「ねぇ、一緒に帰りましょうよ! どこか寄り道したいし」
本格的に彼氏みたいになってきたな。
「俺は図書館で勉強したいし、ほら、嫌味な女子連中も今は部活で忙しいはずだから、大丈夫だって」
「私と一緒にいるの嫌? そうよね。こんな裏表の激しい人、一緒にいて疲れるよね……変な噂も立つし」
今度はめんどくさい女ムーブが始まった。本当に、天気のように情緒不安定な人だな。だが、別に姫川といるのは嫌じゃないし、俺は陰口など気にしない。
「いや、姫川と話すのは楽しいぞ? そこまで言うなら一緒に帰るか」
俺が素直にそう答えると、姫川の顔はパッと明るくなった。
「ありがと! 柊木くん、もっと融通効かない人なのかと思ってた」
「よく言われるよ、くそ真面目で頭が固すぎるって。でも、たまには良いかなと思って。でも、買い食いとかはしないぞ。校則違反だからな」
「そんなの守ってる人誰もいないってー」
「いや、どんな小さなルールでも守るべきだ。これは俺の信念というか、美学に関わることだから譲れない」
俺が真剣な顔で話すと、姫川は少し驚いたようだ。
「そう。そこまで言うなら、河原を散歩する程度にしましょう」
そんなこんなで土手を歩いているが、困った。話題がない。
「……夕陽、綺麗だね」
「あぁ、そうだな」
無理矢理絞り出してくれたであろう一言すら、この沈黙の突破口にはならなかった。まずいな。女子と話す機会なんて滅多になかったから、話題が見つからない。
仕方ない。少々突っ込んだ話題を振ってみるか。
「にしても、姫川は本心であんな強気な態度取ったわけじゃないんだろ? なのになんであんなスラスラと悪口が?」
「んー、なんでだろ? 不思議と、悪口のボキャブラリーに困ったことはないんだよね……って! あれは悪口じゃない! 言い返してただけ!」
「それでも悪口には変わりないだろ。売り言葉に買い言葉。どっちも相手を傷つけようとして出た言葉だった」
姫川は気まずそうに俯く。
「仕方ないじゃない。何も言い返さなかったらいじめられる。ナメられたら終わりなのよ!」
ナメられたら終わりって、メンツが全てのヤクザみたいな発言だな。
学校はそこまで殺伐とした世界ではないはず。
「姫川、これは私見だが……」
「なによ?」
「本当に強い奴は人を傷つけたりしないぞ」
姫川はハッとしたように顔を上げ、しかし次の瞬間にはうなだれた。
「そうかもしれないけど! やられっ放しでいろって言うの? どうせ、真面目一辺倒な柊木くんには、私の気持ちなんて分からないわよ!」
「あぁ、分からない。でも、いちいち相手の土俵で勝負してたら、姫川まで下劣な連中と同レベルになってしまう。適当に無視してりゃあいいんだよ」
「それって! 相手に対して失礼じゃない?」
「え?」
予想外の反論だ。悪口陰口には取り合わないのが、俺のやり方だったのだが。
「悪口言う人だって同じ人間よ。勝手に自分の格を上げて、相手と同じ土俵から逃げることが、誠実に人と向き合うことと言えるの?」
ぐうの音も出なかった。
姫川は、ああ見えて誰よりも誠実なのかもしれない。姫川の人付き合いは常に真剣勝負。相手から悪意を向けられても、同じだけの熱量でもって応える。
こいつは、誰とでも本気でコミュニケーションを取ろうとしていたのか。本当は泣きたいのに、虚勢を張ってまで。