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第10話 アンドロイドと結婚6

酒に酔う頭で別れを告げ、奈々香は家路に着いた。



 目覚ましが鳴る。


 平日であれば、もう起きなくてはならない時間だが、今日は土曜日で休みなうえに昨日の合コンでの飲酒のせいでまだ眠い。


「もう少し寝よう」


 目覚ましのアラームを切ってベッドに丸まる。


 目をつぶっていると、自然と頭の中で色々と考えてしまう。ぐるぐると考えが纏まるようで纏まらない感覚。湧き出ては消えていく様々な事柄を、頭から追い出そうとしても結局戻ってきてしまう。


「~~~~ッ。……起きるか」


 仕方なく起きると、カーテンを開けて朝日を全身に浴びる。


 朝食にトーストとサラダを食べ、洗濯機を回し1週間分の掃除をすることにした。


 掃除機をかけながらテレビのニュースを確認する。


 芸能人のスキャンダルに続き、政治の話題が昇る。それらを適当に聞き流しながら、洗濯物を干していく。


 一通りの掃除と洗濯が終わるころ、ニュースでは特集が放送されていた。


【今人気のレトロな喫茶店】


 その文字と共にアナウンサーが都内の喫茶店を訪れていた。


「喫茶店かぁ」


 彼女の頭の中で、昨日の亨とトトノの話しを思い出していた。


「2人の出会いも喫茶店だって言ってたな」


 本来であれば仕事外での接触は好ましくないのも理解していたが、どうにも気になってしまう。何かのきっかけで進展が見られるかもしれないという希望が頭を駆け巡ったとき、奈々香は行動に移すことにした。


 トトノの履歴書を見たときに記憶していた店名を調べてみると、あっさりと場所が判明した。


「結構近いな」


 幸いにも1駅しか離れていない地域だったので、昼食をこの喫茶店で食べることにして出かける準備をした。


 休日は1日中家に籠りダラダラと過ごしがちな彼女にとって、土曜日の日中に喫茶店に向かう事はレアケースだった。


 それ故に、大変な事実に気付いたのは電車に乗ってからの事だった。


(彼女が今日シフトじゃなかったらどうしよう)


 電車のシートに座りながら頭を抱える奈々香。もし居なかったら無駄足も良いところだが、今さら引き返すのもそれはそれで面倒くさい。


 そんな葛藤をしているうちに目的駅に到着してしまった。


「仕方ない。有意義な休日にしよう」


 彼女がいなかったとしても、喫茶店でコーヒーと軽食を満喫してしまえば無駄な時間ではない。自分にそう言い聞かせて電車を降りた。


 改札を出て10分ほど歩いた所に目的の喫茶店があった。


 なかなか緊張してしまう程に洒落た佇まい。テラス席があり、モダンな雰囲気を醸しつつも洗練された感じもある。


「目的が無ければ絶対に入れないタイプの店だ」


 耀あたりであれば似合うだろうな。と考えつつ、扉を開けた。


 来客を知らせるドアベルが鳴ると同時に、店員がやってきた。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 そう聞いてきたのはトトノだった。


 奈々香は内心で、彼女がシフトだった事を喜びながら頷いた。


「ではこちらの席に……。あれ、もしかして御門さんですか?」


 彼女もこちらに気付いたらしい。


「ええ。こんにちは」


 ぎこちなく挨拶をすると、トトノは嬉しそうに笑った。


「お近くに住んでるんですか?」


「近くと言えば近いですね。実は喫茶店巡りが趣味なんです。貴女が喫茶店で働いてるのを履歴書で見たときに、以前から興味があった店だったので来ちゃいました」


 咄嗟に嘘を吐いてしまったが、悪意のある嘘ではないと自分に言い聞かせる事で笑顔を保った。


 席に案内されて椅子に座る。


「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」


 そう言って去っていくトトノの背中を見送った。


「結構元気そうだな」


 昨日の今日なので、なにかショックを引きずっているのではないかと思っていたが、特にそのような様子は見られない。


 一先ずそれに安心して、奈々香はメニューを眺めた。


 コーヒーは外せないとして後は料理だ。定番なのはオムライスかナポリタンなのだろうが、ホットサンドも捨てがたい。


 1駅も離れた喫茶店に来たのだから、後悔のないように選択しなければもったいないと言うもの。奈々香はメニューを眺めながら、慎重に吟味していった。


 10分以上をかけて選んだのはコーヒーとオムライス。そしてデザートのプリン。


 それを注文し待っている間、奈々香は何も考えずにただ座って外を眺めた。土曜という事もあり人通りも多い。


 自分の目の前を通って行くのがアンドロイドなのか人間なのかは判断できない。AIが感情や思考を学習し、現在の状況に最も近い感情をアウトプットしている。


 楽しそうに笑っていても、それは状況が作り出した作り物の感情なのか。それを判断することもまた出来ない。


(でも友達と笑うのが楽しいのは本当だよな)


 遊んだり恋したりは誰にでも与えられた権利だ。それを邪魔するのは侵害以外に他ならない。


 それは彼女に対しても同じだ。


「お待たせしました。コーヒーとオムライスです。プリンは食後にお持ちいたしますね」


 トトノが持ってきてくれた料理がテーブルに並べられる。


「今日は何時までお仕事なんですか?」


「えっと。今日は午前中だけですけど」


「お仕事が終わったら、私と少しお話しませんか?」


「? ええ、私でよければお話ししましょう」


 約束をして、奈々香はオムライスに向き合った。鮮やかな黄色の上にかけられた赤いケチャップが食欲をそそる。


 家ではまず再現できない、焦げ目の無い卵にスプーンを差し込む。その中にあるご飯は、ほんのりと赤く染まっていて、顔をのぞかせているコーンとグリンピースの差し色が映えている。


「昔ながらって感じで美味しそう」


 昔のオムライスを詳しく知っている訳ではないが、それでもこのオムライスは昔ながらという表現が正しいように思えた。


 スプーンに乗っているオムライスを1口頬張れば、幸せが押し寄せてくる。

 自炊では作ること無ない手料理の味を噛みしめながら食事を続ける。そして、最後の1口を食べるタイミングを見計らったのか、すかさずデザートのプリンが出てきた。


「お、硬めのプリンだ」


 彼女の好みとしては、カスタードプリンのように柔らかいものではなく、しっかりとした硬さのプリンが好みだった。


 スプーンを差し込むと、抵抗のある感触が伝わってくる。味も卵の味がしっかりと感じられながらも、カラメルの微かな苦味と混ざり合う事で甘いだけではない美味しさがある。


「ごちそうさまでした」


 食事を終え、残ったコーヒーで落ち着きを取り戻していく。


「お下げしても宜しいですか?」


 トトノが現われて皿を下げていく。


「全部美味しかったです」


「そうですか? マスターに伝えておきますね」


 嬉しそうに告げ、


「後10分くらいで終わりますから」


 と付け足して去っていった。


 満腹感と満足感に襲われ、奈々香は椅子にもたれ掛かって目を閉じた。先ほどまでは対して気にならなかったが、小さい音量で流れているBGMが心地よい。


(寝る訳じゃないけど、トトノさんが来るまで休憩しよう)


 しかし、その油断がいけなかった。まどろみの中で気持ちよくウトウトしていると、突然ガクンと身体が痙攣した。

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