雅嗣の言葉を聞いた4人は青ざめ、社長も言葉を失っていた。
従業員の逮捕も厄介だが、それよりも面倒なのは工場の生産の方だ。アンドロイド用の部品を作っている工場で、アンドロイドに対する従業員の問題行為。それが露見するのは、今後の商売に影響が出てくるのは必死だった。
「~~~~ッ!!。お前ら、何てことをしてくれたんだ! 倒産なんてしたら解ってるだろうな」
社長が怒鳴り散らす声だけが事務所に響く。
『もう少し手加減できんのか?』
雅嗣の端末から社長の声が聞こえる。
『アイツが会社にいると補助金が降りるんだよ。辞められたら面倒だからほどほどにしておけ』
それは加害者たちに向けられた言葉だった。彼らを諫めるでもなく、被害者を守る訳でもないセリフが並んでいた。
「彼はしっかりと貴方たちの会話を聞いていたみたいですよ」
奈々香は暴力の証拠以外にも、複数の証拠を抑えていた。そんなものを並べられてしまえば言い逃れはできない。
「お、お前らはどっちの味方なんだ」
社長が押し殺すような低い声で奈々香たちに向かって言葉を吐く。
「アンドロイドに人権なんて与えやがって。おかげで苦労してるのは俺の方なんだよ。従業員も人間の方がやりやすいに決まってるだろ」
苦し紛れか本音か。そんな事を言い出したが、それを真正面から受け止めることはしない。
「それは我々に言っても仕方のないことですよ。私たちは法に則って動きますから」
雅嗣が事務的な口調で返す。
「アンタらみたいな公務員には分からんさ。アンドロイドに仕事を奪われ続ける人間の苦しみが、アンタらに分かる訳がない」
たしかに、アンドロイドの普及によって、人間の仕事は減った。しかしその中でも、公務員だけはアンドロイドに取って代わられること無く存続している職種だった。
「だからと言って何をしても良いわけではないですよ。貴方の間違いは、その歪んだ常識です」
ハッキリと否定され、すっかりと大人しくなった所で警察を呼ぶ。この工場に来る前に警察に連絡をしていた事でスムーズに事が運ぶ。
「それでは、後はこちらで捜査を引継ぎます」
警察官が加害者と社長の5人を警察署に連れて行かれた。
今後の捜査で今までの行為が明るみに出るだろう。
「さて、俺らも帰るか」
「そうですね」
引き上げの準備をしていると、ソカ=ルレンが話しかけてきた。
「ありがとうございました。お二人のおかげで助かりました」
「いえ、私たちは仕事をしたまでです。礼を言われることは何も」
「そうですよ。私たちの仕事はアンドロイドとの共生をスムーズにする事なんですから」
にこやかに笑う奈々香に釣られるようにソカも笑った。人工筋肉とは思えないような、優しく暖かな笑みだった。
■
「本当によく食べますよね」
仕事終わりに定食屋に寄って昼食を食べていたが、奈々香がアジフライ定食を食べ終わって20分が経っていた。
「はいはい、悪かったよ」
唐揚げ定食とラーメンとカツ丼を食べ、デザートの杏仁豆腐を2人前食べきった雅嗣が不愉快そうに目をそらした。
一体この細身の体のどこに収納されているのか不思議でならない。
「それにしても、世の中的にアンドロイドの共生ってそんなに難しい事なんですかね?」
それは彼女がアンドロイド共生課に配属されてからずっと感じていたことだった。確かに彼らは人間ではない。人工知能で作られた知識と感情、疲れも痛みも感じない身体。
それは人間とは違うが、そこまで嫌悪の対象になり得るのだろうか。
50年の月日は変わるには短いのだろうか。
後輩の疑問に対し、先輩としての回答をしばらく考え、雅嗣は口を開く。
「俺が子供の頃はもっと酷いこともあった。あからさまな差別もあったし、労働に関しても法律を守らないのが当然だった。きっと、アンドロイド法なんて数年で破棄されるか、うやむやになると考えていたんだろうな」
以前に比べればという考えに、奈々香は声には出さなかったが納得はしていなかった。
それに気付いたのか、雅嗣は続ける。
「例えばの話、お前はボールペンにも人権がある。と言っている奴がいたらどう思う?」
「ボールペンですか?」
「そうだ。1日にボールペンを使うのは7時間以内。ボールペンを立てて収納するのは可愛そうだから寝かせて収納する。しかし、暗い引き出しに仕舞い続けるのは可愛そうだから1日に数十分は外に出して光に当てる。壊した場合は殺人罪で逮捕。どう思う?」
言わんとしていることは分かる。ただのボールペンに人権は与えられないし、本気でそれを実行しようとしている人間がいれば、奇異な目で見られるだろう。
「つまり、アンドロイドとボールペンの区別が就いていない連中がいるんだよ。特にアンドロイド法が出来る前から生きている連中は特にな」
「そんなもんなんですかねぇ」
理解できたような出来ないような感覚を持ちながら、奈々香はコップの水を口にした。
「いずれ納得できる答えが見つかるかもしれないし、その前に自分で直面するかもしれない。その時に慌てないように、しっかりと働けって事だよ新人」
それだけ言うと、雅嗣は伝票を持って会計に向かった。
「いつか、か」
ポツリと呟いて奈々香も席を立つ。
そして彼女が思い出したのは、あの優しい笑顔だった。
■
御門奈々香は社会人になってから趣味が減ったと感じていた。以前までは色々と手を伸ばしていたのだが、今では仕事終わりに自宅で酒を飲みながら映画を眺めるのが唯一の趣味なった。
画面の男女2人は、様々な死地を渡り歩きながら愛情を育んでいる。
「吊り橋効果ってホントなのかね」
酒を煽りながらクダを巻く。一緒に危険を乗り越えた時、恐怖での興奮が異性への興奮にすり替わるという都市伝説まがいの効果。
「そんな都合の良い現象があるとは思えないけどねぇ」
どちらかが攫われたり襲われたりすれば、必ず相棒が助けに来てくれる。そもそも奈々香自身が攫われたことも襲われたことも無いので、イメージのしようがなかった。
3本目の缶チューハイを空けて溜息を吐く。
エンディングを迎えている男女は、熱いキスを交わしながら世界の破滅を受け入れていた。
エンドロールを眺めながら、段々と瞼が落ちていく。
このまま寝てしまおうかと考えるが、最後の気合で目を開ける。
「流石にこのままでは寝れないか」
化粧水や乳液などは、もう欠かすことのできない。なので気合で顔に潤いを与えていく。
全てを終え、やっとの思いでベッドに潜り込んで瞼を閉じるのだった。