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第5話 アンドロイドと結婚

 職場が繫華街に近いという事もあり、平日の早朝だというのにデモ行進に出くわすことがある。


 大半の人は、出社の邪魔だと言わんばかりに渋い顔をして通り過ぎるのだが、中には興味深げに眺める人もいた。


『我々の生活にアンドロイドは必要ない』


『人間だけの社会を取り戻せ』


 拡声器を使い、己の主義主張を行う一団。30人程の老若男女が列を作って車道をゆっくりと歩いている。


『私はアンドロイドのせいで仕事を失いました。大切な家族は離れ離れになり、生きる希望さえ無くしました。アンドロイドが全ての元凶です。我々はアイツらを受け入れてはいけないのです!』


 中年の男性が拡声器に向かって懸命に吠える。それを支持するように周りの仲間も拍手と歓声で応えた。


 その光景は決して珍しいものではなかった。その証拠に、出勤途中の奈々香はデモを見ても平然と信号を待っている。


 デモが悪いわけではない。自分の主張をハッキリと言葉にするのは必要な事だと思う。しかし、彼らの主張は時に歯止めが利かなくなる。


 デモという状況に興奮したのか、参加者の中から過激なセリフが飛び出し始めた。


「アンドロイドを殺せー!」


「ぶっ壊せー!!」


 拡声器は通していないが、大声で声を張り上げる。それを諫める事もせず、デモ行進が進んでいく。


 奈々香は何を思う訳でもなく、信号が赤から青に変わった事を確認して横断歩道を渡った。


 区役所の中に入ってしまえば、デモの声などは聞こえない。何となくホッとした気持ちになりながら4階のアンドロイド共生課に向かった。


「おはようございます」


 奈々香のその声に、課長の門倉が新聞に落していた視線を上げる。


「おはよう御門君」


 いかにも中間管理職っぽい雰囲気を醸しながら、再び門倉は新聞に目を落した。


 奈々香は自分のデスクに座り、今日の業務を確認していく。


 最近は忙しい日々が続いていたが、少なくとも今日は急ぎの案件は無い。それこそ緊急で案件が入らなければだが。


 彼女は心の中でそんな事を考えてしまい、頭を振ってその思考を追い出す。


(死亡フラグすぎる)


 余計なことを考えないようにしながら確認をしていると、隣の席の同期が話しかけてきた。


「きのうA区役所に、アンドロイド法の廃止を求めてデモ隊が押しかけて来たらしいよ」


「なにそれ怖ッ」


 思わず身震いをする奈々香。


「そう言えば、そこでデモやってた。随分過激なこと言ってたな」


 先ほどの光景を思い出すと、デモ隊が押しかけてくるというのも納得がいった。


 アンドロイド反対派という存在は世界中にいる。アンドロイドが人類に反旗をひるがえす可能性は大昔から議論されていた事柄で、実際にアンドロイドが世の中に出てきてからは、その議論は加速していた。


 彼らは人間の生活を脅かす存在は受け入れられないと主張し、人間の永久の権利を主軸に活動を展開していた。


 先ほどのデモ隊がそうなのかは分からないが、主張はだいたい同じだろう。


「ここにデモ隊が押しかけてきたらどうしよう」


「私たちに出来ることなんて隠れるか、逃げる事くらいじゃない?」


 そんな事に対処できるのは警察くらいなものだから、素早く通報して終わりだ。


「はい。朝礼始めるよー」


 新聞を読み終えた門倉課長が声を掛けて、今日の仕事が始まった。


 書類の作成や会議などの通常業務をこなし、何事もなく午前中の業務が終わるかと思われたが、一本の内線により話しが変わった。


「はいアンドロイド共生課」


 奈々香のデスクの電話が鳴ったので素早く取ると、相手は総合窓口課だった。


『今、特例結婚とくれいけっこんを希望されている方がいらっしゃってるんですが、案内しても大丈夫ですか?』


「わかりました。案内してください」


 その短い言葉のやり取りだけで電話を終了し、奈々香は課長のデスクに向かう。


「課長、特例結婚だそうです」


「そっか。いまから来るって?」


「はい」


「わかった。じゃぁ御門君たちに対応してもらおうかな」


 門倉課長はそう言うと、雅嗣を呼んだ。


「君たちには特例結婚の対応をしてもらう。色々と大変かもしれないけどよろしくね」


「「はい」」


 奈々香と雅嗣の2人は、今から来るという特例結婚希望者と話しをするため、課の隅に設置されている談話室の清掃をしていた。


 談話室と言っても、パーテーションで区切ってあるだけの簡易的なものだが、話しをするだけならば問題ないスペースだった。


「ここ、あんまり使われてませんよね」


 テーブルを拭きながら奈々香が言う。


「ウチに来客が来ることなんて滅多に無いからな。……そうだ。一応確認なんだが、特例結婚結婚についてどれくらい理解してる?」


「一通りは理解しているつもりですけど」


「説明してみ」


 そう促され、座学で学んだことを思い返す。


「通常、アンドロイド同士の婚姻は認められていて、これに関しては人権の面からも問題なく結婚を認められています。しかし、人間とアンドロイドの婚姻に関しては役所と国の許可が必要です。理由としては、人間という種の存続が関わってくるからです。人間とアンドロイドでは、絶対に子供は生まれません。アンドロイドに人権がある以上、婚姻は認められるべき権利ですが、現在でも役所と国が許可を出さなければ結婚はできません」


 つらつらと習ったセリフを口にする奈々香に、雅嗣が頷く。


「一応は大丈夫そうだな。でも、今の口調での説明は止めておけよ? お役所言葉は受けが悪い」


 事務的な口調で説明され喜ぶ人は少ない。それが婚姻に関してであれば猶更なおさらだろう。あくまでも寄り添う姿勢が大切だった。


「わかりました。気を付けます」


 一通りの準備が終わったころ、1組の男女が現われた。

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