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第3話 本気のコミュニケーション

「ねぇ、一緒に帰りましょうよ! どこか寄り道したいし」


 本格的に彼氏みたいになってきたな。


「俺は図書館で勉強したいし、ほら、嫌味な女子連中も今は部活で忙しいはずだから、大丈夫だって」


「私と一緒にいるの嫌? そうよね。こんな裏表の激しい人、一緒にいて疲れるよね……変な噂も立つし」


 今度はめんどくさい女ムーブが始まった。本当に、天気のように情緒不安定な人だな。だが、別に姫川といるのは嫌じゃないし、俺は陰口など気にしない。


「いや、姫川と話すのは楽しいぞ? そこまで言うなら一緒に帰るか」


 俺が素直にそう答えると、姫川の顔はパッと明るくなった。


「ありがと! 柊木くん、もっと融通効かない人なのかと思ってた」


「よく言われるよ、くそ真面目で頭が固すぎるって。でも、たまには良いかなと思って。でも、買い食いとかはしないぞ。校則違反だからな」


「そんなの守ってる人誰もいないってー」


「いや、どんな小さなルールでも守るべきだ。これは俺の信念というか、美学に関わることだから譲れない」


 俺が真剣な顔で話すと、姫川は少し驚いたようだ。


「そう。そこまで言うなら、河原を散歩する程度にしましょう」


 そんなこんなで土手を歩いているが、困った。話題がない。


「……夕陽、綺麗だね」


「あぁ、そうだな」


 無理矢理絞り出してくれたであろう一言すら、この沈黙の突破口にはならなかった。まずいな。女子と話す機会なんて滅多になかったから、話題が見つからない。


 仕方ない。少々突っ込んだ話題を振ってみるか。


「にしても、姫川は本心であんな強気な態度取ったわけじゃないんだろ? なのになんであんなスラスラと悪口が?」


「んー、なんでだろ? 不思議と、悪口のボキャブラリーに困ったことはないんだよね……って! あれは悪口じゃない! 言い返してただけ!」


「それでも悪口には変わりないだろ。売り言葉に買い言葉。どっちも相手を傷つけようとして出た言葉だった」


 姫川は気まずそうに俯く。


「仕方ないじゃない。何も言い返さなかったらいじめられる。ナメられたら終わりなのよ!」


 ナメられたら終わりって、メンツが全てのヤクザみたいな発言だな。


 学校はそこまで殺伐とした世界ではないはず。


「姫川、これは私見だが……」


「なによ?」


「本当に強い奴は人を傷つけたりしないぞ」


 姫川はハッとしたように顔を上げ、しかし次の瞬間にはうなだれた。


「そうかもしれないけど! やられっ放しでいろって言うの? どうせ、真面目一辺倒な柊木くんには、私の気持ちなんて分からないわよ!」


「あぁ、分からない。でも、いちいち相手の土俵で勝負してたら、姫川まで下劣な連中と同レベルになってしまう。適当に無視してりゃあいいんだよ」


「それって! 相手に対して失礼じゃない?」


「え?」


 予想外の反論だ。悪口陰口には取り合わないのが、俺のやり方だったのだが。


「悪口言う人だって同じ人間よ。勝手に自分の格を上げて、相手と同じ土俵から逃げることが、誠実に人と向き合うことと言えるの?」


 ぐうの音も出なかった。


 姫川は、ああ見えて誰よりも誠実なのかもしれない。姫川の人付き合いは常に真剣勝負。相手から悪意を向けられても、同じだけの熱量でもって応える。


 こいつは、誰とでも本気でコミュニケーションを取ろうとしていたのか。本当は泣きたいのに、虚勢を張ってまで。


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