕方なく服を処分する事にして、宿の主人に伝えておいてから馬車に乗った。


 持っていきたい気持ちはあったが、荷台にそのまま載せるのをモナルダが嫌がったので諦めるしかない。残念だなと思いつつもベッドにたたんで置く。


「ごめん、遅れた! 隣座っていい?」


「構わんよ。行こう、リベルモントはもうすぐだ」

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