耀と別れ、課に戻ると門倉が険しい顔で電話をしていた。
「門倉課長、どうかしたんですか?」
近くに居た雅嗣に聞くと、彼は溜息を吐きながら答えた。
「抗議の電話だ。さっきから3件連続で鳴った。内容は特例結婚の事だそうだ」
「下でも抗議やってましたよ」
漠然とした薄気味悪さを覚えながら言うと、雅嗣は再び溜息を吐いた。
「タイミングが良いな」
亨とトトノが相談に来た日に、これだけの事が起これば関連性を疑わない方が難しいだろう。
「という事で御門、ハッカーの出番だ。デモの参加者を探れ。アイツらが何か目を付けた理由があるはずだ。何かわかったら俺と課長に教えてくれ」
「『元』ハッカーです。そこ大事なんで忘れないで下さい」
絶対に譲れない主張を口にしてから1階の正面入口に向かう。
「バレたらマズイから慎重に」
物陰に隠れながら、未だに叫んでいる女性の顔を携帯のカメラで撮る。
しっかりと顔が確認できる事を確かめてから、周りにいる人も写真に納めていく。
「流石に疲れるわな」
画面ごしでも伝わる辟易とした表情をした警備員を心の中で労わりながら、彼女は自分のデスクのパソコンに向かった。
先ほどの写真のデータを元に情報を漁っていく。
顔がわかれば顔認証システムが使える。名前もわからないはずの人物だった中年の女性は、
彼女は【アンドロイドから日本を救う会】という団体の代表者を勤めているらしい。
「結婚して夫がいるのか。現在はスーパー甲斐田でパートとして勤務。経歴は、お、いい大学に通ってたんだな。父親のコネか」
表に出てくるはずのない情報を掴みだす奈々香。
「なるほど、母親に影響されて反アンドロイド団体に所属したのか。一応逮捕歴は無いみたいだけど、ギリギリだなぁ」
警察からの警告は貰っているので、いつ逮捕されても不思議ではなかった。
「他の連中も似たり寄ったりだな」
世の中にぶつけ様のない怒りを、わかりやすい方法で発散しているのだろう。自分たちの主張が合っている間違っているかではなくて、楽しんでいるような節さえある。
共通の敵に対し、一致団結して戦う自分たちの姿が美しく見えるのだろうが、重要なのはそこではない。
活動を積極的に行う主要な人物たちの素性を洗ってみたが、どうにも腑に落ちない。
「情報網が弱すぎる」
有益な情報を探し出せる人員が居るのなら、今日の突撃も理解できる。だが恐らく、彼女たちの情報を得る手段はせいぜいSNSに転がっているものを拾っているに過ぎない。
「じゃぁ偶然か」
そう結論付けても違和感の無い結果を持って雅嗣の元へと歩く。
「調べましたよ。アイツらが今日来たのは偶然ですね。多分」
「そうか、わかった。課長にも報告しておいてくれ」
「わかりました」
クレーム処理を終え、ウンザリした顔の課長に報告を通す。
「なるほどね。では今後は、山本さんたちがデモ隊と鉢合わないように気を遣おう。顔を見られたらマズいからね」
「そうですね。今後の面談の時は気をつけます」
報告としてはこれで終わりなのだが、どうしても考えてしまう。
(偶然だと思うんだけどなぁ)
少しの引っかかりを覚えつつも、証拠が見つからないのだから何を訴えることも出来ない。
(次の面談で本人たちにも話しを振ってみるか)
奈々香はそう決めて仕事に戻った。
最初の面談から1週間後。2回目の面談が行われた。
「では始めましょうか」
前回と同じパーテーションで区切ってある談話室で、奈々香と雅嗣の前には亨とトトノが並んで座っていた。
「今回は結婚後の話しを元に、子供の話しをしていきたいと考えています」
アンドロイドと人間の間には絶対に子供は生まれない。というよりも、アンドロイド同士でも子供はできないのだが、子育てをしているアンドロイドの夫婦も存在している。
彼らが育てるのは子供のアンドロイド。許可制ではあるものの、許可さえ降りてしまえば
一方で、アンドロイドと人間の夫婦については、選択肢が用意されている。
アンドロイドの子供を育てるか、人間の子供を育てるか。どちらかを選べるように法律が整備されていた。
アンドロイドの場合であればラボで。面談の内容次第ではあるが、人間であれば養護施設から養子を迎え入れる事が可能だった。
「お子さんについては、どう考えていますか?」
2回目の面談という事もあり、亨とトトノはだいぶリラックスした雰囲気で自分たちのプランを口にした。
「私たちは、ラボで子供を作ろうと考えています。やはり自分たちの子供が欲しいので」
亨がそう口にすると、トトノは嬉しそうに微笑んだ。
理解のあるパートナーに出会うのは難しい。その点、亨の考え方というのはアンドロイドの抱える、愛する人の子を産めないという葛藤を受け入れ、万全の答えを出しているように感じた。
「そうでしたか。最近ではラボの技術も進化していて、両親の癖を予め提出しておく、とランダムで子供のAIに組み込むサービスがあるそうですね」
雅嗣が言うと、トトノが応えた。
「そうなんです。ですから、彼の癖を提出する予定なんです」
「そういうのは言わなくても良いよ」
2人仲良くイチャついているのを眺めながら、奈々香は無言でタブレットに情報を入力していた。
「少し話は変わるんですが、お二人が結婚する事を知っている人物はいますか?」
雅嗣の言葉に、2人は明らかに動揺が走っていた。
「ええ。僕の両親は知っています。友人には言っていません」
「私も両親以外には知らせていません」
「そうですか。実は先日、反アンドロの団体が特例結婚反対を訴えに来ましてね。お二人の事がどこかから漏れているのでは無いかと心配になりまして」
「「……………………」」
何かを知っている。それは明白だった。絶対に何か事情があるのはわかったが、どうにも語ろうとしない。
痺れを切らした奈々香が割り込む形で口を開いた。
「何か知っているのであれば、教えてください。そうすれば我々が対処できます」
その言葉に動かされたのか、亨が重い口を開こうとした時、エレベーターが開く音と共に、やかましい声が響いた。