職場が繫華街に近いという事もあり、平日の早朝だというのにデモ行進に出くわすことがある。
大半の人は、出社の邪魔だと言わんばかりに渋い顔をして通り過ぎるのだが、中には興味深げに眺める人もいた。
『我々の生活にアンドロイドは必要ない』
『人間だけの社会を取り戻せ』
拡声器を使い、己の主義主張を行う一団。30人程の老若男女が列を作って車道をゆっくりと歩いている。
『私はアンドロイドのせいで仕事を失いました。大切な家族は離れ離れになり、生きる希望さえ無くしました。アンドロイドが全ての元凶です。我々はアイツらを受け入れてはいけないのです!』
中年の男性が拡声器に向かって懸命に吠える。それを支持するように周りの仲間も拍手と歓声で応えた。
その光景は決して珍しいものではなかった。その証拠に、出勤途中の奈々香はデモを見ても平然と信号を待っている。
デモが悪いわけではない。自分の主張をハッキリと言葉にするのは必要な事だと思う。しかし、彼らの主張は時に歯止めが利かなくなる。
デモという状況に興奮したのか、参加者の中から過激なセリフが飛び出し始めた。
「アンドロイドを殺せー!」
「ぶっ壊せー!!」
拡声器は通していないが、大声で声を張り上げる。それを諫める事もせず、デモ行進が進んでいく。
奈々香は何を思う訳でもなく、信号が赤から青に変わった事を確認して横断歩道を渡った。
区役所の中に入ってしまえば、デモの声などは聞こえない。何となくホッとした気持ちになりながら4階のアンドロイド共生課に向かった。
「おはようございます」
奈々香のその声に、課長の門倉が新聞に落していた視線を上げる。
「おはよう御門君」
いかにも中間管理職っぽい雰囲気を醸しながら、再び門倉は新聞に目を落した。
奈々香は自分のデスクに座り、今日の業務を確認していく。
最近は忙しい日々が続いていたが、少なくとも今日は急ぎの案件は無い。それこそ緊急で案件が入らなければだが。
彼女は心の中でそんな事を考えてしまい、頭を振ってその思考を追い出す。
(死亡フラグすぎる)
余計なことを考えないようにしながら確認をしていると、隣の席の同期が話しかけてきた。
「きのうA区役所に、アンドロイド法の廃止を求めてデモ隊が押しかけて来たらしいよ」
「なにそれ怖ッ」
思わず身震いをする奈々香。
「そう言えば、そこでデモやってた。随分過激なこと言ってたな」
先ほどの光景を思い出すと、デモ隊が押しかけてくるというのも納得がいった。
アンドロイド反対派という存在は世界中にいる。アンドロイドが人類に反旗を
彼らは人間の生活を脅かす存在は受け入れられないと主張し、人間の永久の権利を主軸に活動を展開していた。
先ほどのデモ隊がそうなのかは分からないが、主張はだいたい同じだろう。
「ここにデモ隊が押しかけてきたらどうしよう」
「私たちに出来ることなんて隠れるか、逃げる事くらいじゃない?」
そんな事に対処できるのは警察くらいなものだから、素早く通報して終わりだ。
「はい。朝礼始めるよー」
新聞を読み終えた門倉課長が声を掛けて、今日の仕事が始まった。
書類の作成や会議などの通常業務をこなし、何事もなく午前中の業務が終わるかと思われたが、一本の内線により話しが変わった。
「はいアンドロイド共生課」
奈々香のデスクの電話が鳴ったので素早く取ると、相手は総合窓口課だった。
『今、
「わかりました。案内してください」
その短い言葉のやり取りだけで電話を終了し、奈々香は課長のデスクに向かう。
「課長、特例結婚だそうです」
「そっか。いまから来るって?」
「はい」
「わかった。じゃぁ御門君たちに対応してもらおうかな」
門倉課長はそう言うと、雅嗣を呼んだ。
「君たちには特例結婚の対応をしてもらう。色々と大変かもしれないけどよろしくね」
「「はい」」
奈々香と雅嗣の2人は、今から来るという特例結婚希望者と話しをするため、課の隅に設置されている談話室の清掃をしていた。
談話室と言っても、パーテーションで区切ってあるだけの簡易的なものだが、話しをするだけならば問題ないスペースだった。
「ここ、あんまり使われてませんよね」
テーブルを拭きながら奈々香が言う。
「ウチに来客が来ることなんて滅多に無いからな。……そうだ。一応確認なんだが、特例結婚結婚についてどれくらい理解してる?」
「一通りは理解しているつもりですけど」
「説明してみ」
そう促され、座学で学んだことを思い返す。
「通常、アンドロイド同士の婚姻は認められていて、これに関しては人権の面からも問題なく結婚を認められています。しかし、人間とアンドロイドの婚姻に関しては役所と国の許可が必要です。理由としては、人間という種の存続が関わってくるからです。人間とアンドロイドでは、絶対に子供は生まれません。アンドロイドに人権がある以上、婚姻は認められるべき権利ですが、現在でも役所と国が許可を出さなければ結婚はできません」
つらつらと習ったセリフを口にする奈々香に、雅嗣が頷く。
「一応は大丈夫そうだな。でも、今の口調での説明は止めておけよ? お役所言葉は受けが悪い」
事務的な口調で説明され喜ぶ人は少ない。それが婚姻に関してであれば
「わかりました。気を付けます」
一通りの準備が終わったころ、1組の男女が現われた。