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第25話「次に来るときは」

────ニューウォールズに衝撃が走った貴族令嬢連続殺人事件、犯人の逮捕。重大なニュースは、一夜にして広まった。上流階級などに、まるで興味のない酒のみたちでさえ『ニューウォールズの影とも言える事件が終わった』と驚き、連日に亘って話題にあがる事になるほどの勢いだった。


 ビリー・ロッケンが犯人だと言われれば、それはそうかもしれないとさほど気にも留められなかったかもしれない。だが、いかにもな庶民派を演じてきたヒューバート・グリンフィールド伯爵が背後にいたとなれば話は別だ。


 その後に行われた裁判では犯行を否認したものの、現行犯で魔女の友人に手を出した事に加え、これまでの悪行の記録と契約書の血判が決め手となって極刑が言い渡された。利益に通じるからと隠蔽に加担したヒューバートも同様の判決が下され、買収によって難を逃れようとしたものの、それも魔女に阻まれた。


 そして、予定していた出発の日から更に四日が過ぎた頃、ようやくモナルダたちはニューウォールズを離れるため、バシル商会で公爵と顔を合わせていた。


「────というわけだ、色々と世話になったな」


「寂しくなるよ。次に会えるのは何年後だね、ミズ・モナルダ?」


「さてな。私の気が向いたら、早いかもしれない」


 もうニューウォールズの亡霊とも呼べる事件は解決され、避ける理由もなくなった。これからはいつでも立ち寄れるのだ。ひとつ残念な事を言えば、そこに親しかった子爵家の人々の姿が、もうない事だった。


「それで、グリンフィールド領はこれからはお前が?」


「その件で王都へ呼び出しさ。君たちの手柄についても讃えていたよ」


「あの女王から讃えられるのは、あまり嬉しくもない話だが」


 フロランスの話が出たので、ふとレティを横目に見る。彼女は聞いていなかったのか、それとも気にしていないのか。温かな紅茶を飲み、ばりぼりとクッキーを咀嚼しながら「うん?」と、自分の頬に食べクズでもついているのだろうか、と手でそれとなく触って確かめていた。


「まあ、別にいいか。ではそろそろ行くとしようか」


「待って、あと一枚だけ……」


「好きにしろ。今より太ってもいいのならな」


 脇腹をむにゅっと掴まれて、レティは思わず「ひゃあ!」と驚きに甲高い声が出た。その様子を見てモナルダは口元を手で隠してけらけら笑う。


「うむ、君たちの仲が良くて何よりだ。……ところでミズ・モナルダ。グリンフィールド領は今回の件もあって、私の管轄になるのは概ね決まっているそうだが、ニューウォールズもグリンフィールド領も、ヒューバートくんが決めた名前でね。よければ新しい名前に変えてしまおうと思っているんだが」


 殺人鬼とも言える男が付けた名前など縁起が悪い。ミルフォード公爵領として、新しい名前で悪い印象を刷新したいと言う。そこで、せっかくなら魔女に考えてもらって、人々の興味を惹きつけようと考えた。


「う、ううん……私は名前を付けるのは得意じゃないんだが」


「そこをなんとか頼むよ。今回は私も役に立っただろう」


「ちっ。そう言われると返す言葉もない。本当に私でいいのか?」


「もちろん。君のおかげで新しい町が手に入ったのだからね」


 大して意味もない。ただ、聞こえが良ければそれでいい。後の事は、これからの町の変化で人々の印象を変えていけば済む。


 そんなアドバイスとも取れるような取れないような言葉に頭を悩ませて、程なく、紅茶の残りを飲み干してから────。


「じゃあ、ウェイリッジにしよう。もう随分昔に潰れてしまったが、ニューウォールズにあったお気に入りの酒場の名前なんだ」


「ほお。確かに悪くない名前だ。では、ニューウォールズ改め、ウェイリッジとしよう。礼を言うよ、ミズ・モナルダ。私はどうしても深く考えすぎてしまうから、いつまで経っても決まらなかったかもしれない」


 馬鹿な事を、とモナルダは呆れながら席を立ち、惜しそうにクッキーを眺めるレティの頭を魔導書でぼふっ、と軽く叩いた。


「もう行くぞ。食べすぎだ、馬車に揺られるのに」


「は~い。じゃあまたね、ミルフォード公爵」


 ナイルズは椅子に掛けたまま、彼女たちが去っていく背中に手を振った。また会える日が待ち遠しい、と思いながら。


「にしても、随分とニューウォールズに滞在しちゃったね」


「色々あったが結果的には良かった。墓参りにも行けたから」


 結局、一週間ほどを滞在してしまい、少しリベルモントまでの道を急いだ方が良いかもしれない、と計画を立て直す。


 用意された馬車に乗って、魔導書をレティに預けたら出発だ。


「次はどんなところに行くの?」


「ひとまず、村は経由せずに町へ行く。時間を使いすぎた」


「えへへ。ごめん、ボクのせいで」


「上手く行ったんだからいいさ。にしても、随分疲れたものだ」


「結局、あんまり休めなかったもん。あ、そういえば」


 ぽんっ、と手を叩いて、レティはひとつ尋ねた。


「ロッケン商会ってどうなるの? 働いてた人も多かったよね?」


 代表であるビリーが逮捕されてしまえば、彼らも職を失うのではないかと不安になった。モナルダは、そんな彼女の表情を見てくすっとする。


「大丈夫さ。ビリーの秘書がいただろ、アイツが引き継ぐんだと。秘書を雇ってからは殆ど業務を任せていたらしい。商会は名前を変えて運営するそうだ」


「へえ~、あっちもこっちも名前が変わるんだね」


 ひとつの時代の変化のようなものだ。暴かれるはずのなかった闇を光で照らした事で、ニューウォールズは新たな風がもたらされた。ロッケン商会は今後、秘書であったラファイエット・カレアナによって運営され、名も『カレアナ商会』に名前を変えて、これからもニューウォールズ────改めウェイリッジを支えていく大きな商会として前に進んでいく。


「次に来るときは、どう変わっているかが楽しみだな」


「うん! また来ようね、モナルダ!」

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