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第2話

 ダリウス・ローゼンフェルトという男は、この国…いや、この世界で一番と謳われるほどの力を持った人物だった。容貌も優れており、自国だけではなく他国からも多くの縁談の話が来ている。それこそ、一国の王女からアプローチがあるほど。


 なのにだ。選り取り見取りな男が選んだのは悪女と呼ばれるアンネリリー。


 原作の小説では話を濁しただけで、詳しい説明はなかった。それは読者の想像力で色んな考察をという作者の計らいなんだろう。読者として読んでいる時は確かに、色んな考察を思い浮かべて楽しかったし面白かった。だが今となっては、教えておいて欲しかったと切に願う。


「リリー?」


 呆然としていると、心配した父が声をかけてきた。


「す、すみません。少々気が動転しておりました」

「貴女でもそんな事があるんですね?」

「…………」


 慌てて取り繕い、ダリウスと向かい合うようにして腰を掛けた。ダリウスも少し驚いた様子だったが、あえて何も返さない。


「分かっていると思うが、お前もいい歳だ。それなのに一向に婚約者が見つからない」


(この状況は非常にまずい)


 背中に嫌な汗をかきつつも、必死に平然を装う。


「…お父様、それは全て私の責任です。婚約者が見つからなくても一人で生きているように精進します。ですから──」

「そうはいかない」


 思わずグッと言葉に詰まる程、鋭い目を向けられた。


「お前はこの公爵家の一人娘だ。…それが何を意味するか分かるだろう?」


 跡継ぎ問題か。しかも、うちは王家と繋がりのある由緒正しい家だ。それもあって、アンネリリーの我儘に拍車がかかったと言える。


「師団長殿がお前を貰ってくれると言ってくださっているんだ。お前の意見など聞くまでもない」

「そんな!!」


 父からすれば、悪女と呼ばれて誰にも見初められずにいた娘にかかった声。この縁談を逃がすものかと、こちらも必死なのだろう。


 これは、益々まずい。


 アンネリリーはキュッと唇を噛み締めると、勢いよく席を立ち仁王立ちでダリウスを見下ろした。


「あ、あ、貴方、師団長だかなんだか知りませんけど、婚約者なんて頼んだ覚えはありませんのことよ!!」


 震える手を抑えるように腕組みしながら、精一杯の悪女を演じてみせた。多少おかしな言葉遣いになったが、そこは目を瞑って頂こう。


 心臓が口から出そうなほど脈を打って、頻脈で倒れてしまいそうだ。


 父はもう駄目だと頭を抱えながら俯いているが、ダリウスの方は不敵な笑みを浮かべている。その顔にゾクッと悪寒が走った。


「なるほど、ご令嬢は私が気に入らないと?」

「い、いや、そういう訳じゃ…」


 ダリウスの威圧に悪女モードが解かれ、急にオドオドしだしたアンネリリー。その様子は父を始め、その場にいた使用人達をも唖然とさせた。


「ふふっ、先程の強気な態度はどうしました?」


 愉し気に言い返され、アンネリリーの生まれ持った悪女の血が沸騰したかのように熱くなるのが分かった。


「婚約者は私が決めます!!貴方なんてこっちから願い下げよ!!」

「私以上の男性ですか…見つかりますかね?」

「ご心配なく。世界は広いんです。男性はこの国だけじゃありませんもの」

「…ほお…?」


 笑みを浮かべて応対してくれているが、時折見せる射るような鋭い視線に、背中は冷や汗でビショビショ。


 我ながら、苦し紛れの逃げ口上だと思う。


 このままダリウスと婚約を結んでしまえば、原作通りに事が運んでしまう。何でもいいから、少しでも猶予が欲しい。


 まだ、原作を変えられるかもしれない。そんな小さな希望を捨てる訳にはいかない。


「貴女の言い分は分かりました。…ですが、一足遅かったですね」

「え゛!?」

「既に貴女と私の婚約は成立してます」


 慌てて父を見れば、その手にはしっかりと捺印された書類が…それを見たアンネリリーは、全身の血の気が引く感覚がした。


 この部屋に入った時点で、婚約は決まっていたという事になる。


 …良く考えれば貴族の令嬢なんだから、婚約なんて親が決めるもは当然の事。娘の意見なんて、あってもないようなもの。

 それも悪女と呼ばれて爪弾きにされている娘なら尚のこと、相手の気が変わる前にと早急に取り決める必要がある。


(完全に逃げ道を塞がれた)


 恨めしそうにダリウスを睨みつけるが、目を細めて薄ら笑を浮かべている。


 折角の異世界転生。こんな状況じゃなければ、この世界を満喫していたに違いない。


 所詮は物語の世界だと、どこかで驕っていた自分もいたのも事実。


 せめて悪女になる前、それこそ赤子の時点で記憶が戻っていれば、もっと更生の余地もあった。

 人に嫌われ人生ではなく人に愛される人生を送り、優しくて思いやりのある婚約者も見つかっただろう。そう考えると、悔しくて仕方ない。


「どうやら、まだくだらない事を考えているようですね?」

「………」

「残念ですが、貴女は私のものですよ」


 傲慢に微笑む姿に、ギリッと唇を噛み締めた。

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