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第16話 最終奥義



――どうしよう……。

 に意識が戻った感覚がしたら、スッと目を開ける。

 そこは見慣れた部屋の一室で、わたしたちの所属する事務所の中。あの状態になってしまった時は、何もできなくなってしまうから、邪魔されない様に周りに人がこない場所を選んで静かにしていたのだけど、知らない人が見たら間違いなくただ寝てしまっている風にしか見えないと思う。

 まぁその状態を見られたとしても、セカストのカレンだから疲れているのだろう的な事を思ってくれるとは思うけど、なるべくなら合わない方が良いに決まっている。


 さて、わたしが呼び出したもののここに彼が来ると思うと、そわそわしてきちゃう。事務所の中にはもちろん顔見知りもいるし、セカストのメンバーも何人か入る。メンバーの中には彼に合った事が有るという人もいるから、彼をここに呼ぶことを変に思われる事は無い。

 それでもやっぱりドキドキはしちゃう。


 気が付いてから、場所を移動してセカストの皆が居る控室へと入ると、数人がわたしの方を向いてニコッと笑ってくれた。

 他の人たちは思い思いに動いているので、特に気にしている様子はない。


「カレンどうしたの?」

「ほぇ!?」

 自分の入ってきた入り口の方から声を掛けられて、変な声が出てしまう。


「ほぇって……。まぁいいんだけどさ。どうだったの?」

「えっと何が?」

 振り返って話しかけて人の顔を確認すると、レイとナナが並んで立っていた。レイはわたしの返事に少し不思議そうな顔をしていて、ナナはボヤっとしている感じ。


「今日、来るんでしょ? カレンの白馬の王子様が」

「いやいやいや!! そんなんじゃないからね!! 本当にやめてよ!!」

「そうなんだぁ……」

 レイの言葉にわたしは強く否定の声を上げる。レイとナナには少し事件の事を話していた。その時に何を勘違いしたのか、シンジ君の事をそういう風に呼ぶようになった。ナナに関してはどちらともとれるような感想を口にしている。あまり自分の気持ちを言葉にしないから、本当は何を考えているのか未だに良く分からないときが有る。


「で? 来るんでしょ?」

「来るのは来るけど……」

「へぇ~……ちゃんと声を掛けられたんだぁ~……」

 ナナの言葉に少しとげを感じたけど、気にしないでそのまま流した。

 入り口付近にずっといたら邪魔になるので、二人と一緒に中に入り、空いている椅子に腰を下ろした。備え付けられている机にはお菓子やペットボトルなどが大量に置いて有る。


 今日ここにメンバーが集まっているのはわたしが呼んだからじゃない。わざわざシンジ君が来るからって理由で呼んだりしない。メンバーもシソがしいので、そんな事にいちいち付き合ってくれる時間なんて無いし、シンジ君に興味がある人もいないだろう。

 実際のところは、事務所からメンバーに連絡が行ったようで、集合が掛けられたのが偶然にも同じ日だったというだけ。


 シンジ君がここに来るまでにはまだ時間が有るから、それまではお仕事の話をして、レッスンなどを受けて時間を潰す。そんな予定で来たんだけど、来てみたら皆が居るからわたしの方が驚いた。


 皆と少しの間談笑していると、コンコンというドアノックの音が部屋の中に響いた。


「どうぞ!!」

 メンバー内でお姉さんポジションのミホが返事をすると、わたしたちの所属部署スタッフ数名と、スカウト担当の近藤さん、それから新加入組のマネージャーが部屋の中へ入ってきた。

 これからお仕事の話が始まると分かると、メンバーがみんな立ちあがる。


「おはようございます!!」

「「「「「「おはようございます!!」」」」」」

 ミホの挨拶の後にそろって挨拶と頭を下げる。


「おはようございます。まぁ座ってください」

「「「「「「「はい!!」」」」」」」」

 スタッフの方が促すと、また一斉に腰を下ろした。

 それを確認してから、またスタッフの一人がスッと立ち上がり、これからのお仕事の予定を話し始めた。今まで聞いていた内容とほぼ変わらないけど、新しく入ってきた仕事などの件も有ったので、みんな真剣に聞く。


「それから……永井君こっちに来て」

「はい」

 新加入組のマネージャーさんが呼ばれて私たちの前に立つ。するとそれまでスタッフ側に座っていた女性の一人も、永井さんの横に並ぶように移動してきた。

「先日は事件の件で君達には大変に迷惑をかけてしまった。大変申し訳ない」

 スタッフの一言の後に事務所の人たちがみんな立ちあがって頭を下げた。

「それで、その件で君たちを護るはずのマネージャーがあんなことをしてしまい、信頼関係が薄れてしまっているのも事実だろう。それで、これまでは永井君一人にマネージャーをしてもらっていたんだが、落ち着きを取り戻しつつある今、仕事の量も増えてきて、メンバー個人の活動も予想される事から、マネージャーを増やすことにした」

 スタッフの人の話が終わると二人が頭を下げる。


「今までは新加入組マネージャー兼、セカスト全体のマネージャーをしてきました永井文ながいふみです。これからはセカスト全体のマネージャーとなることになりましたので、これからもよろしくお願いします」

「新たに、セカストのマネージャーに抜擢されました、水野優紀みずのゆうきです。まだまだ分からなことが多いですが、皆さんを支えていけるように精一杯努力していきますので、これからよろしくお願いします」

 二人の挨拶が終わると、再びそろって頭を下げた。


「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」

 合わせるようにわたしたちも挨拶を返す。

「因みにだが……、水野君は君達の先輩にあたる。何か困ったこと分からない事が有ったら相談するといい」

「先輩……ですか?」

 スタッフの水野さんの挨拶に対する内容補助に、ミホが反応した。


「そうだ。水野君はウチの事務所の元アイドル……いや、歌手かな? 今はもう活動はしていない一般人という扱いになってしまったが、だから君達の先輩にあたるいという事だ」

「昔の事ですよ……」

 水野さんは恥ずかしそうにスッと視線を外した。


「今日の報告は以上!! では引き続きマネージャーと君達で打ち合わせ。その後それぞれの活動に入ってくれ」

「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」

 マネージャー二人だけが残り、スタッフの人たちは部屋から出て行った。


 マネージャーが一人しかいなかったという事で、不便なところが出て来ていたのも事実。早めにどうにかして欲しいというお願いはしていたものの、色々な事が重なってしまっていて話が進んでいなかった。

 これでようやく以前と同様……いや、それ以上に活動しやすくなって行くだろう。


――そうじゃないと、せっかく戻ってこれたのに嫌じゃない?

 わたしは両手を握り締めながら気合を入れた。


 わたしや学校に通っている子達は、集合時間に合わせて早退などをしてきたので、時間的には後は何をしていてもいい。つまるところ話し合いが終わった時点で帰って行く子もいる。

 いつも仲がいいレイやナナもほどなくして帰っていた。


 わたしはというと、普通の学生ならば授業が終わる時間の夕方まで、事務所の中で待っていることになる。

 それは本当に大事な事で、これからその人が来ることになっているから――。



 夕方も太陽がオレンジ色に建物を染め始めた頃、その人はようやく事務所の前に姿を現した。


 窓の側で太陽が沈み始めたのを眺めていたら、ビルの前にてくてくと近づいてくる一人の人影を見つけ、それがお目当ての人だと分かると、急にテンションが上がる。しばらくその人の事を眺めていたのだけど、一向にビルに入ってくる気配がない。仕方ないので、自分で迎えに行こうとその場を離れた。


わたしが会いに行った時と同じ服装なので、学校の帰りにまっすぐ来てくれたみたい。もう目と鼻の先にその人はいる。


 ツカツカツカッ……。

 どーん!! 

 歩いて行くなり正面からその人にぶつかった。その人はビルを見上げていたようで、わたしが近づいている事に気が付いていなかったのか、そのまま転んでお尻を強くぶっていた。


「いってぇ!!」

「フンっ!!」

 わたしを見ながらそう言ってきたので、わたしは思いっきり顔を背ける。

「やっと来たわね、さぁ入るわよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「ダメ!!」

「えぇぇぇぇ!!」

 そんな短いやり取りをした後に、彼の腕を引っ張りながら事務所のビルの中へと引きずり込んでいく。


――なんだかいいな……こういうやり取り……。

 後ろでブツブツとまだ何か言っている彼の事を無視しながら、少しだけ嬉しい気持ちが込み上げてきて、自然と笑みがこぼれていた。




 今日の為に事務所の人に言って部屋を一つ借りていたので、そのままズルズルと引きずるように彼をその部屋の中まで案内する。

 そしてそこに合った机といすに向かい合うようにして腰を下ろした。


「えぇ~っと、初めまして……いいのかな?」

「いいんじゃない? この体でこの姿の時に会うのは初めてなんだから」

 座るとすぐにシンジ君の方か声を掛けてくる。

「えと……日比野さん?」

「いまさらでしょ? カレンでいいわよ!!」

「あ、はい 」

 そう言うとシンジ君はわたしの背中側に位置している、部屋の入り口付近をちらちらと見ていた。

 その様子に気になったわたしは後ろを振り向く。彼を引きずるようにしてこの部屋にやってくるときに、すれ違ったセカストメンバーをはじめ、マネージャーさんの二人と、スタッフさんの顔が少しだけ空いていたドアの隙間から覗き込んでいた。


――まったく……。まぁいいか……。別に怪しい話をするわけじゃないし。

 ため息をついて顔をシンジ君の方へ向けると、シンジ君は今度は付しそうな顔をして私の事を見ていた。


「で、カレン? 俺は今日どうしてここに呼ばれたのかな?」

「どうしてって……あなたらしいわね、まぁいいわよ。それで、今シンジ君は高校生よね?」

「知っての通り、そうだけど。あ! 無事にお互い高校生になれたんだね。うん、おめでとう!!」

「あ、ありがとう……じゃなくって!!」

 久しぶりに始まったシンジ君との会話に、懐かしさを感じていると、わたしの後ろの方――ドアの向こう側ともいうけど――がきゃいきゃいと盛り上がりを見せる。


――あんた達、聞こえてるんだからね!!

「ちょっと出てくる」

 シンジ君にそう断って、いったん落ち着く為に部屋から出ることにした。部屋から出る時に大きなため息が漏れる。部屋から出ると、そこに居たはずの人たちの姿は無く、そのことにまた大きなため息が漏れた。


 おトイレにて気合を入れなおした私が部屋に戻ると、その中ではシンジ君がセカストメンバーたちに質問攻めされていた。

「ハイハイハイハイ! ちょっとごめん。みんな出てってくれない?」

この状況ではシンジ君も落ち着かないだろうし、わたしも話が出来ないので、ドアの向こうへとメンバーを押し出していく。

 再びそのまま椅子に腰を下ろすと、シンジ君が大きくため息をついていた。

 しばらくシンジ君が落ち着くのを待って、タイミングを見計らい話しかけることにした。


「何で、会いに来なかったのよ?」

 わたしのぽつりと発した声が静まり返る部屋の中を流れる。

「はい?」

「な・ん・で・こなかったんですか!!」


ばんばん!!

 勢いよく目の前のテーブルを叩いて抗議の意を示す。

「なんでって……。あの状況で会いに行けると思うか? ニュースにもなって今じゃトップアイドルじゃないか。そんなコのとこにこんな平凡極まりない男が行っても、会えると思わないだろ? それに……」

「それに?」

「普通、いやまぁ俺の経験上だけど、[生霊]って形で出てくる時はたいていは本人にも無意識で出ることが多い。だから元に戻ったら、その時の記憶はないはずなんだ」

「……」

「だからまさか、カレンが覚えてるなんて思ってかったから」

「だからって、普通1回くらいお見舞いくらい来ない?」

 わたしが入院している時に、他の人たちは毎日のように顔を見せてくれたけど、本当の意味で事件解決の功労者ともいえるシンジ君だけは、一回も会いに来てくれて無かった。

 その事も心のどこかで引っかかりを覚えていたんだ。


「お礼くらいちゃんと言わせなさいよ!!」

「え?、いや、その、どういたしまして?」

 ようやく言えたお礼のようでお礼になっていない言葉は、シンジ君にあっさりと流されてしまった。

 実のところ、シンジ君が事件解決に手助けしていたことは公には発表されていない。何でもシンジ君と同じ苗字の刑事さんが名前を出すことをかなり渋ったようで、一般の人が手を貸してくれたという事になっている。その一般の人というのがシンジ君だ。


 わたしの話がその事を言いたいだけだったと判断したのか、シンジ君が急に立ち上がろうとした。

「じゃぁ、俺そろそろ帰るよ」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 腕を掴んでシンジ君の行動を止める。かなり驚いたのかビクッとして固まったシンジ君に、なんだか悪い事をしたような感覚になって素直に謝罪の言葉が漏れた。


「あ、ごめん。でも、まだ、座って」

 何も言わずにそのまま座り直してくれるシンジ君。

「シンジ君ってさ、まだ事してるの?」

「へ?」

 質問の意味が分かっていない様子。


「だから、私みたいになったコとか助けたりしてるの?」

「そ、そんなわけないだろ。あの時はたまたまだよ」

「じゃあ、もう見えたりしてないの?」

「いや……念だけど見えてるよ。今も、たぶんこれからもね……」


――そうだよね。そんな簡単に元からの事が変わったりしないよね……。

 でもだからこそ、わたしはシンジ君にしなければいけない事が有る。


「あの、協力してほしいことがあるんだけど……」

「やだ!!」

「なんでよぉ~!! 話聞いてよぉ~、ね、ちょ、待ってよぉぉ~!!」


 わたしの顔を見ながらすぐに返事を返してきたシンジ君。それはもう被せるように拒否をしてきましたよ。


 シンジ君の事だから、そういう反応をするとは思っていた。だからずるいとは思うけど、わたしにできる最大限の事をシンジ君にする。


 それが、アイドルの泣き真似というわたしにとっても、結構恥ずかしいもの。最終奥義といってもいい。でも効果があったようで、シンジ君は話しをきいてくれると言ってくれる。


――やっぱり変わらないね、君は……。


 そんな事を思うわたしは、わたしの中に芽生え始めた変化に気付いていなかった。




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