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第6話 らしくない真似

「おい柊木。お前、加藤が姫川のこと好きなの、知ってるよな?」


 昼休み。トイレに行った姫川と別れて先に教室に着くと、そんなことを言われた。


 同じクラスの男子どもだ。そもそも、加藤って誰だろうか?


「いや、知らないし。知ってたとしたら、何?」


「とぼけるんじゃねぇ! 加藤はなぁ、中学の頃から姫川に片思いし続けてきたんだ。それをお前みたいな陰キャが横取りだなんて、卑怯だぞ」


 とんだ言いがかりだな。


「片思いって……付き合うどころか告白もしてないってことか?」


 俺がそう返すと、加藤はとたんに赤面した。


「悪いかよ? とにかく、お前は姫川さんに近づくな。美化委員には俺がなる。底辺が俺の恋路を邪魔するなんて、あり得ないからな。言ってること、分かるよな?」


 スクールカーストに従順な奴なのか。仕方ない。ここはおとなしく、姫川と関わらないようにしよう。短い間だったが、美少女と過ごせて青春気分を味わえたしな。


「情けない男どもね。集団じゃなきゃ文句の一つも言えないわけ?」


 久しぶりに聞く姫川の罵声が轟いた。


 姫川のやつ、助けに来てくれたのか。でも、彼女の口撃は、恐怖心の裏返しでしかない。また無理をさせてしまう。もう、姫川の泣く姿は見たくない。


「姫川さん、別に俺は大丈夫だから……」


「それはアンタが決めることじゃない。私の気分が悪くなったら大丈夫じゃないの!」


 姫川は男子の集団を睨み付ける。


「何か言い訳があるならどうぞ?」


「いや、その……柊木みたいな男子は、姫川さんと釣り合わないんじゃないかって思って……」


「ハァ? 人の価値観を勝手に決めないでくれる? 私が誰と付き合うかは私が決める。アンタらに決定権はない。そもそも、そこのアンタも、そっちのアンタも、私の恋愛対象外! 友達にすらなりたくないわ。そのねじ曲がった性根で、よく私と付き合えると思ったわね?」


 あぁ、始まってしまった。姫川のオーバーキルが。


「うるせぇ! お前のことなんかそもそも好きじゃねぇし! 姫川にはそいつみたいな底辺男子がお似合いだよ!」


 加藤とやらはそう言い返した。女子にやり込められたくなくて、意固地になっているのか。


「ダサいわね。脈なしと分かったとたん、『最初から好きじゃなかった』アピール? 見苦しい。アンタみたいな腑抜け、こっちから願い下げよ。調子に乗るのもいい加減にしなさい?」


「調子に乗ってるのはお前の方だろ? ちょっと顔がいいからって偉そうに説教かよ。思い上がるのも大概にしろよな! 行くぞ!」


 加藤とやらはそんな捨て台詞を言い残し、集団を引き連れて退散していった。もう撤退か。意気地のない奴らだ。だがお陰で、姫川のメンタルへの負担は軽減された。早く行ってくれて良かった。と思ったのだが。


「うぅ……柊木くん……」


 姫川は今にも泣きそうな顔をこちらに向けてきた。やっぱり大丈夫じゃなかったか。


「姫川さん、こっち!」


 俺は手を引き、姫川を校舎裏に連れ出した。ここでなら、存分に泣けるだろう。


「うわああぁ、怖かった! 男子から怒鳴られるのなんて初めて! なんでアイツらあんなに粗暴なの!」


「ごめん、俺のせいで無理させちゃって。俺がナメられやすいからだよな」


「……ひっく、柊木くんは悪くない。真面目で人が良さそうなのは、柊木くんの良いところでしょ? そんな風に卑下してほしくない」


 俺の欠点をそんな風に思ってくれていたのか。姫川、やっぱり素敵な感性の持ち主だ。


「ごめん、せっかく口喧嘩しないよう頑張ってたのに、台無しにしちゃって」


「いいって。無難にやり過ごすのは私らしくないし。言いたいこと言って、泣きたいときに泣く。それが人間らしい生き方でしょ?」


「そうだな。俺の前でなら、好きなだけ泣いてくれていいから」


 感謝を込めてそう言うと、姫川は赤面して俯いた。


「なにカッコいいこと言ってんの。そういうことは彼女とかに言うもんでしょ」


「彼女じゃないけど、姫川さんは俺の恩人だ。少しくらいカッコつけさせてくれ」


「アハハ、なにそれ。らしくないよ、柊木くん」


 そう言って顔を上げた姫川の泣き笑い顔を、俺は素直に綺麗だと思った。


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