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第5話

「ななななな、なんで!?」


 まさかの人物登場に分かりやすく狼狽えるが、ダリウスは黙って微笑んでいる。


 何とも言いようの無い雰囲気に、この場から逃げなければと警告が頭を駆け巡った。慌てて馬車を降りようとしたが腕を掴まれ降りられず、ダリウスの合図で馬車は動き出してしまった。


「…………」


 例えようのない威圧感と剣呑な雰囲気に、息をすることさえ忘れそうになる。


 こんな時、どんな反応を見せたら正解なのか…


「先程の、あの男はどう言った関係の方でしょうか?」

「!!」


 唐突にかけられた言葉に、冷や汗どころか心臓が止まりかけた。


 まさか見られていたなんて…!!誤魔化す?いや、この人に誤魔化しは通用しない。下手に誤魔化して、拗らせる方が余っ程面倒だ。


 動揺を落ち着かせるように深く息を吐くと、ダリウスに向き合った。


「……あの方が誰かなのかは知りません。余所見をしていた私がぶつかってしまった方です」


 嘘は一つも言っていない。あの人にこれ以上迷惑はかけられない。この男の目を付けられないように、慎重に言葉を選びながら伝えた。


「それにしては随分と仲が良さそうでしたね?」

「自分の不注意でぶつかった相手を無碍には出来ませんから」

「……配慮と言う言葉を知らない貴女が?」


 笑みを消し、アンネリリーを瞳に映しながら聞き返した。


(まずい…!!)


 悪女と呼ばれている者が他者を気に掛けれれば、それは何か裏がある時と相場が決まってる。


「一体、どういう風の吹き回しですか?それとも、何か企んでいるんでしょうか…?」


 低く冷たい声で詰め寄られ、言葉につまる。ここで詰まっては逆効果だと分かっているのに、言葉が出ない。


 蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなんだな。と現実逃避する位には気圧されている。


「リリー。貴女の婚約者は誰です?」


 名を呼ばれてドキッとした。


「えっと、貴方様です…」

「ん?よく聞こえませんね。もう一度宜しいですか?」


 聞こえているはずなのに、聞き返すということは…


「………ダリウス様です」


 名前で言い返すと、満面の笑みを向けられた。


「そうですね。婚約者がいるのに、他の者にうつつを抜かしてはいけませんよ?」


 先程とは打って変わって、酷く優しい口調で言われた。そちらの方が逆に恐怖心が増すのだが… ここは大人しく謝っておくに限る。


「ごめんなさい。気をつけます」

「おやおや、気味の悪いほど素直ですね…」


 流石のダリウスも、アンネリリーが謝罪の言葉を口にした事に驚いた様で、大きく目を見開いていた。


「ふふっ、素直でいい子は許しましょう。……ですが、次はありませんよ?」


 頬にキスをされながら、釘を刺された。


「今後あの様な場所も禁止です。人肌を求めるのなら私の所に来て下さい。いくらでも相手になりましょう。いいですね?」


 手を取りながら言うダリウス。


 今回は何とかなったが、これは私が思っている以上に厄介かもしれない。


 アンネリリーは痛む頭を誤魔化すようにしながら、引き攣った笑顔をダリウスに向けた。




 ❊❊❊




「黒髪に琥珀色の瞳…ですか?」


 次の日、ミケに舞踏会であった男について聞いてみたが、特徴がその二点しかないので、手がかりとしては薄い。


 あと言えることは、逞しい体つきに上流階級であろう装い。


「う~ん…それだけでは何とも言えませんが…その条件で思い当たるのは、私が知るところでは一人だけですね」

「誰!?」

「騎士団長様です」


 騎士団長と言えば、齢38にして未だに独身を貫いている人だ。人気がありながらも、浮いた話を聞いたことがない硬派な人。

 遠目でしか見たことはないが、歳の割には若く見えた。騎士らの信頼も厚いようで、いつも楽しそうな声が聞こえている。


 騎士だったら、あの体つきにも納得がいくか…


「団長様と決まった訳ではありませんけど、可能性は高いと思いますよ」

「そうね」


 一度確認してみようかな…


「何かあったんですか?」

「…ううん。別になんでもない」


 別にやましい事はしてないんだから、ミケには話してもいいかな…とは思う。だが、煙のないところに火は立たない。ここは警戒しておくに越したことはない。


 少し心苦しさを感じたが、黙っている事に決めた。






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