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第8話 アンドロイドと結婚4

 その言葉に動かされたのか、亨が重い口を開こうとした時、エレベーターが開く音と共に、やかましい声が響いた。


「アンドロとの特例結婚は人類に対する犯罪行為です!!」


 1週間前に現われた中年の女性が、仲間を引きつれて乗り込んできた。


「私たちは世界の未来を守るために活動をしています!!」


 最初は驚いた表情をしていたアンドロ共生課の職員だったが、一瞬で自分たちの仕事を始める。


「貴方たちの行為は業務妨害罪に相当します。退去してください」


 1人が毅然とした態度で告げるが、それに従う素振りは見せない。


「御門。お前は2人を奥の部屋に移動させろ。絶対に見つかるなよ」


「わかりました」


 雅嗣は1人立ち上がり、職員の加勢に向かう。


「行きましょう」


 奈々香が促しながら談話室の近くにある給湯室を指さす。


「申し訳ないですが、態勢を低くして行きましょう」


 談話室から給湯室までは3メートルも離れていない。壁沿いをパーテーションごと目隠しとして移動する。


 その間にも課長は警察に連絡をしているらしく、慌ただしさが伝わってくる。


「さ、入ってください」


 3人は給湯室に隠れると、一息を吐いた。


「後は向こうがやってくれますから、気楽に待ちましょう」


 安心させる言葉を告げて、奈々香はお茶を用意し始めた。


 普段は自販機でお茶を買っているので、慣れない手つきではあったが、何とか3人分のお茶を用意できた。


「どうぞ」


 わけのわからない怒声をBGMに飲むお茶は不味いだろうな。と思いながら奈々香は2人に湯吞みを手渡した。


 アンドロにとって、人間の食べ物や飲み物は不要なのだが、それは食べない飲まないというだけの話しであって、渡さない理由にはならなかった。


 トトノは湯のみを眺めながら、暗い表情をしている。


「大丈夫ですよ」


 気休め程度でしかないのは理解しているが、それくらいしか出てこない。


「そうですよね。私たちは悪いことをしている訳じゃないですよね?」


 不安を口にして、自分のことばに耐えきれなくなったように彼女は肩を落とした。


「僕たちは悪いことなんかしていない。間違っているのは彼らの方さ」


 亨はトトノの肩を抱き寄せる。





 それでも彼女の不安は拭いきれないようで、ただただ黙っていた。


「2人はどこで知り合ったんですか?」


 奈々香の不意な質問に、亨とトトノはキョトンとした表情をしたが、奈々香の意図を組んで弱く微笑んだ。このような状況で黙ったままでは気が滅入る一方だろう。ならば、適当な話題で構わないから話し続けた方が気が紛れるはずだ。


「トトノと出会ったのは喫茶店でした。その日は晴れのはずだったんですけど、急に雨が降ってきたんです。だから、近くにあった喫茶店に非難したんですよ。そこに彼女が働いていたんです」


 懐かしむように昔を思い出して、亨は笑った。


「店に飛び込んだ僕に、トトノはタオルをくれたんです。それでコーヒーを注文して――」


「貴方がコーヒーをこぼした」


 2人はクスクスと笑い、奈々香もつられて笑った。


「自分にもコーヒーがかかってるのに、私にかかったコーヒーだけを気にして、自分はアンドロイドだと告げても、心配そうに私の手を拭いてくれたんです」


 トトノは一呼吸を置いて、


「働いていても、私がアンドロイドであることを告げると、大抵の人は何かを悟ったような表情をするんです。それに慣れてしまっていたので、彼の反応は可愛らしくて」


 愛おしそうに自分の手を撫でるトトノ。


「そうだったんですね。良い出会いじゃないですか」


 奈々香の思惑通り、最初の不安は和らいだように見える。


 そんな会話をしていると、外が一団と騒がしいい雰囲気になった。


「ですから、ここでの抗議活動は認められていません。速やかに退去してください」


「私たちは悪いことはしていません」


「不法侵入で逮捕しますよ?」


 奈々香がこっそりと様子を窺うと、既に到着した警察官がデモ隊を説得していた。


「警察が到着したみたいなんで、もう大丈夫だと思います」


 改めて2人に向きなおる。


「やっぱり、結婚なんてやめない?」


 トトノが重そうに口を開いた。


「何を」


 言っているんだ。と続けたかったのだろうが、亨は言葉に詰まっていた。


「わかってた事じゃない。最初から無謀な望みだったのよ」


 何もかもを理解したような表情で涙を流すトトノ。


 例え彼女の流す涙が人とは違う成分の涙だとしても、そこにあった感情は本物だった。


「君が諦めても、僕は絶対に諦めない。戦うよ」


 何かを決意した亨は涙を流すトトノを励まし続けた。 




 その後デモ隊は警察に連行され、今日の面談も中止となった。


 2人も帰り、静かになった仕事場で奈々香は考え事をしていた。


「おい、働け」


 雅嗣が忙しそうに書類を運びながら告げる。


「偶然じゃないですよね?」


「今日の事か」


「今日も前回もです」


 先週、自分で偶然だと結論付けた事だが、その結論が間違っている可能性がある。


「でも調べてたんだろ?」


「調べましたけど、何て言うか、2人とも何か心当たりが有りそうな感じだったじゃないですか」


  僕は絶対に諦めない。戦うよ。その言葉が、デモだけに向けられているようには聞こえなかった。何と戦うつもりなのかわからないが、2人は何かを知っているはずだ。


「心当たりが有るなら、真っ先に俺たちに報告してるだろ。黙ってるメリットが無い」


「確かにそうですけど、それも含めて疑問なんですよ」


 奈々香と雅嗣が顔を見合わせて考えていると、別の所から声がかけられた。


「それなら、もう1回調べてよ。今度は徹底的に」


 会話を聞いていたらしい門倉課長が言う。


「ある程度までは僕の方で誤魔化せるからさ。彼らの事を助けてあげてよ」


 それはアンドロイド共生課の課長らしいセリフだった。その言葉を受け取った奈々香は、頷いて了承する。


「任せてください。アイツらの初恋の相手まで探ってやりますよ」


 悪魔のような自信をのぞかせる部下に対し、門倉は念を押す。


「ある程度までだからね? 一線超えちゃったら、怒られるの僕だから」


 それが聞こえているのかいないのか。奈々香は、パソコンに向かうとキーボードを叩き始めた。


 前回はデモ隊がSNS等で情報を集めている可能性を中心に調べた。今回も念のためSNSを調べてみるものの、やはり大した情報は無かった。


「じゃぁ、防犯カメラかな」


 彼らが区役所に来るまでのルートを逆算的に辿って行く。区役所の付近にある防犯カメラにアクセスし、時間を戻していくとデモ隊が映っていた。

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