レティの計画は単純だ。モナルダを通じて、自身を裕福にみせる──実際に裕福ではあるのだが──事でビリーの関心を惹く。そこに魔女がいると手を出そうとはしないはずなので、ここでモナルダには『用も済んだから帰る』という体で隠れて過ごしてもらい、一旦距離を置く。夜道をレティがひとり歩き、羽振り良く振舞って時間を過ごしていれば、ビリーから行動を起こすかもしれない。
と、そのあたりでモナルダの印象は最悪に等しかった。
「危険がすぎる。もし間に合わなければ死ぬ可能性もあるんだぞ。ファイルの中には後始末を任せた奴もいる。つまりビリーが直接殺して、処分を連中に頼んだという事だ。その事をちゃんと頭に入れてるのか?」
「もちろんだよ。……でも、今回の事はリスクを取らなきゃ解決できない。君が言うように、相手が徹底的にリスクを省くような人間であればだけど」
返す言葉も出てこない。普段はいくらか弱気なくせに、こんなときだけ強気なのかと呆れた。だが言う事は理に適っている。これまで既に何人も手に掛けていながら、後始末は他人任せと言えども、一度を除いて痕跡を残していない。それどころか、残してしまった痕跡さえもグリンフィールド伯爵という権力者の前では、水泡の如く消え去ってなかった事にされた。
多少のリスクは冒すべき。だとしても他に協力者を見つけるのは不可能だ。ならば自分以外に適任はいまいというレティの提案を断り切れなかった。
「わかった。具体的な計画を聞こう。憲兵隊を抱き込むまでは楽だろう。伯爵の耳を塞ぎ、ビリーを動かすだけの案がお前にあるとしたらだ」
「もちろん、ある。そう答える以外で、納得なんてさせられないよね」
ハッキリ言われて、きょとんとしてからフッと笑みがこぼれた。
「よく分かってる。短い付き合いのくせに長年の知り合いのようだよ。根本的なところで気が合うのかもな。よし、では帰ってから相談だ。そのために、お前も辛いだろうがファイルブックには目を通しておけ」
「……うん。頑張るよ、もうこれ以上の被害者を出さないために」
どれだけの無念が、今も嘆き苦しんでいるだろう。考えるだけで胸が締め付けられる。王族のひとりとして、何としてでも解決したかった。
領地で起きた問題は領主のものだとしても、見て聞いて知っておきながら、自分の責任ではないと逃れる事は、彼女には堪えられなかった。思わずファイルブックを強く抱きしめてしまうほどに。
「さて、モートン通りから出るときは護衛がないと言っていたな」
裏稼業の人間は、陽の当る場所まで出るわけにはいかない。ましてや高貴な人間と関わりがあると知られるのはまずい。誰かの耳に入って噂になれば、グリーンフィールド伯爵の目に留まってしまう事になる。これまでは見知らぬふりをしてもらっていても、周囲が異を唱えたら、もう手遅れだ。
そうなると安全にモートン通りを出られるかは分からない。当然、それは魔女だって例外ではない。領主が関与しない限りは無法地帯なのだから。
「ちょっと、あんたたち。待ちなよ、そうお嬢さん方」
帰り道を塞いだのは、通りがけに見掛けた男たちだ。近寄って来なかったのは最初だけ。女だけになったと分かれば、いくら細枝のように痩せた体でも人数に物を言わせてやろうと下卑た笑みをする。
「手荒な真似はしたくないんだ。ちょっと俺たちに良い思いをさせてくれればいい。ここがどこかって分かって入って来てるはずだろ?」
怖がってぴったりくっつくレティに「大丈夫だ」と小声で宥め、珍しく彼女は手に本を開いてみせた。男たちは何をやってるのかとニヤニヤするだけ。だが直後に彼には恐怖を抱く事になる。
「夢でも見ていろ。とびきりの悪夢をな」
本を片手に開いたまま、指をぱちんと鳴らす。それで十分。本が淡く光って紫煙を通りに走らせたら、吸い込んだ男たちがわずかなうめき声と共に白目を剥いて、バタバタと倒れていく。
彼らは、苦しみ悶えながら眠りに落ちていた。
「何をしたの、モナルダ?」
「眠らせただけさ。今頃は童話の怪物のように、怖ろしい生き物に襲われる夢でも見ているんじゃないか。わざわざ内容までは知らんがね」
魔女は優しい。だが怖ろしい。どちらの顔も持った人間であり、世界にたったひとりだけの存在。何が出来るかを考えたところで理解はできない。はっきり言える事があるとしたら、生きているだけ運が良かったという事だ。
「あんな一瞬で……。すごいね、魔女って」
「だから今も生きてる。まあ首だけになっても死なないが」
魔女にとって恐ろしいのは、自らを呪う不老不死だけ。首だけになろうが生き続ける。ただし、苦痛は感じる事になる。感覚そのものは普通の人間と変わらない。もし液体の中に浸されでもしたらと考えるのも嫌だった。
「さ、人目につかないうちにさっさと行こう。バージニアが美味い料理を用意して待ってくれているはずだから」