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第11話「ミルフォード公爵」





────翌朝。



 訪ねた小さめの邸宅──といっても、ニューウォールズではかなり大きい方である──の前で、門が開くのをモナルダとレティは待っていた。公爵所有なので当然のように警備が立っていて、面会の予定も入っていないため、今は時間があるかどうかを確認してもらっているのだ。


「こんなところで暮らしてるんだね。ボク、もっとあちこちに豪邸をいくつも持ってるんだと思ってた

よ。ミルフォード公爵って」


「見た目は質素だが金は掛かってる。特に家具にはな」


 たわいない話をして待っていると、警備の男が小走りに戻ってきた。


「すみません、遅れてしまいました。中へどうぞ、魔女様でしたら構わないそうです。玄関からは執事が案内するそうなので」


「ありがとう、助かるよ。いきなり押しかけたから」


 指示に従って敷地の前庭を歩く。小さいからか手入れが行き届いているだけでなく、彩りにも拘りがあるように見えた。


 邸宅に入ってからは執事の男に連れられて書斎まで向かう。三度のノックの後、入るよう言われて扉が開けられると、モナルダとレティは執事に小さく会釈をしてから部屋に入った。


「これはこれは、ごきげんよう。ミズ・モナルダ」


 茶髪にたっぷりある口ひげを整えた男が、モノクル越しに見つめる。年齢的には五十代ほどに映る彼こそがナイルズ・ミルフォード。灰色のワイシャツに茶色のベストを着て、赤いネクタイをきゅっと軽く締め直す。


 椅子から立ちあがって、机の前でモナルダと握手を交わした。


「久しぶりだ、ナイルズ。元気にしていたか?」


「君と顔を合わせるのは七年ぶりかな。五年前の傷は癒えたかね」


「程々に。子爵夫妻が亡くなられたのは残念だ」


「私も同感だ。彼らは実に良い夫妻だったが」


 そっと机に腰掛け、ナイルズはふとモナルダの後ろにいる少女に目移りする。まるで探偵のような格好だな、と思いながら────。


「あぁ、ちょっと待った。なぜ魔女と一緒にいるんだね、レディ?」


 当然のように気付く。レティの誕生日には何度も足を運んだ。子供の誕生祝いなど、息子はいても娘はいないので何をあげていいかもよく分からず、当たり障りのないものをよく贈った。それくらい気を遣った相手なのだから。


「ご無沙汰してます、ナイルズさん」


 なぜまた彼女が王都の外にいるのか、と考えてから、なんとなく女王の考えが読めた彼はフッと笑って小さく肩を竦めた。


「わざわざ深くは問いただすまい。それより、今日はどうしたのだね? ミズ・モナルダ。君が尋ねてくるときは大概、面倒な話だろう?」


「理解が早くて助かる。流石は公爵閣下、と言った方が良いかな」


 ジョークで返されると、ナイルズは嬉しそうにニヤッとする。


「伊達に生まれた頃からの付き合いではないさ。おかげで君に影響されたところも多い。……ちょっと待ちたまえ、扉に鍵を掛けておこう」


 大事な話をする前に、扉の向こう側で待機していた執事に、部屋に誰も近づけさせないよう伝えてから鍵を掛けた。


「あまり聞き耳を立てられても困る話なんだろう、ミズ・モナルダ。どれ、皆で窓辺に寄ろうじゃないか。ニューウォールズも安全とは言えない」


「よく言う。お前に襲い掛かる馬鹿なぞ、そうはいないだろ」


 当たり前だと言わんばかりにふふんと鼻を鳴らした男は、窓辺に立って外を眺めながら「残念ながら、五十も過ぎれば体も十分に動かんよ」と答えた。モナルダのように老いなければ楽ではあるが、それはそれで楽しくないとも言った。


「では用件を聞こう。君たちが尋ねてきた理由は?」


「うむ、単刀直入に言うが────『梟の巣』に行きたい」


 多くの噂を耳にするナイルズも、流石にモナルダから聞く言葉とは思えずに目を丸くしたが、すぐに咳払いをして気を取り直す。


「なんでまた、あんな殺し屋連中に会いたがるんだね?」


 咄嗟にレティが「えっ、殺し屋!?」と驚いてモナルダに口を塞がれて、あまり大きな声で騒ぐなと注意されてから、がっくり落ち込んだ。


「別に殺しの仕事を頼むわけじゃない。それだけなら私でも十分な話だが、ビリー・ロッケンとグリンフィールドの悪事を暴くのに用がある」


「……ははぁ、なるほど。それは興味深い。だが駄目だ」


 聞いてやれる頼みなら何でも聞くつもりだったが、きっぱり断った。


「君だけならいざ知らず、第三王女まで連れていて頼みを聞いてやる事はできない。提供するものに対してリスクを負うなど、とてもとても」


「言っておくが、頼んでるのは私じゃなくコイツであってだな……」


 手で指されたレティが照れ笑いをする。とてもナイルズには信じられない話だったので驚いたが、少し考えてから、彼女の立場ならそれも不思議ではなかった。悪く言えば世間知らず。良く言えば真っすぐな性格。実の母親から愛情を注がれない可哀想な娘が小さな鳥籠から羽ばたくのには必要な事か、と納得する。


「はあ、わかった。確かに功績のひとつでも挙げれば彼女フロランスの評価も変わるやもしれん。ひとまずモートン通りに向かうといい。鳥が描かれた赤い空き缶で物乞いをしてる老人に声を掛けたまえ」


 机にあったペンで紙に何かをさらりと書いて折りたたんで渡す。


「まず最初に自然な感じで『缶にネズミが入るぞ』と言うんだ。話が通じたら、この紹介状を渡せば、彼らのアジトまで連れて行ってくれるだろう」

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