事の始まりは数分前─
アンネリリーは誰に声をかけようか悩みつつ街の中を歩いていると、怒鳴り声と共に人集りが出来ている場に出くわした。
掻き分けて前に出てみると、大の大人が子供を数人がかりで怒鳴りつけていた。
何があったのかは分からないが、周りで見ている野次馬達は止める気はないらしい。
むしろ関わりたくないとばかりに目を伏せ、目を合わせなようにしている。
(子供が責められてるのよ!?)
だが、その子供も負けてはいない。
イカつい男に凄まれれば大抵の子は泣き出すと思うが、この子は泣くどころか睨みつけて厳しい口調で反論までしている。
「ッのクソガキ!!」
一人の男が手を振り上げた。
「待ちなさい!!」
殴られる!!そう思ったら体が勝手に動き、子供を庇うように男の前に出ていた。
「何だい、お嬢ちゃん?怪我する前に退きな」
「嫌よ。そっちこそ、大の大人が数人がかりで子供を責めるなんて恥ずかしいと思わないの?」
こうなったら覚悟を決めるしかないと、震える足を隠しながら強気に言い切った。
「中々威勢のいいお嬢ちゃんだ」
「俺らに楯突くと酷い目に合うぜ?」
ニヤニヤと下賎な笑いを浮かべている男達。
「それはこちらの台詞よ。私を誰だと思ってんの?」
そう言いながら眼鏡を取り結んでいた髪を解きながら立ち上がると、周りで見ていた者らからどよめきが起きた。
男達からも「へぇ」と驚いたように声が上がる。
「珍しい事もあるもんだ。公爵家の
流石はアンネリリー。顔を晒しただけで、この言われよう……
「黙りなさい。あんた達に私の行動をどうこう言われる故はないわ」
「は、親の七光りで威張ってるお嬢ちゃんに何が出来るって言うんだ?大人しくその小僧を渡しな。今なら見逃してやるよ」
男の言っている事はまっことその通りなんだが、今更逃げることは出来ない。足にしがみ付いている男の子をギュツと抱きしめた。
業を煮やした男の手が伸びてきたので思わず、パンッと叩き落してしまった。
「このッ!!人が下手に出てりゃ!!─おい!!」
全員に合図をすると、じりじりと距離を詰めてきた。
(どうする!?)
私一人なら走って逃げることもできたが、子供の足ではすぐに追いつかれてしまう。
悪女なんて呼ばれていても、所詮は只の女。こんな時どうすることも出来ず、男の子を抱きしめる事しか出来ない自分が不甲斐なさ過ぎて泣けてくる。
せめて、この子だけは助けたい。と願っていると
「そこまでだ」
そんな声と共に男達の悲鳴も聞こえた。ゆっくり顔をあげてみると、そこには騎士の姿があった。
「何すんだ!!」
「俺らは悪くねぇよ!!そのガキが!!」
腕を捻り上げられながらも、往生悪く離せと叫んでいる。
「最近ねぇ、この辺りで物騒な話を聞いてんだよねぇ?」
この間会った茶髪のチャラい騎士がほくそ笑みながら耳元で呟くと、分かり易く動揺し始めた。
「なんでも?わざとぶつかっておいて服が汚れただの、怪我をしただの文句を付けて金を毟り取ってる輩がいるってね。………君達、何か知ってるんじゃない?」
先日のチャラチャラした雰囲気は何処へ行ったのか……本当に同一人物なのか疑うほど真剣な表情で問いかける。
そのなんとも言えない威圧感に、男は額に汗を滲ませながら「知らない…」と目を不自然に動かしながら言う。
「詳しくは牢の中で聞くよ」
「じゃあ、五名様ご案内~」と明るい声で男達を連れて行くのを見て「ああ、あの人だ」と何となくホッとした。
「大丈夫か?」
男達が連れて行かれ、残った私に声をかけてくれたのは例の騎士団長だった。
「え、あ、ああ。私より先にこの子を…」
怖い思いをしたんだ。早く親御さんの元に帰して安心させてあげたい。そう思って団長のに差し出そうとしたが、男の子は私の後ろに隠れて出てこない。
「ほら、騎士団のお兄さん達が来たからもう安心よ」
引き離そうとするが、必死にしがみついて離れない。余程怖かったんだろ。そう思ってしんみりしていたが、団長の盛大な溜息が聞こえた。
「いい加減にしてください。令嬢も困ってますよ。
(!?)
「はぁ…もう少しいいだろう?本当にお前は融通が利かないなジーク」
「貴方に甘い顔をするなと言われてますから」
「母上だな。余計なことを言ってくれる…」
男の子は呆れた表情を浮かべながら、アンネリリーから離れると、団長に
(この子が…殿下…だと?)
何が何だか分からず、茫然としながら二人を見ることしか出来ない。
「ほら、お前が唐突もなく僕の正体を明かすから戸惑ってるじゃないか」
「貴方のせいですよ」
そう言いつつ、ようやく私に向き合ってくれた。
「俺は、この国の騎士団を率いているジークベルト・ヴァイアースだ。先に礼を言わせてくれ。我々の代わりに彼を護ってくれてありがとう」
どうやら護衛の騎士の目を盗んで逃げだしたらしく「助かった」と胸に手を当てて頭を下げられギョッとした
(団長が
まさかの事態に、慌てて頭をあげるように伝えた。
「それと、君が気になっているであろうこの方は…」
「それは僕から話す」
ジークベルトが紹介しようとすると、その言葉を遮りアンネリリーの前に出てきた。
「僕はこの国の第四王子アルトゥール・フォン・ウィーゼルティール。アルって呼んでくれて構わない」
天使のような微笑みを浮かべながら、アンネリリーの手を取ると軽くキスしてきた。