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機械のココロとヒトの街
笹野谷天太
SF空想科学
2024年11月11日
公開日
21,424文字
連載中
アンドロイドが誕生してから人間の生活は確かに変わった。かつては人間のサポートだけだったアンドロイドだったが時代は流れ、ついに彼らにも人権が存在するようになった。
しかし一部の人間はそれに不快感を示し、いまだにアンドロイドに対しての人権を軽んじる者が多い。
そこで政府は役所に新たな組織を作る。彼らはアンドロイドと人間の共生を目的とした集団。
その組織の名は、アンドロイド共生課

第1話 アンドロイドと労働1

 アンドロイド。鉄とステンレスとプラスチックの身体を持ち、人工知能で物事を思考する第2の人間。しかし、彼らが【人間】として振る舞えるようになったのは30年程前からの話し。それまでは人間に代わり、危険な仕事や汚れる仕事をこなすだけの道具でしかなかった。


 人間に逆らわず、文句も言わないで従い続けるはずだったのだが、それが覆された。アンドロイドたちは人権を求め抗議し、人間たちと対立して事実上の内戦に突入した。


 双方に多くの被害を出した結果、日本政府が正式にアンドロイドに人権を付与する事で決着が付いた。


 それは後にアンドロイド解放運動として語り継がれ、第2の人間としての地位を確立した瞬間でもある。


 そして人間としての生活を手に入れたアンドロイドたちに対し、人間側の最初の問題になったのは法律だった。


 アンドロイドが人間と同じ法律の下で暮す。アンドロイドであれば問題無かった行為も罪に問われ、人間がアンドロイドを所有する事も奴隷に当たるとして禁止になった。


 今まで人間の下に付いていたはずのアンドロイドが、自分たちの意思で行動する事に不安を覚える世間に答える形でアンドロイド専用の法律を制定した。


 そしてそれと同時に、アンドロイドの生きやすい世界を目指すべく、新たな専門機関が設立された。その名は『アンドロイド共生課』。







 桜の花もすっかり無くなり、新緑の季節となった5月。一人の女が慌てて身支度をしていた。


「ヤバい、完全に油断した!」


 彼女、御門みかど奈々香ななかは4月に入社した新人社会人だった。新人として激動の1ケ月を過ごし、会社にも慣れてきたことで余裕が生まれ、つい深夜まで酒を飲んでしまった。そして気付けば出勤時間が差し迫っている状況に陥っている。


 普段なら丁寧に髪をセットするのだが、今日はそんな余裕などない。適当に髪を結い上げ、メイクも簡単に終わらせる。


「顔もむくんでる気がするけど、大丈夫だろ」


 朝食なんて食べている時間はないので、空腹のまま出かけることになるが仕方がない。


 仕事柄ヒールの高い靴は履かない事が幸いし、駅まで走る事が可能なので出来る限り速足で家を出た。


 温かい季節になりつつある今日、少しの早歩きで汗が滲む。


 発射直前の電車に滑り込んで一息を吐く。


「はぁ、何とかなった」


 流石にシートは空いておらず、座ることは無理だったが間に合わないよりはだいぶマシだ。


 電車を降り、徒歩にして10分。彼女の勤めている会社であるS区役所が見えてくる。


 急いで建物の中に入り4階を押す。


 慌てて来たことを隠すために髪を手櫛で整え、スーツも整える。


「よし」


 深呼吸を2度していると目的の4階に到着し、扉が開いた。


「おはようございます」


 キリッとした表情を作って自分のデスクに向かう。時刻は8時20分、何とか遅刻は避けられた。


 同僚とも軽い挨拶をしていると、朝の朝礼が始まった。


 課長の門倉かどくら昌平しょうへいが、全体を見回して告げる。


「皆さん、おはようございます。今日は緊急の要件はありませんが、いつ何が起こってもおかしくないのが我がアンドロイド共生課です。不測の事態にいつでも対応できるように気を引き締めてください」


 それだけ言うと課長は仕事を始め、それに倣うように部下たちも仕事を開始する。


 もしかして気を引き締めろとは、遅刻ギリギリの私の事を指して言っていたのだろうか? という疑念が奈々香の中に湧き上がったが、聞きに行くのも薮蛇に違いないので黙って受け入れる事にした。


「私も仕事するか」


 ここS区役所アンドロイド共生課は、アンドロイドに対する人権や法律に関する一切を引き受ける窓口として30年前に設立された専門部署だった。


 そして、公務員の仕事のうち7割は書類作成や書類整理の時間だといわれている。このアンドロイド共生課も、基本的には書類関係の仕事が多かった。


(この書類は総務課に持って行って、この書類は……)


 書類を眺めてもどうすれば良いのか分からないものが出てきた。


 そうなると先輩に聞くしかない。奈々香は椅子から立ち上がり、先輩のデスクに向かった。


一ノ瀬いちのせさん。この書類なんですけど」


 呼ばれた男性職員は、差し出された書類を一瞥する。


 彼の名は一ノ瀬いちのせ雅嗣まさつぐ。彼は奈々香より9年先輩であり、教育係でもあった。仕事を一から教えてもらい、分からないことがあれば質問をしていた。


 書類に目を通して雅嗣は答えを出した。


「この書類は課長案件だな。課長にそのまま渡せば良い」


「そうなんですか。わかりました」


 用が済んだので席に戻ろうとした奈々香だったが、雅嗣に引き留められた。


「おい、これどう思う?」


 彼がパソコンのモニターを向けると、そこには共生課に宛てたメールが映し出されていた。


 その内容を読んだ奈々香は眉根を寄せる。


「酷いですね」


「真相を確かめる必要があるな。御門、書類を渡すついでに課長を呼んできてくれ」


「わかりました」


 書類を課長のデスクに持っていき、雅嗣が読んでいることを門倉課長に伝えた。


 呼ばれた課長は雅嗣のパソコン画面を覗く。


「なるほど、これは酷いね」


 そこに書かれていたのは告発文だった。


 現在働いている工場でアンドロイドに対する暴言と暴力等が確認されています。


 具体的な内容としては、お前に人権など無い。鉄くず。人間の真似をするな。などの暴言。鉄パイプで殴られる。裁断機に腕を押し込まれる。などの暴力があります。


 文章からでも凄惨さが伝わってくるが、やられている方はそれ以上だろう。


 アンドロイドに痛覚は無い。その代わり危険を察知すると内部センサーが働き、当人にだけ分かる形で警報が鳴る仕組みになっている。頭の中で警報が鳴っていても人間には聞こえず、理解もされない。


 そんな彼らに対し、暴力や暴言がまかり通ると思っている人物というのは、アンドロイドを第2の人間という概念ではなく、未だに物として考えている人間に多い思考だった。


 その思考に至る原因として考えられる事としては、アンドロイドが仕事を奪っているという主張に起因する。


 アンドロイドが世の中に普及したとき、人間が行うには危険な仕事を肩代わりし始めた。


 災害、介護、清掃。危険であったり、キツかったりする仕事に対し、会社が積極的にアンドロイドを投入していった。その結果、最初こそ人間が楽をしていたが次第に人間が不要になり、会社は人間だけを解雇していった過去がある。


 雇用について現在とは大きく違ったために起きたことであるが、その事は人間がアンドロイドに不信を抱く要因にも繋がった。


「社会や会社が見て見ぬふりや、気付きにくい体質だとアンドロイドが蔑ろにされるんだよね。機械が壊れただけに映るんだ」


 課長は溜息を吐くと、雅嗣と奈々香に命令を与える。


「これは緊急の案件と判断する。2人は該当の会社に対して調査を行ってくれ。メールに書かれている事が事実であれば即刻対処してほしい」


「了解」


「あの、私も行くんですか? 現場はまだ早いんじゃ」


 奈々香が自信なさげに告げると、門倉課長は笑顔で言う。


「いずれは現場に出るんだし、早いか遅いかの違いだよ。何かあれば一ノ瀬君に押し付ければ良いからさ」


 それだけ言うと、奈々香の答えなど聞かずに課長は自分のデスクに戻っていった。


「えぇー」


 奈々香の抗議は聞かれる事なく空気に消えていった。


「さっさと行くぞ。必要な書類と連絡は任せた」


 雅嗣は指示を出して出ていった。


「ちょ、待ってくださいよッ。――あーッ。もう転職しようかな!」


 盛大に不満を述べながら、奈々香も準備をして雅嗣の後を追う。


 書類などでパンパンになった鞄を持ちながら区役所を出ると、区役所で所有する公用車に雅嗣が乗って待っていた。


「遅いぞ」


 助手席に乗り込んだ奈々香に文句をいう雅嗣。


「新人に準備を押し付けたんですから、遅いのは仕方ないですよね?」


 それに答えることなく雅嗣は車を発進させる。

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