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第15話 初めの一歩


 ガガーン、ガコン――

 コーン、コーン――



遠くから地に響くような音がかすかに聞こえてくる。

都築がわたしの所に来てから何日経ったのかは分からないけど、わたしの様子を意味に来たのだろうと瞬間的に思った。

 そのまま何もしなければすぐにでもわたしの元へとやってくるだろう。その時はどうなってしまうのか分からない。


――あいつが言った「お別れだ」の意味が分からないけど、どうしよう……意味だったら。わたしこのまま死んじゃうのかな?


 あれから即時を口にすることが無かったので、体力の方も既に限界に近い。ぼんやりとした意識を維持するだけでも、今の状態では結構きつい。


どちらにしろわたしはもう長くないかもしれないと思いつつも、心のどこかで彼が来てくれるという想いも捨てきれないでいる。


――来るなら早く……シンジ君!!

 目の前には笑顔を向けてくれる彼の顔が浮かび上がる。


 それからしばらく経ったのだけど、一向に都築がこちらに向かってくる気配がない。気のせいだったのかな? と思い始めたとき、遠くから人が近づいてくるような物音が聞こえて来た。


――これまでみたいね……。

 覚悟を決めたわたしは、間に合わなかった彼の事を一瞬考えてしまった。


「……せ!! こ……いる……だ!!」

「報告……。むこ……ません!!」

「次は……だ!!」

 都築ではない誰かの声がかすかに聞こえる。それも一人じゃなくて結構な人数の声。


バーン!!


「探せ!! 次はここだ!!」

「「「はい!!」」」 

 大きな音の後に、大きな人の声が聞こえてきて、ビクッと身体がはねた。するとどこかにぶつかったみたいで、ゴン!! という音がわたしのいる場所に響く。


――痛ったぁ……。

 どうやらはねた瞬間に頭をどこかにぶつけたようで、東部にジンジンと痛みが走った。


「音がしたぞ!!

「どこだ!!

「こっちからです!!」

「探せ!! 早くしないと命が危ない!!」

そんな声と共に、数人分の足音が近づいてくる。


――あれ? こっちに来る?


がちゃ……。


 音がした瞬間にわたしに注がれる光の束。その光を見た瞬間にわたしの頑張りは限界を迎えた。


「被害者発見!! 被害者発見です!!」

「意識はないようですが、無事です!!」

 消えゆく意識の中で、その言葉だけが耳に届いた。


――来てくれたん……だ。

 そこから先はもう記憶が無くなってしまった。






 気が付いた時には、ベッドの上に寝かされていて、腕には多くの管が付けられており、その時になってようやく病院の中だと気付いた。

気が付いた時には涙が止められなくなって、わたしが目を覚ましたことに気が付いた看護師さんが、急いで人呼びに行った。 


 医師と思われる女性が来て、ゆっくりと身体に異常がないかを触診していく。身体はまだよく動かせないので、その医師のなされるがままだったけど、気が付くと見ていた都築の顔じゃない事に凄く安心する。


――ホント、とうぶん見たくは無いわね……。

 小さくため息をつきながら、ようやく離れていった医師や看護師さんの後ろ姿を見送り、再び真っ白な天井を見上げた。そして再びわたしの頬を涙が流れていったのだった。






 わたしが無事に発見されたことはすぐにニュースとなって報道された。

 事件解決当初はアイドルの失踪からのマネージャーの逮捕という、ワイドショー好みの事件とあって連日のように事件が取り上げられて結構な話題で盛り上がったようだけど、事件の当事者のわたしはというと、少しの間病院の中で安静にしていた為、まったくそんなことになっているとは知らなかった。


 病院の中にいる時も、事務所の社長をはじめ、重役の人たちが訪れて謝罪の嵐を毎日のようにしてくるし、セカストメンバーも時間が有るときにみんなで来るときもあれば、空いた時間に一人で来てくれる子もいたりして、その対応にお母さんと一緒にワタワタしていた。


 そんな事が落ち着いた頃に、警察の人が数人で来て事情聴取を数日間繰り返し、結局の所その病院には10日程入院していた。


 退院するときには、どこで聞きつけて来たのか分からないけど、病院の出入り口に多数のマスコミ関係者が集まっていて、病院の中も外もプチパニックに陥った。


――え? 何これ? どうなっているの?

 わたしは確かにアイドルとして売れ始めていたけれど、こんなにマスコミが来るほど人気も知名度もないはずなのにと、頭を抱えて考え込んでしまった。


 なんとかその場から脱出し、こうなってしまった真相を送迎してくれていた事務所の人がお添えてくれたんだけど、わたしがこのまま事件の影響でセカストを脱退するとか、ソロへの転身などが勝手に吹聴されてしまったみたいで、事務所も必死に否定がしているものの、未だに当の本人からのコメントが無い事で、その噂だけが独り歩きしている状態らしい。


――まずわたしがする事は決まったわね。

 話を聞いて、すぐにでもセッティングしてもらえるようにお願いすると、送迎の人たちは嬉々として連絡をし始めた。その様子を一緒に乗っていたお母さんと共に苦笑いしながら見守る。


――ようやく……戻ってこれた……。

 走り続ける車の車窓から外を見上げ、青く高い天を見つめながらようやく実感が湧いてきた。





 それから二つの季節が過ぎた――。

 色々と忙しくて、お仕事と学校を行き来する時間が増え、自分の時間がなかなか持てなくなってしまい、気が付くと時間だけが経っていた。


 あまり聞きたくはなかったのだけど、その間に都築がどうなったのかも警察の人から聞いた。

 なんでも直ぐに何も言わなく……ううん。何も言えなくなってしまったみたいで、わたしから聞いた事を都築に確認することがもうできなくなるかもしれないと言っていた。


 わたしは別にそうならそうで構わない。もうわたしの人生に、都築という人物は必要ないから会う必要もない。その後にどうなろうと正直どうでもよかった。

 それよりも気になっていたのは彼の事だけ――。




寒い季節が温かさを運んでくる風に追い出され始めた春。

わたしが誘拐されたことなど既にマスコミも扱わなくなって久しい。初めこそインパクトの大きさから各社ともこ競うように報道していたけど、最近はそれも落ち着いて、さくらが咲き始める頃を予想するような、そんな柔らかなニュースが増えていた。


 事件のおかげ……とは言いたくないけど、毎日のように色々な媒体で顔を見ることが出来るようになったわたしは、時折ニュースなどに呼ばれたり、バラエティー番組などに呼ばれることが多くなって、事件とは関係のない所で露出が増えた。

 セカストを脱退するなんて噂を払拭するために出した、わたしたちの新曲も、事務所の期待以上の売り上げを更新している様で、そんな噂も『やっぱり噂か』と今ではデマ扱いを受けている。


「でもね、変わったのはそれだけじゃないんだよ?」

 仕事に向かう車の中で、満天の星空に向けて独り言ちた。





「え~ここはこの公式を当てはめてだな――」

 とある学校のとある授業中の教室の中。



『シーンージ、ク~ン』

「どうりゃ~」

 突然の絶叫が教室にこだまする。


「な、なんだ藤堂!! ど、どうかしたか?」

「な、何でもありません! ちょっとその……そう虫が顔に張り付いたものですから!!」

「そ、そうか、よくわからんが気をけろよ~」

 注意を受けた生徒がわたしに向かってジトっとした目を向ける。


『なんでぇ~会いに来ないのよぉ~~~』

 長年の恨みがあるような声をその生徒に向けて言い放った。

「お前……カレンか?」

『見ればわかるっしょ? あたし以外になんなのよ?』

「え、それは、生首? かな?」

『生首って……今を時めくアイドルの私が? それ……マジで言ってんの?』

 久しぶりに見たシンジ君の顔は少しだけ大人びていた。それだけでも時間の経過の速さを感じてしまう。

 そんな事を考えていたら、シンジ君が不思議そうな顔を私に向けた。


「てか、なんでここにいんの? あれ? 俺のこと何で覚えてんの?」

『ん~なんか、あの後も記憶ってゆうかあの時のこと全部覚えてのよねぇ……だからシンジ君のことも全然普通に覚えてたよ? それに一度シンジ君に憑りついたからか、この状態になるとなんとなくいる場所がわかるんだよねぇ』

 そう言うと今度は眉間にしわを寄せながら、またジトっとした目をわたしに向けて来た。


「あれ? お前本体はどこにいんの? まさか、また誘拐とか?」

『バカねぇ、いくら何でもあの後でそんなわけないでしょ。ちゃんと安全に学校で授業受けてるわよ』

「え? じゃなでそんなモノになってるわけ?」

『ん~良くわかんないんだけど、あれからなんかなりたいって思うとなれるようになっちゃったみたいなんだよね』

 わたしの答えにシンジ君は大きなため息をついた。




 久しぶりにしたシンジ君との会話が楽しく感じる。今更だけど、わたしが変わった部分とはアイドルとして売れたとかそんな事は二の次に感じるくらいの事。


 そう……なんとこうしてまた実体と離れられるようになっていた事。

 実の事を言うと、こうなれるという事はけっこう早い段階から気が付いていた。それでも仕事や色々と片付けなければいけない事が多くて、こうして実際になって誰かに会いに行くという事は出来ないまま時間だけが過ぎて行った。


 最近になってようやくわたしの周りも落ち着きを取り戻し、事件の後に会いたいと思っていた人にこうして会いに来れるまでになったわけだけど、驚かしてあげようという気持ちが無かったわけじゃない。


――それ以上に、忘れられてるんじゃないかと思って怖かったんだよね……。

 わたしはあの事を覚えていた。だけどシンジ君にとっては、たぶん見えているモノの中の一人でしかないんだろうという事は、何となくだけど分かってしまった。

 私の事が見えるという事は、私以外の人も見えていたわけで、そうなるとシンジ君の人生の中ではどれほどのひと達と会ってきたのか想像もできない。


――そのな中の一人になってしまっていると思うと、胸の奥がぎゅっと痛くなるんだよね……。

 だから一歩を踏み出す勇気が出なかった。だけどそうもいっていられない状況になってしまった。

 わたしはシンジ君に意を決して会いに行く事にするんだけど、本当は会えることが嬉しいという気持ちも嘘じゃない。


 そんな気持ちを目の奥にしまい込んで、シンジ君と会う約束を取り付けた。


 それが日比野カレン……わたしの冒険へ向けて、初めの大事な……本当に大事な一歩を踏み出した瞬間。





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