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第4話「新しい服を」

 あまりいつまでも城にいるのも気分が良くない。さっさと連れ出してしまおう、とレティシアが馬車に乗ったら、すぐに馬を走らせた。


 町を駆け抜けて風を浴びながら、車輪がごろごろと音を奏でた。モナルダにとっては慣れた光景が流れていくのを興味津々そうにレティシアが眺める。見るもの全てが新しく、窓の向こうから眺め続けた世界が目の前にあった。


「面白いものが見つかったのなら馬車を停めてやろう」


「構わなくて大丈夫ですよ、悪いですから……!」


「まあ、せっかくの機会だ。勿体ない事は言うものじゃないさ」


 ふらりと寄ったのは古着屋だ。新しくて値の張るものならばブティックにでも寄っていけばいいし、自分好みの服オーダーメイドもいい。しかし、これからは隣国まで行くまでの旅で高い服を着てウロつくのは決して褒められた事ではない。ごろつきに絡まれる事もある。『自分たちはお金持ちです』とひけらかすのは、庶民相手には神経を逆なでする事も、よくある話だ。


 そこで質素に、使い捨ててもいいような服を揃えるなら古着屋の方がいいだろう、とモナルダは彼女を連れて馴染みの店に足を運んだ。


「デクスター、生きてるか?」


 声をかけると店の奥から細い片眼鏡の老人が顔を出す。


「おぉ、これはモナルダ様。久しぶりですね」


「なんだ、元気そうじゃないか」


「もうじき引退ですよ。見た目には元気ですが」


「そうなのか? 残念だな、十年来の友人がまた減ってしまうよ」


「フフッ、もう慣れっこでしょう。ところで今日は何を……」


 ふと、モナルダの後ろに隠れるように立つ少女を見て目を疑った。


「あ……。えっ、なぜ王女殿下が此処に?」


「事情があってリベルモントまで行くんだ。私と一緒にな」


「はあ、そうなんですか。生きてると色々ありますなぁ」


 魔女に頼って隣国へ行くとなると、普通の事情ではないのだろうと思ってデクスターはそれ以上を聞こうとはせず、何が欲しいのかを尋ねて、普段通りの仕事に戻った。深く関わったところで出来る事もない、と。


「コイツの体格に合う服が欲しい。お前、そういうの得意だろ」


「えぇ、もちろんです。でしたら、こちらに揃えてありますよ」


 並んだ服は小さ目で、男女の区分なくずらりとラックに掛かっていた。


「レティシア、欲しいものはあるか?」


「えぇっと……。私、こういうの着た事なくて」


「いつもドレスばっかり、ってわけだ」


「はい。あまり好きではないので、楽に動ける服が好きですけど」


「ならこれなんてどうだ。最近は男を中心に流行ってるそうだが」


 薄い砂色のシャツに黒いタイ。スラックスをブレイシーズで吊る、庶民の男性の間では、今現在、やや流行気味の服だ。


「わあ……。かっこいいですね、おしゃれで動きやすそう」


「お前にはきっと似合うよ。外は冷えるから外套も欲しいな」


 注文を受けて、デクスターは少しだけうーんと顎に手を添えて考え、思いつくと指をぴんと立てて「少々お待ちください」と言って店の奥へ。


 数分もすると、彼はゆったり戻ってきた。腕にコートを提げて。


「先日買い取った品なのですが、こちらのインバネスコートは如何でしょう。ブラックなので色としても目立たないでしょう。それから、帽子もありますよ。いくつかあるのですが、どちらがよろしいですかな?」


 デクスターがレティシアに差し出した帽子のうち、彼女は可愛いと思った丸みのある黒い鹿撃ち帽を指さす。


「私はこちらがいいです。とても可愛らしくありませんか」


「いいんじゃないか。デクスター、更衣室は?」


「使えますよ。あちらの部屋でどうぞ、どうせ他のお客様も来ませんから」


 手で差された更衣室に向かわせ、せっかくだから着替えてこいと背中をぽんぽんと軽く押す。きっと似合うはずだと待ち、戻ってきたレティシアが照れて「これ、似合ってますか?」と小さな声で言うのをジッと見つめながら────。


「……ううむ、何となく探偵みを感じるが……まあ似合っているみたいだから良いだろう。お前はどうだ、気に入ったか?」


「はい、とても。コートも温かくて気持ちがいいです」


 納得したらそれでいい、と二度ほど頷く。


「わかった。では、デクスター。服はこのまま着せていく。それと、他にも何着か適当に見繕ってくれるか。似たような奴で、動きやすいものを」


「はい、当然ありますよ。意外とたくさん仕入れられましたから」


 気に入った服を着せたままで、ドレスは持っていくには邪魔なので預ける。売ってしまっても問題ないと言うので、レティシアが驚いて目を丸くした。


「い、いいんでしょうか。お母様から頂いたドレスなのですが……」


「いいんだよ。気にも留めないさ、それくらいのドレスは」


 高い服などいくらでも買い与えられる。いや、買い与える。フロランスは〝親という体裁〟を守るために、仕方なくそうするのだ。たとえ愛情を注いでいない娘だとしても。だから問題ない。捨てたところで、また新しいものを買い与えて、分け隔てなく子供に接する親を演じるであろう事をモナルダは見抜いている。


「ほら、先に馬車で待ってろ。私は服を受け取ったら行くから」


「わかりました。……あのっ、ありがとうございます」


 深く下げられた頭を、ふわりと優しく撫でた。


「これも仕事だ、さっさと行け」

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