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第17話「足枷」





 計画が決まった翌日。午前中、モナルダとレティは別行動を取った。残り一日で出発の予定を既に組んでいるため、予定されていた馬車の準備が終わるから、取り急ぎ解決に向けての時間短縮だ。


 レティに憲兵隊での交渉を任せて、モナルダはミルフォード公爵邸を尋ねた。先日の紹介の礼を兼ねて、今後の協力も仰ぐつもりでいる。邸宅の門前にいた警備は、また前回のように公爵の許可を取ってから門を開いた。


「いつもご苦労。お前のおかげで会えているようなものだ」


「いえ、そのような事は決して。ごゆっくりどうぞ」


 真面目な門番。理想的だ。ミルフォード公爵を慕う笑顔は、実に評判が良い事だろうとモナルダはしきりに頷く。彼が雇われる理由がよく分かった。


「やあ、ミズ・モナルダ。会えて光栄だよ」


 ナイルズがホールで出迎える。彼らしくない行動に驚きはあったが、すぐに察して作り笑いで取り繕った。彼の背後にいるのはグリンフィールド伯爵だ。


 まるで今日初めて会ったかのように振舞う姿に同調する。


「せっかくニューウォールズに来たのだから、顔を出しておきたくなってね。そっちはグリンフィールド伯爵か、お前も久しぶりに会うな」


 ふくよかな体型。立派に切り揃えて整った髭。ニューウォールズはグリンフィールド伯爵の土地だ。たとえ相手が公爵であろうと町の中では最も権力を持つ男。目つきも悪く、元からモナルダは彼に対する印象は良くなかった。


「お久しぶりですなあ~、レディ。相変わらず旅をされておられるのですか、自由というのは羨ましいものだ」


「たまには領地の管理など他人に任せて旅行も良いんじゃないか」


 握手を交わしてから、グリンフィールドは襟を正す。


「それが出来れば苦労しません。子爵夫妻が亡くなられた事は?」


「友人から手紙で。実に残念だ、良い人たちだったのに」


「でしょうな。私も残念でなりません。あんなに良い方たちが」


 パッと見は心底残念そうに見える。だが信用には値しない。


「(どうせお前たちが子爵を殺したくせに。目障りだったんだろう。彼らは決して馬鹿じゃない。娘の死の真相を追ったはずだからな)」


 表面上は何も知らないふりをする。それだけでいい。


「まあまあ、お二人共。暗い話はそこまでにしてはいかがかな? せっかく揃ったのだから、お茶を淹れよう。上質な茶葉が手に入ったんだ」


 ちょうどグリンフィールド伯爵も到着したばかりのところへモナルダが転がり込んできた。ナイルズの提案は、彼女を思っての事だ。


「それはいいですなあ。レディはいかがです?」


「もちろん。商会へ行くから、あまり時間は取れないが」


「おや、何か御入用だったのですかな」


「馬車を預けてあるだけだ。今日の夜にでも此処を発つんでな」


 滞在は少し延長になるだろう。上手く計画が運べたら、グリンフィールドも地獄へ叩き落す。そのためには失敗が許されない。慎重に、狡猾に。蛇を喰らう蛇であらねばならない。


「まあ少し待っていてくれないかね。私も仕事の途中だったので、片付けをしてから戻ってくる。茶菓子は先に用意させておこう」


 視線の動きに気付いたモナルダも、ふと思い立ったように。


「ではお手洗いを借りても」


「ああ、もちろん。君の頼みなら断れないよ」


「大げさな……。なら遠慮なく」


 二人共が退席するというので、グリンフィールドは少しだけ残念そうだ。どちらかでも残っていれば会話もしたが、取り残されては黙って待つしかない。先に茶菓子に手を付けるわけにもいかない。


「早く戻ってきてくださいよ、お二方」


 部屋を出て、執事に部屋から出てくる事があれば知らせるように行ってから、別室へ場所を移して、誰も入れないように鍵を掛けた。


「上手くいったのかね?」


「ああ、ラヴォンからビリーに関する資料を買い取った」


「そうか。それは良かった。町を出ると言うのは本当か?」


「予定ではな。もうビリーに積み荷を積ませた。だが────」


 本来であればレティと共に町を出発する。しかし、ビリーを罠に嵌めるための新たな計画について話すと、ナイルズは呆れてがっくり肩を落とす。


「あえて言い方を悪くするが、君は馬鹿なのかね?」


「返す言葉もない。とはいえ確実ではある」


「それで王女の命を晒すとは、とても理解し難いよ」


「本当にそうか? お前だって、アイツの立場は知ってるだろう」


 公爵ともなれば、耳を塞ごうとうわさ話はいくらでも集まってくる。当然、レティが家族に慕われておらず、いつも孤独なのは知っていた。だから彼女の誕生日に毎回出席して、少しでも気持ちを和らげようとしたのだ。


「……私も幼いときは似たような境遇だった。今はこうして公爵家の当主として長年過ごせているが、彼女を見ていると放っておけなくてね」


「だったらなおさら、今回の事は許容してやれ。アイツが自分に自信をつけるための通過儀礼とも言えるだろう。お前には、なにより大事な役割がある」


 部屋の時計を見て、数分が経ったのを確認する。そろそろ戻らなくてはならない、と鍵を開けてから────。


「ビリーが捕まったらグリンフィールドを唆せ。モートン通りへ向かわせろ。レティには悪いが……貧民窟の連中共々、町から排除すべきだろう」


 冷たいのかもしれない。貧民窟の殺し屋は、本来は町にいるべきでない存在だ。今後の事も考えれば処理しておく必要がある。提案に、ナイルズは顎を擦って、ひとつ頷く。


「確かに。邪魔な足枷は外しておいた方がよさそうだ」

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