一通りの準備が終わったころ、1組の男女が現われた。
男性の方は20代後半くらいの気弱そうな外見。女性の方は猫のような目をした凛とした雰囲気だった。
「あの、アンドロイド共生課はこちらでしょうか?」
男性が窺うように尋ねる。
「はい、特例結婚を希望されている方ですね。お待ちしておりました。お話をお伺いしますので、こちらにどうぞ」
奈々香が談話室に案内すると、そこには既に雅嗣が待っていた。
「どうぞおかけください」
そう促すと、男女は揃って頭を下げてからソファに腰を下ろした。
「決まりなので、身分証を確認させて貰えますか?」
奈々香もソファに腰を下ろしながら言うと、2人は身分証を取り出して手渡す。
それを受け取ると、タブレット端末に身分証のIDを打ち込み、画面に映し出された情報を眺める。
男性の名前は
次に女性の情報に目を通す。トトノ=ショナ。製造番号CAー114nk。カフェ店勤務。こちらも問題らしい問題は見当たらなかった。
タブレットを雅嗣に渡すと、彼も画面に視線を落す。
「お二人は特例結婚を希望されているんですよね?」
タブレットを眺めながら雅嗣が聞くと、亨が頷いた。
「はい。結婚を考えています」
「特例結婚を行うには、いくつかの条件をクリアしていなければならない事は把握していらっしゃいますか?」
特例結婚という名前の通り、結婚を特例で認めるためには3つの条件がある。
・過去から現在において、アンドロイド反対派との関りを持っていない事。
・アンドロイドに対して身体的、または精神的な暴力行為での逮捕歴が無い事。
・役所と国で複数回の面談をし、問題無しと判断された者。
という3つの項目が用意されている。
「はい。条件は把握していますし、クリアもしているはずです」
頼り無い印象の亨だったが、そこだけはキッパリと断言した。
「私の方も問題は無いはずです」
トトノも断言した。こちらは自身のログを実際に確認してからの発言なので、信用があるはずだった。
「わかりました。では本日から特例結婚に関する面談を始めましょう」
雅嗣はそう言って面談を始めた。時折雑談を織り交ぜながら、相手が緊張しないようにと配慮をしつつ、聞かなければならない事はしっかりと押さえていた。
60分くらいの時間をかけて話していたが、結局奈々香の出番はほぼ無かった。
「以上で今日の面談を終わります。次回の面談日が決まり次第連絡を差し上げますので確認してください」
雅嗣がにこやかな笑顔を向ける。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
2人は頭を下げ感謝を伝える。
和やかな雰囲気のまま面談は終わり、男女は帰っていった。
「問題なさそうだったね」
門倉が談話室に顔を出して、2人にお茶を差し出す。
「えぇ、経歴に偽りは無さそうでしたし、面談でも問題は見当たりませんでした」
「そっか。御門君の感想は?」
急に話しを振られたことに慌てながら、言葉を選ぶ。
「私も問題なかったと思います」
それを聞いた門倉は数度頷いてから指示を出す。
「では、君たちの意見を重視しつつ、残りの面談をこなしてみてよ」
「わかりました」
門倉はデスクに戻っていった。
「流石に今日の面談だけで決まらないんですね」
奈々香の疑問に雅嗣が答える。
「そりゃそうだ。年間で数十組が特例結婚を希望するが、半分くらいしか認められないのが普通だな」
「なんでそんなに少ないんですね」
「国が良い顔をしないんだよ。少子高齢化が叫ばれてる中で、さらに出生率を下げるようなマネはしたくないからな」
慎重になるんだよ。と言って笑った。
◆
「難しいものなのかねぇ」
食堂でサラダのトマトをフォークの先で突きながら奈々香はボヤいた。
「国だって色々考えてたりするんじゃない? 国家運営のために人は必要だろうしね」
同期で友人の
「そんなもんかねぇ」
やる気なく答えてトマトを食べる。
なにかモヤモヤした感情を持ちつつ、溜息を吐いた。
「なにシケた顔してんのよ。あ、そうだ。合コン参加する? 明後日やるんだけど、相手は銀行員の30代」
暇があれば合コンをセッティングし、寿退社を狙っている彼女にとって今回は気合の入り方が違った。
「アンタ顔は良いんだから、モテると思うわよ?」
「元ハッカーで、逮捕歴のある女なんてモテる訳ないじゃん」
「それくらいで冷める男が悪いのよ」
耀は言い切って笑う。
「合コンはやめとく。私は映画見ながらダラダラしてんのが向いてるよ」
「そんな事してたら、あっという間に婚期のがすわよ」
「やかましいわ」
気兼ねなく笑いながら食事をして食堂を出ると、なにやら区役所の入口の辺りが騒がしい。
「特例結婚を認める事は国の未来に関わる犯罪行為ですよ!?」
体内にマイクでも隠しているのかと思うくらいの大声で中年の女性が騒ぎ、それを後押しするように後続の男女が野次を飛ばす。
「アンドロイドと結婚なんておかしいわよ」
「少子高齢化を食い止めないとこの国は滅ぶの!」
その人たちが区役所に入らないように止めている警備員は必死に説得をしている。
「ですから、あなた方の主張を区役所で言っても何も変わりません。政治家に言ってください」
正論をぶつけられたと言うのに、考えることも怯むこともせずに同じ主張を繰り返す。
「ホントに来たよ」
奈々香の言葉に耀が反応する。
「何か知ってんの?」
そう聞かれたので自分が朝に見たものと、A区役所の話しをした。
「なるほどねぇ。反アンドロイド派って年々過激になってる印象だからね。私たちも気を付けないと」
「なんで私たちが気を付けないといけないのよ」
「なんでって。市役所の人間、特にアンタは共生課なんだから目の敵にされても不思議じゃないじゃない」
確かにこの状況で、自分がアンドロイド共生課にいる事がバレたら何をされるか判ったものではない。
叫び続ける団体に囲まれる自分を想像して身震いする奈々香だった。
耀と別れ、課に戻ると門倉が険しい顔で電話をしていた。