【悟る前、私は木を切り水を運ぶ。
悟った後、私は木を切り水を運ぶ】
俺こと柊木亮(ひいらぎりょう)の好きな禅語だ。
悟りを開く前後で、やるべきことをやることは変わらない。寧ろ日常の作業に感謝を持ってこなせるようになってこそ、悟ったと言えるだろう。
そう思って、高校では美化委員会に入った。校内美化を通して、俺自身の心も磨かれる。そのはずだった。
「姫川さん、私の彼氏に色目使ったでしょ?」
「貴方の彼氏が誰かなんて知らない。そもそも、貴方みたいなのに彼氏いたの?」
「ちょっと、いくらなんでもその言い方はないんじゃない?」
「言い方だけ変えれば許してくれるの? 内容は同じでも?」
「調子づくのもいい加減にしな。私の友達の先輩、結構ヤンチャしてて……」
「この歳になって不良自慢? 見苦しいわよ。それとも何? そのワルな先輩が私を懲らしめてくれるの? だったら今すぐ連れて来なさい? 返り討ちにしてやる!」
俺の学年の高嶺の花にして、女子から嫌われまくりの姫川美紅(ひめかわみく)は、相変わらずの強気の態度だ。集団で吊し上げを食らっているのに、一切動じない。
普通、いじめっ子の方が大人数だが、これでは、どちらがいじめられているのか分からない。
むしろ、いじめっ子たちの方がオーバーキル状態だろう。
「止めに入る必要は、無さそうだな」
姫川が花壇の水やり当番に来ないので、探してみればこの有り様だ。カースト上位女子を言葉だけで圧倒するとは、さすが学年の【三美神】の1人と呼ばれるだけある。
容姿がいい奴は覇気も凄いのか。
「くっ、覚えてなさい!」
女子グループはあっけなく退散していった。
「あの、姫川さん。今日俺と水やり当番だよね? 一緒に……」
「え? あっ! ごめんなさい。見苦しいところをお見せして!」
姫川は申し訳なさそうに頭を下げ、俺に付いてきた。
「ちょっと、こっちに……」
「え? ここって体育館裏じゃ……」
なぜか人気の少ない所に連れ出される。まさか俺、カツアゲされてしまうのか?
「うわああぁん! 怖かったよぉ! 柊木くん、見てたなら助けてよぉ!」
さっきとは打って変わり、姫川は子供のように泣き出した。
「え? でも姫川さん、あんな強気で……あーよしよし。もう大丈夫ですよー」
慌てた俺が、赤ちゃんでもあやすかのように語りかけると、ようやく泣き止んだ。
「ごめんなさい、取り乱して。私、そんな強気に見えた?」
まだ涙ぐみながら姫川が問う。
「だいぶ強気に見えたけど」
「そ、そうなんだ。でも、内心では大勢に囲まれて本当に怖くて……無理して虚勢張ってただけなの」
それにしては物凄い気迫だったけどな。あんな勢いで悪口を捌いていく女子は見たことがない。
まさか、これも俺を騙すための演技なのか? 男には弱みを見せて媚びを売るタイプなのか?
「今度からは一緒に行動して」
「え? あぁ、そうだな。同じクラスなんだし、一緒に教室出れば良かったよな! 美化委員の仕事の時はそうするよ」
「違う。常に私と一緒にいて。お昼も休み時間も」
「な、なんで?」
そこは彼氏とか女友達と一緒にいればいいだろう。
「私、女子の友達いないし、なんか男子からもビビられてるの。分かるでしょ?」
同じクラスだが、俺はぼっちなので知らなかった。
だが、困っている女子は放っておけない。ましてや、あんな無茶して虚勢を張っていては、いつかメンタルに限界が来てしまう。
「分かった。協力するよ。できるだけ女子と喧嘩しなくてすむようにする」
「喧嘩じゃなくて、吊し上げられてただけ!」
俺には立派な言い争いに見えたのだが。ともかく、俺は高嶺の花美少女と行動を共にすることとなった。