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第22話「償う時」

 そうだ、そうだ。片づけてしまえと勢いづく。


 何度も助け舟を出したのに、全て無下にして繰り返してきた。目につく令嬢が、手の届く場所にいれば、簡単に手を出した。誘拐して身代金を用意させたり、酷いと即座に殺して、金目の物を全て奪った。身に着けた装飾品から、果ては着ているドレスまで。異常な執着とも言える男の狂気。


 使い道はあった。最初こそ目障りな貴族共が、愛しい我が子を失う姿にざまあないと思うだけで関わりはしなかった。だが、たった一度だけ、狂気に触れた事を切っ掛けに全ては変わっていった。


 ビリー・ロッケンは異常な性癖を持っている。金持ちの女でなければ興奮できないのだ。本人はそれを知ってか知らずか、とにかく貴族令嬢ばかりを狙った。だから、少し唆した。ブレイディ子爵令嬢はとても美しく可憐である、と。


 ああ、死んだ。死んだぞ。ブレイディ子爵はグリンフィールド領のいくつかある町のうち、ニューウォールズを拠点にしていた。王都と近いという理由だったので、それはヒューバートも許したが、問題は彼が王族に対する発言権をも持つ、古い歴史ある名家であった事。それがとにかく目障りだった。


「(くそっ。あんな男のために、わざわざ私が出向かねばならんとは!)」


 よりにもよって、二度目の逮捕。これではいよいよ言い訳も立たなくなる。憲兵隊に金を握らせたら済む話だと思っていたのに、まさか味を占めて二度目は逮捕とまで来たかと腹の虫がおさまらない。


 子爵家さえいなければ、またひとつ自分の立場も良くなるというもの。ちょっとした欲を掻いたせいで、ビリー・ロッケンの弱みを握るどころか、逆に弱みを握られたようなものだ。証拠がないとしても、彼が繋がりを匂わせるような発言をしては必ず睨まれる事になるのだから、対処するしかなかった。


 たった一度の過ちが、魔女まで踏み込んでくる事態になるとは思ってもみなかったので、ヒューバートはこれが夢であってくれと祈った。


「モートン通り……。うう、入りたくないが仕方あるまい」


 恐る恐る足を踏み入れる。来た事はなくともルールは知っている。赤い空き缶を置いて物乞いする老人の姿を見つけて、彼はすぐさま近寄った。


「お、おい。ここで何をしてる」


「何って……物乞いだよ。近頃は不景気で」


「そうか。か、缶にネズミが……」


「入ってるってか? おいおい、自然な流れも作れないのか」


 呆れた男が缶を手に立ちあがった。


「まあいいさ、伯爵様には初回サービス。うちを利用しようってんなら金払い良く頼むぜ。ついてきな、案内してやるよ」


 男の後をついていく。ヒューバートは苛立っていたが、初めて自ら足を踏み入れたモートン通りの不気味で薄汚れた光景への不安に負けて、身を縮こまらせている。自分の領地とはいえ無法者の集まる場所が怖ろしいのは当然だ。


 しかし、結局何事もなく暗殺者たちのアジトまで来て、二階へ案内された。待っていた見目麗しく、凛々しい雰囲気のある娘に一瞬見惚れて恐怖も忘れたが、我に返って、こほんと咳払いをした。


「君がここの首領をやっているのかね?」


「ああ、一応な。まあ座んなよ、旦那。話を聞こうか」


 くたびれたソファの座り心地の悪さに耐えながら疲れた顔をする。


「金さえ払えば仕事をしてくれるんだろう。君たちにビリー・ロッケンの始末を頼みたい。あの馬鹿はよくここを利用していたと聞くが」


「ああ、うちの常連だった。もう資料は手元にないけどさ」


 手元にない。そんな事があるのかと目を丸くした。


「なぜ? 取引相手の情報は常に持っているものでは……」


「買い取りたいって連中がいたんだ。顧客の事を詳しくは明かせないが」


「ふん……最初から期待してない。それより仕事は出来るのか」


「もちろん。ビリーの旦那は捕まったって?」


 世間話のつもりで振ると、ヒューバートがイラッとした顔を向ける。


「そんな事はどうでもいい。三日以内に始末できるかと聞いてる」


「はいはい、わかったよ。いくら出せる?」


「言い値で構わん、仕事が済めば払う。契約書さえ書けば済む話だろ」


 あまりにも急ぐもので良い気はしなかったが、ラヴォンも取引相手がそうまでして始末したいと言うのなら文句はない。すぐに机から契約書を手に取って、しっかり確認してから署名するように促す。


 彼が急いで名前を書き記した直後────。


「そこまでだ。随分と待たされたが、その甲斐はあったな」


 部屋の扉が開き、女が入ってくる。深紅の髪、深碧の瞳。司祭にも似た服を着ながら信仰とは無縁そうな髑髏のピアスをした女。────魔女だ。


「れ、レディ……!? なぜここに、いや、どうして────」


「そうだぜ、どうやって入ってきやがった?」


 物音ひとつ聞こえない。見張りもいたはずなのに、彼女が部屋に入ってくるまで何も気付けなかった。彼女は傍に憲兵隊の男を二人連れている。


「なに、私にはそういう便利な魔法があるだけだ。既に全員が憲兵隊によって逮捕済み……。これまでの殺人全ての証拠は此処にある資料で十分だろう。全員、罪を償う時だ。そうは思わないか、ラヴォン」

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