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第14話 死ぬな


 意外なほど和やかに面接が続いていく。

 一言たりとも、少しの怪しい行動も見逃さない様にとしっかり、動きを見ていたわたしに、話の間にチラッとシンジ君が視線をよこす。


「少し寒いぞ。抑えてくれ……」

 本当に小さな声で、わたしに向けてぼそっとこぼした。


『え? 何? 何の事?』

 何を言われたのか分からないわたし。しかしその時にスッと力が抜けていくような感覚がした。

 知らない間にわたしは、『圧力』とシンジ君が言い表すものを出していたみたい。

 ホッと一息入れたシンジ君が、また前にいる二人に向けて視線を戻す。それから少しばかり応答が続いたが、面接を担当している二人が何か小さな声で話し合うと、こちらに顔を向ける。


「ではここまでで、何か質問はあるかな?」

 都築が訊ねる。

「あの、俺から少しいいでしょうか?」

「何かな?」

「あ、あの、ここにはセカンドストリートの方も所属していますよね? 今はカレンさんが行方が分からないとか騒がれてますけど、その、義妹のお仕事とかは大丈夫なんでしょうか?」

 シンジ君が切り込んでいく。一瞬だけ都築の眉がピクっと動き、少しだけ目を細めてシンジ君を見つめた。


「あぁ~その件ね、おい、都築くんその辺どうかな?」

「まったく問題ありません。あの子もすぐに戻ってくるでしょうし。何より妹さんがデビューするのとはまた別な話ですから」

「と、いうわけらしいですが、他には?」

「いえ、俺からは以上です」

「そうですか。では結果等の連絡は後程しますので、連絡先を教えて頂いた後で、今日の所は終わりにしましょう」

 シンジ君と妹ちゃんが返事を返して、近藤さんと連絡先を交わした後に、都築と二人そろって近藤さんは出て行った。



「きんちょうしたよぉ~」

 妹ちゃんの、本当に気の抜けたような声が響くと、ため息が二人から漏れて、顔を見合わせて笑顔を見せた。


「あ、ありがとう伊織。こんな事に付き合ってもらって」

「え、あ、ううん。大丈夫。いい経験になったから」

 顔をシンジ君に向けて、ニコッと笑う妹ちゃん。


――こうしてみると、やっぱりこの妹ちゃん可愛いわね。

 気が抜けたときに見せた、妹ちゃんの笑顔を見ながらそんな事を考える。


 しばらくは面接の緊張感が残っていたらしく、動くことが出来ない妹ちゃんの事を考えて、落ち着いてから事務所を出ることにした。


 受付のお姉さんにお礼の挨拶をしてビルから出たとき、矢田氏は視線を感じたので、ふと振り返って視線の跡を追った。

 するとその視線の先に、窓の向こうからこちらを見つめる都築の姿を確認する。


『んっ!?』

 彼から何やら良からぬものを感じたのだが、すぐにそれが治まった。すると同時に都築が窓辺からスッと姿を消した。


――え? 何今の!?

気のせいとは思えないけど、すぐに感じなくなったものに恐怖を覚え、先に歩き出していた二人の後を直ぐに追う。何故か分からないけど、今はシンジ君の側に居る事の方が落ち着く。だからこそ彼の側に早く戻りたいと思った。




藤堂家に帰宅してみたら、それまで見かける事の無かったお母さん思わしき女性がいた。それが妹ちゃんの実母でシンジ君にしてみれば義母という事になるんだけど、「仲良くお出かけだったのかしら?」なんてシンジ君をからかったりして、家族の仲の良さが伺われる。

そのまま三人で食卓を囲んで、夕飯を食べたりと、事務所であったことなどが嘘のような和やかな雰囲気が包み込んでいた。


――いいなぁ……。お母さんや漣に早く会いたいよ……。

 三人の様子をただ見ているだけのわたしは、その光景がとても羨ましく映る。本当だったら今頃はわたしも三人で楽しく暮らしているはずなのに……。

寂しさが込み上げてくるわたしの事など気にする事もなく、いつの間に食事は終わっていたようで、妹ちゃんはお母さんのお手伝いの為にキッチンに残り、シンジ君は自分の部屋へと移動していった。

もちろんわたしはシンジ君の後を追うんだけど、その時には気持ちを切り替えて今後の事を話す事に集中することを考え始める。


部屋の中に入るとすぐに、シンジ君はパソコンの前に座り電源を入れた。パソコンが立ち上がるとすぐにポチポチとキーボードをたたきだす。

その様子をシンジ君の後ろからジッと見る眼ていると、見慣れた画面が表示された。その画面をしばらく静かに見詰めたシンジ君は、何か考えついたかのようにある画面へと切り替える。

そしてお目当てのものが画面に映し出されると、また黙って考え事を始めてしまった。


『で? なにかわかったの?』

「うわった!!」

 沈黙に耐えきれなくなったわたしが、パソコンをのぞき込むようにシンジ君の顔の前にスッと顔を出す。すると椅子から転げ落ちそうになるのを両足で踏ん張って我慢するシンジ君。

「お前は毎回そんな登場しかできないのかよ?」

『ごめんネ?』

 わざとおどけてみせると、シンジ君の頬が少しだけ赤みを帯びた気がする。


「わかったことはある。少し違和感があったんだけど、それが何かはわからなかったんだ。でも今日その正体がわかったよ」

『へ~、あなたもそんな顔するんだ、意外と……悪くないわね』

「ハイハイ」

『心がこもらない返事やめてよね!!』

「まぁ、冗談はこのくらいにして話は戻すけど」

『冗談にされちゃったわよ……』

素直な意見を言ったのだけど、彼にはわたしの言葉が軽く感じたらしい。ちょっとしょくうを受けるわたしの事を無視して、シンジ君が話を続ける。


「今日分かったこと、それは……」

『それは?』

「 って事。間違いないよ」

『ほ、ほんと? ほんとなの? どこ? どこにいるの? あたし!!』

「ごめん、それはまだわからないんだ。でも……急がないと間に合わなくなるかもしれない」

 分かった事を話すからと、少し興奮してしまった私をなだめるシンジ君。


聞いた話によると、やっぱりできない事があるらしく、その準備をするのに二日は欲しいと言われた。ただその二日の間にわたしがしなくちゃいけない事は、言うのは簡単だけど難しい。シンジ君から言われたのは一言だけ。


「カレンにできる事は……。死ぬな。それだけだ」

 真顔のままでわたしに行ってくるもんだから、思わずコクっと頷いちゃったけど、それってとてつもなく難しい事だと気が付いた。


――え? どうやって? 死ぬなって言われてもどうすればいいの? いや死にたくは無いけどさ……。


 そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。

 その後もシンジ君から説明を受けたんだけど、殆どの事は頭に入ってこなかった。







 目が覚めて未だに暗いままの場所に居るのだと確認すると、さすがに気が滅入ってくる。改めて周りを見回したのだが、異変を感じた。


――あれ? 今までの場所じゃない? ここは何処かな?

 ようやく目が暗闇に慣れて来たけど、今までいた場所とは違う場所に移動されている様で、横になれていたスペースが無くなり、わたしは狭い場所に座らされているようだ。


――あぁ~……髪もぼさぼさだし、さすがに何日もお風呂に入らないと気持ち悪いわね。今の自分の格好を見てそんな事を思える程に、気持ちの上ではまだ切れていないことに安心する。

 ただやっぱり体力の方は落ちている様で、曲げられている足を延ばすことですらなかなかうまくいかない程、衰弱の方は進んでいるようだった。


――これで死ぬなって……。簡単に言ってくれるわよね。でももうすぐ……そう、もうすぐなんだから頑張らなくちゃ!!

 声に出さない様にして自分を奮い立たせる。



ギギ~

バン!!


そんな音を響かせながらわたしの前が急に明るくなった。


「っ!?」

 焦点が合わなくなった眼を瞬時に瞑る。


「なんだ……まだ生きてたのか……」

 聞きなれた声が聞こえて来た。


――都築!!

 声が出せないけど、懸命に目を開いて声の主を見る。


「カレン……君が頷かないから、既にを見つけることにしたよ」

「……?」

「君を、自分の言いなりになる様にしつけ用と思ったが、ここまで強情に拒否されるとは思わなかった。いやはやさすがはアイドルになるまで頑張ってきたという事だけある」

 そう言うと都築はわたしの前まで来て社見込む。そのまま私を見つめると口角を少しだけ上げた。


「いい人材が今日来たんだよ。ウチの事務所に入りたいらしい。何でも……君たちの大ファンらしいよ。あぁ君が今行方不明な事も知っていたな……。何故かは知らないけど、事務所の誰かがいらん情報でも吹き込んだんだろう」

 そう言うとチッと小さく舌打ちをした。


「まぁいいさ。アイツがこれから君の代わりになるんだ。カレン……今までご苦労様。もういいよ頑張らなくても」

 そう言うとスッと立ち上がる。


「次に会うときはお別れだカレン……」

 そんな言葉をわたしに吐き捨てるように言うと、わたしの視界がまた真っ暗になった。都築がわたしのいる場所の扉を閉めてしまったから。


――何がお別れよ!! 見てなさい!! 必ず生き残ってやるんだから!!

 彼の言葉に一言も返すことなく、わたしは自分の中の投資を燃やした。



 彼の言葉に一言も返さない。わたしは自分の中の闘志が燃え盛るのを感じた。







――自分に今できる事って何だろう?

 暗闇と静寂の中で独り考える。

 シンジ君には死ぬなとは言われたものの、今のわたしにできる事は少ない。アイツは既にわたしに見切りをつけた。

 シンジ君の狙い通りに事が運んでいるという事なのだけど、こうなる事は予想済み。アイツがどう出るのか分からないという点では、わたしに向けての狂気がそのままぶつけられるという可能性もシンジ君は話してくれた。


 だからやりたくないのであれば、やらないでおくと真剣な表情で話すシンジ君の眼を見たときに、「やる!!」と答えられる位には、もうわたしの中のシンジ君は大きな存在になっている。


――信頼している仲間というか……なんだろう? この気持……。

 頭の中で良く分からない事ばかりを考えてしまう。すぐに頭をぶんぶんと小さく何回か振って、頭の中を空にするように心がけた。


――出来る事。それは極力動くことなくエネルギーを使わないようにする事。

 その為には考え事などをする事もしない様にしないと、エネルギーの浪費につながってしまう。


 彼が来てくれるまでは二日有るのだ。それまでは何としても今の状況のままでもいいから、生き延びていたい。

 そ今考えていたことなどは、生き延びてからゆっくりと考えればいい。


 改めてわたしは考えなおし、そのまま静かに時が過ぎて行くのを待つ。






 新しい世界への入り口は、それから二日後にほんとうに開こうとしていた。


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