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第12話 アンドロイドと結婚8

 奈々香は言われた通りに動き、書類やデジタルカメラ等を抱えて出ていった。





「よし行くぞ」


 雅嗣が用意した社用車に奈々香が乗り込むと、車はすぐに発進した。


 警察のような緊急車両ではないのでサイレンも無い一般車両。法定速度と信号を守り、現場に着くまでに20分もかかった。


 家の近くに車を置いて徒歩で現場に向かうと、すでに到着していた警察官たちが対応をしていた。


 閑静な住宅街に響く声は怒気を含んだ危険な雰囲気だった。


「我々の行為を妨害する理由は何ですか!? 真実を叫ぶ行為は違法なんですか?」


 反アンドロイドの団体と思われる一人が警察官に詰め寄っていた。


「家の前で叫ばれたら誰だって通報するでしょう」


 警察官が正論を告げるが、そんなことで引き下がるようなことはしない。

「裁判をやってやるからなッ! 弁護士に知り合いもいるんだ! お前らなんか1発でクビだ」


 大声で叫びながら警察を威嚇している彼らを遠目に確認した奈々香と雅嗣は、表情を硬くしながら近づいた。


 そして、警官たちから少し離れた場所にいる亨を確認し声をかける。


「山本さん。大丈夫ですか?」


「御門さん、一ノ瀬さん。来てくれたんですね」


 2人の姿を見た亨は明らかにホッとした表情になった。


「ええ。連絡が来たので急いできました」


 あえてトトノの名は出さずにいたが、亨には正確に伝わったようだった。


「貴方たちは、どちら様ですか?」


 警察官の1人が奈々香たちに気付いて声をかける。


「S区役所アンドロイド共生課の一ノ瀬と御門です」


 雅嗣が告げると、警察官は頷いた。


「あぁなるほど。わかりました。ですけど彼らはまだ興奮状態ですので近づかないようにしてください」


「わかりました。ただ彼らは数日前にS区役所に押しかけてきて警察沙汰になっています。留意してください」


 警察と雅嗣のやり取りの後、黙って反アンドロイドの団体を観察する。


 10人の男女、その面子は以前区役所に押しかけて来た人物たちで間違いなかった。ただ、何故情報提供者の亨の家にまで押しかけて来たのか。


 しかしその答えは、あっさりと判明した。


 警察官たちと揉めているうちの1人が、亨の母親に詰め寄った。


「山本さんなら分かってくれるわよね? 間違ってるのは貴女の息子よ。それを説明してちょうだい」


 だが母親の表情は青ざめ、怯えているようにさえ見える。


「わ、私の息子は関係ないでしょ。悪いのはあのアンドロイドだけよ」


 あのアンドロイドとはトトノの事だろう。


「勿論アンドロイドは悪よ。でも貴女の息子だって完全な被害者とは言えないわ」


 そう言って亨を睨みつける。


「貴方のお母さんは私たちと同じこころざしを持った仲間なの。間違った道を歩く息子を、私たちと共に矯正させようと頑張っているのよ」


 まるで親不孝だと言わんばかりの態度。一方の母親は相変わらず青い顔で戸惑うばかりで、賛同するでもなく否定するでもなかった。


 しかし、亨は違った。自分の愛する人に対しての侮辱を受け、黙っていることなどできないらしかった。


「僕は間違っていません。あなたがどんな信条を持って行動しているのかは知りませんが迷惑です。もう二度と僕たちに関わらないでください」


 どこか弱々しい印象があった亨だったが今はその影もない。その毅然とした態度に一瞬だけ相手は怯んだが、次の瞬間には烈火のごとく怒りをぶちまけた。


「アンドロイドなんて機械の塊に恋愛感情を抱く方が気持ち悪いのよッ。犬や猫に恋しているようなもんじゃない。それをオカシイと指摘したらいけないの!? だいたい――」


「やめなさい」


 警察官が割って入り、無理矢理に引きはがした。


 なおも何かを叫ぼうとした女性の目の前に、トトノが立ちふさがった。


「確かに私は人間ではありません。でも私は亨さんの事を愛しています。彼の優しさも、彼の繊細で涙もろいところも、私のために戦ってくれるところも、全て愛しています」


 自分を否定している相手に対し堂々と宣言するトトノ。


 その姿に格好良さを感じていた奈々香とは対照的に、雅嗣は状況の判断を冷静に見ていた。


「これ以上、相手を興奮させるな」


 雅嗣が奈々香に告げる。


「了解です」


 相手を興奮させるな。その言葉だけで自分が何をすべきなのかは理解していた。警察ではない彼らが使える手は限られている。その中で最も有効な手段、それは法律だった。


「後藤由香さん。これ以上アンドロイドであるという理由からの暴言行為は、アンドロイド法第34条の名誉棄損罪となり、3年以下の懲役または50万円以下の罰金となります」


 このような団体に、訴えられても問題ないと言い切れる人間は少ない。裁判になれば働いている会社でも噂くらいにはなるだろうし、負ければ前科が着く場合もある。それらのリスクを抱える事は容易ではない。


 それ故に、彼らに対しては法律と刑罰の対象であることを伝えた方が、案外冷静になるのが常だった。


「な、なんで私の名前知ってるのよ」


 何よりも、奈々香が自分の名前を知っているのが効いたようで、完全に萎えていた。


 1人が、それもリーダー格が大人しくなれば、自然と全員が大人しくなり、あっという間に警察菅たちが警察署に連行していった。


 すっかり静けさを取り戻した住宅街。しかし、そこに残された亨やトトノたちにはまだやらなければならない事があった。


「母さん」


 亨が口を開いた。


「母さんが僕たちの事を反対しているのはわかった。だけど僕はトトノの事が好きなんだよ。これからも反対し続けるなら、親子の縁を切ってもらっても構わない。これが僕の答だ」


 それを聞いた母親は、先ほどよりも青ざめた顔で息子を見つめ、震える声で語りかけた。


「そんな、親子の縁を切るだなんて」


 よほどショックだったのか、二の句を継ぐことも難しいようだった。

 亨の覚悟を聞いたトトノは言葉を選びながら話し始めた。


「お母さんの考えていることも理解できます。私たちに子供はできませんし、これから私のせいで苦労があるかもしれません。でも、彼となら乗り越えられると思うんです。……私にも両親はいます。2人ともアンドロイドですけど、とても幸せに生きてきました」


 トトノは一呼吸をおいて亨の母親の目を見る。


「私は、私たちのこれからの生活にお母さんが居てほしと思っています」


 それを黙って聞いていた母親だったが、何か思うことがあるのかポツポツと喋り出した。


「貴女は知っているでしょうけど、ウチは母子家庭なの。小さいころから息子には愛情をかけて育ててきたつもり。社会人になって1人暮らしをするようになってから、ふと思ったの。もし息子が結婚したらずっと一人で生きていくんだって。そんな時、貴女が現われた。たぶん嫉妬してたのね。貴女がアンドロイドでも人間でも、息子が奪われる事に耐えられなかったんだわ。それで、こんな醜い邪魔までしてしまった。本当にごめんなさい」


 自分行いを顧みての言葉らしく、反省に項垂れていた。そして続け様に、

「貴方たちの覚悟はわかったわ。私にはもう何を言う資格もないけど、幸せになりなさい」


 そう言って目元の涙を拭った。


「母さん」


「亨君を大事に思っているお母さんは素敵だと思います。今は分かり合えないかもしれないけど、いずれ仲よくしたいです」


 それはトトノが彼女を許すという宣言だった。その事を察した母親は、いっそう涙を浮かべて首を横に振る。


「もし許してくれるなら私が私を許せるまで、もう少し時間をちょうだい。その時が来たら、トトノさんの事を娘と呼んでも良いかしら」


「はいッ」


 一部始終を見守っていた奈々香と雅嗣は、揃って溜息を吐いた。


「何とかなりましたね」


「そうだな」


 結局は役所の人間などいなくとも解決できた。そのことが奈々香は嬉しく、自然と頬が緩んだ。


「どうした。二ヤついてるぞ?」


「ほっといてください」


 こうして長い結婚相談は幕を閉じたのだった。

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