彼らが区役所に来るまでのルートを逆算的に辿って行く。区役所の付近にある防犯カメラにアクセスし、時間を戻していくとデモ隊が映っていた。
コンビニの前を後ろ向きに通り過ぎたところで、別の防犯カメラを探す。
店先、事務所、住宅と辿っていくと最終的に駅前で前でデモ隊は立ち止まり、ばらけていった。
「この駅で集合したのか。じゃあ、代表者の行動を辿ろうかな」
代表者である後藤由香は電車で4駅の場所で降り、どんどんと戻っていく。
それを追跡していくと、最終的には自宅である1戸建て住宅に帰っていった。
部屋の中に盗撮カメラでもない限り、中の様子までは覗けない。
そのまま、家の向かいにある薬局の防犯カメラを巻き戻してみても、後藤由香本人と夫しか出入りが無い。
夫は朝から仕事に向かい、妻はその後にパートに向かうだけだった。
「パート先か?」
奈々香は彼女のパート先のカメラを探し出し1週間前からの行動をチェックする。
勤務態度はいたって真面目らしく問題行動は見られない。しかし、休憩スペースに設置してある防犯カメラにはその印象が覆るものが映っていた。
後藤由香が休憩していると、他のパート従業員が入ってきた。その人物と談笑していたが、急に険しい表情になり、自分の携帯をいじり始める。
携帯画面に映っている画像を拡大すると、亨とトトノの写真だった。恐らくはSNSで拾ってきた画像だろう。
彼女たちはひたすらに話しを繰り返していた。
「この相手は誰だぁ?」
独り言が激しくなるのは昔からの癖だった。しかし、それを今注意しても彼女には届かないだろう。それほどの集中を切らさないまま画面に喰い付いていた。
顔認証で出てきた名前は
経歴を調べてみると、あることが判明した。
「親からのリークだったか」
雅嗣が溜息を吐いた。
「以外に多いからね。親が特例結婚を認めないパターン」
門倉課長も溜息を吐て続ける。
「色々な理由がある中で、世間体であったり孫の顔がみたかったりというのが大半だ。彼の母親も当たらずとも遠からずって感じじゃないかな」
法律で認められて、本人たちにも受け入れられているにも関わらず、世間が認めないために苦労を強いられるケースも多かった。
「山本さんに連絡しますか?」
奈々香が確認すると、門倉は緩く首を左右に振った。
「得た情報が違法な手段だからね。今はまだ使えない」
違法な手段で入手した情報では、確かに咎められるのはこちらだった。公務員という職業は法律に守られてもいるが縛られてもいる。出来る事も多いが、出来ないことも多いのが事実だった。
「一先ず様子見ですか」
「そうなるね」
課長の判断に従うしかない状況に歯がゆさを覚えるも耐えるしかなかった。
その事が頭を埋めつくしながらも一般業務をこなし、17時になると定時で奈々香は仕事を切り上げた。
「お疲れ様です」
職場を後にしてエレベーターに乗り込む。
1階に着くと、同じように退勤する耀に出会った。
「お疲れだったみたいね」
労いの言葉を投げかけて来る彼女に、奈々香は辟易と応える。
「まぁね。色々と大変だったよ」
「じゃぁ、
「パス」
「なんでよ! せっかく友達として気を使ってるのに」
「そんな事言って、どうせ合コンでしょ?」
「急に1人来れなくなったのよ。友達を助けると思って、お願いッ」
手を合わせて拝むポーズをする耀。そんな彼女に呆れつつも、自分に気を使っているのは本当だろうと考え、参加を了承した。
「わかった、参加するよ」
「ホント!? 助かるわぁ。飲食代は向こう持ちだから気にしなくていいわよ」
会話をしつつ区役所を出る。流石は繫華街近くという土地柄もあり、合コンに適した店が多くひしめいていた。
そのなかの1つ、アイリスという店に入る。
イタリアテイストな落ち着いた雰囲気の店で、奈々香にとっては慣れない店でもあるので緊張していたが、耀は慣れた様子で予約している事を告げ、案内された席に座った。
「誰も来てないな」
「当たり前よ、私が幹事なんだから。これから来んのよ」
その言葉通り、10分もしないうちに男4女4の面子が揃った。
合コンなど興味のない奈々香にとって、適当に相槌を打ちながらの夕食になるのだろうが、最初の挨拶は逃げようが無かった。
当たり障りのない自己紹介を終え、本格的な合コンが始まった。
「みんな区役所に勤めてるんだ」
「そうなんですよ。私は総合窓口なんで大変なんですけど、やりがいのある仕事なんです」
完全に猫を被っている友人を横目に、奈々香は甘ったるいサワーを飲み込んだ。
(サワーとかカクテルじゃ酔えないんだよな)
かといってウイスキーのロックなんて頼めるような雰囲気でもないので、我慢してサワーを飲み続けるしかなかった。
「あの、貴女も区役所に勤めてるんですか?」
全く会話の中に入ってこない奈々香を可愛そうだと思ったのか、1人の男性が話しかけてきた。
「ええ、そうですよ」
キャッチボールをする気もない返答に、嫌な顔を見せることなく男性は話しを続ける。
「そうなんですか。接客業は大変ですよね」
そんな当たり障りのない会話から、趣味の話しを始める男性。
(会話が尽きないんだな)
自分には持っていないトーク力に感心しながら、黙って聞いていると、気をよくしたのか、彼の話は止まることが無い。
「先日なんかフットサルで4点決めたらチームから、お前が居ると絶対勝つからツマラナイ。なんて言われちゃって、大変だったんですよ」
「へぇ、そうなんですね」
本人が笑っているから満足なんだろうと思い、奈々香は適当な相槌を打ちながら、我慢出来ずに隙を見て注文したウイスキーのロックを煽った。
「御門さんって、大人しいいタイプなんですね」
「自分の事を喋るのは好きじゃないので」
基本的にお前が喋りっぱなしなんだよ。という言葉が出かかったが飲み込んだ。
「僕は恋愛でも何でもガンガン押していく方だから、ウザがられちゃうかな」
微かに卑屈を装った笑顔を向ける。
(顔も良いし、惚れる女は惚れるだろうな)
酒を飲んでいても、冷静に分析できる程度には正気を保てているらしく、奈々香には効かなかった。
「人それぞれじゃないですか? ガンガン来る方が好みの人もいるでしょうし」
冷めた返事をしているのにも気づかず、男性は嬉しそうに話す。
「そうですよね。恋愛って自分の事をわかってもらわないと進まないと思うんですよ。どれだけ自分の紹介をして、相手に受け入れてもらえるのかが重要って言うか。変に格好つけても嘘ついたみたいになっちゃいますから」
「なるほど」
自分の弱点を見せたほうが良いのかな。と奈々香は考えながら時間は過ぎていった。
「それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか」
ほろ酔い気分の耀が言うと、全員が賛同して解散の流れになった。
身支度をしていると、先ほどまで喋っていた男性に声を掛けられた。
「この後、2人で飲みなおしませんか? 落ち着いた雰囲気のバーを知っているんです」
にこやかな笑顔を向けて誘っているが、奈々香の感情は変わらなかった。
「遠慮しておきます。疲れてしまったので」
「じゃぁ家まで送っていきますよ」
「結構です」
取り付く島もなく断りを入れる彼女に、男性は流石に苦笑いを浮かべた。
結局は素直に解散となり、奈々香と耀は2人で駅に向かって歩いていた。
「今日はパッとしなかったわねぇ」
面子が居なくなった事で、耀は合コンの愚痴を言い始めた。
「なんか盛り上げるのは上手かったけど、がっつき過ぎっていうか、余裕のない感じが嫌だったわ」
「合コン玄人は言う事が違うね」
「アンタはもう少し可愛気があったほうが良かったんじゃない?」
「そう? 機嫌よく喋ってたし大丈夫でしょ」
「まぁね、彼の狙いはアンタっぽかったから必死に喋ってたのよ。良い人そうだったじゃない」
「パスかな。参考にはなったけど、好みじゃない」
「参考? 何の参考になったの?」
「会話のテクニックと恋愛観。仕事の参考になりそうだったわ」
本人には聞かせられないほどの言葉が並んでいるが、それが御門奈々香だった。
「アンタに結婚は無理そうね」
「可愛そうなものを見る目を止めろ」
「……まぁ良いわ。今度も誘ってあげようか、合コン?」
「辞めとく」
「わかった」
駅の改札を抜け、それぞれの家に帰るために別れる。
「気を付けて帰るのよ?」
「そっちもな」
酒に酔う頭で別れを告げ、奈々香は家路に着いた。