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第13話 凄く嫌がってるよ?



 少し疲れた様子を見せるシンジ君に提案して、ちょっと休憩を取ることにした。素直にうなずくシンジ君は体力的にというよりも、精神的に疲れがたまっているように見える。

 今までの彼が、どのような対人関係を持ってきているのは分からないけど、私達暗いの年代なら、じぶんよりも年上の人達と話をするなんて事はそんなに経験する事じゃないと思う。

 それなのに今回は、私の為という名目で、結構な人数の大人の人たちとも話をしたり、頑張っているように見えた。

 自分でも未だに緊張する事務所の先輩や、重役の方が気を持っている人たちとも、シンジ君は臆する様子もなく、淡々と会話を続けているような感じで、彼の聞きたいことだけを聞きだす事に成功している印象だった。


 しかしやっぱり、目に視えない疲労感はあるみたいで、近くの駅近くにある小さな公園のベンチに腰を下ろすと、大きく深呼吸をするように息を吐いた。


『どうするの? これから』

 シンジ君の顔を見ながら質問する。シンジ君は息をついたままの姿勢でわたしの顔を見ることなく返事を返してくれる。

「うん、動ける範囲で聞いて分かったこともあるし、それに……少し気ななることもあるんだ。だから今日はもう家に帰ってもう一度確かめたいことがある」

『何かわかったの?』

「まだ、確信があるわけじゃないんだけど……」

 顔を上げて、公園に入ったところにある自販機で買ったペットボトルを取り出し、そのままふたを開けて流し込むようにした後で、視線を空へと向けたまま、シンジ君はその後の言葉を言うことなく黙り込んだ。







 次の日わたし達はまた同じ所へと足をはこんでいた。

 目の前に見えているのは、わたしの所属する事務所があるビルである。その入り口前へ着くなり、未だに抵抗を見せる伊織いおりちゃん。

 そうこの日は何とシンジ君の義妹である伊織ちゃんも一緒に来ていた。


 そういうことになった事の始まりは、シンジ君が食事をした後に、自分の部屋に戻ってからされた提案。


 シンジ君が命名した、[義妹いもうとの伊織をアイドル志望と見せかけて面接させちゃえ!!]作戦。

 シンジくん曰く、男一人でアイドル事務所に足を2度も運ぶのはさすがに気が引けるし、今回は面接に来た妹の付き添いって感じで何とか事務所に入ってしまおうという事。らしい。


 まぁ確かに、言いたいことは分かる。どのような要件があろうと、男の子が一人で事務所に入るというのはなかなか勇気がいる。わたしの事務所にも、勿論男性のアイドルも何人か在籍はしているし、デビューを目指してレッスンなどに通っている若い子もいる。

 ただ、一人だけで事務所に来るという子はなかなか見かけない。そのほとんどは担当についてもらっているマネージャーか、一緒にレッスンを受ける子、もしくは一緒のグループに所属している人なんかと二人以上で来ることが多い。

 更に一人で来るという事自体がない訳じゃないけど、面識のない人などに見られると、まず間違いなくファンの一人と間違われることが目に浮かぶ。そしてお静かに退場願われるのが一般的だ。


 そういう事を考えると、シンジ君の作戦はあながち間違いじゃないけど、事務所の人に話を聞くだけならそこまで大胆な作戦は必要ないと思うんだけど、中枢部の人たちに話を聞きたいとなったらまた別だ。

 彼らはいろいろな事業や業務に携わっているし、専門的なモノしかしていない人達もいる。そうなると専門的な分野に明るい人の話を聞きたいのであれば、やっぱりそういう部門に実際に居る人に近づくのがいい気がする。


 わたしたちが属しているのも、アイドルやメディア露出に特化している部署。なので妹ちゃんをダシにするのは――本人的の想いは別としても――悪い考えじゃないと思う。



 彼が何を聞いて、何を思ったのかは分からない。だけど、きっと色々と考えてくれているのは分かる。

 先の分からないわたしなんかの為に、こうして頑張ってくれている姿を見るだけで、私の胸の奥はじんわりと温まっていくのを感じた。


『ありがとうシンジ君』

「な、なんだよ急に」

『だって、今考え込んだり、悩んだりしてるのって私のためでしょ?』

 出来る事といったら、感謝する事しかない。そう思うと素直に言葉が口からこぼれてしまった。

 しっかりとその言葉を拾い上げたシンジ君は、わたしの顔を見ると不思議そうな表情をする。

 だから、また今度はしっかりと彼の顔を見ながら頭を下げた。



『ありがとう』

 本当に気持ちのこもった言葉をようやく彼に言えたきがする。


 今まではどこかで疑っていた。わたしの事が見えているとはいえ、手伝うと言ってくれた事には感謝をしているが、果たしてどこまで『本気』で手伝おうとしてくれているのか。

 全く接点のなかった者同士が、どこまで協力していけるのか。知り合ったばかりで、未だ全然おい互いの事を知らない。

 それなのに、彼は手伝うと言ってくれている。その事が本当だったという事がコレで証明されている。


――人を見る眼無いね、わたし……。

 ごめんねというのは、何か変な感じがするから、感謝している事を表してありがとうと伝えたけど、全部終わったらもう一度しっかりとお礼をしようと心に誓った。




ブブブブブブ


 しばらくそのまま二人で黙っていると、シンジ君の持っているケータイが震える音が聞こえて来た。

 すぐに取り出して表示を確認すると、素早く反応して通話を開始するシンジ君

「……はい、うん、うん、わかった。近くにいるからすぐに帰るよ。うん、じゃ」

 手にケータイを持ち、顔はそのままで一呼吸おいてから、わたしに話しかけてくる。

「カレン、帰るぞー。今日はカレーだってよぉ~」

『か、カレー? ちゃんとお供えしてくれないと食べれないんだからね?』


――あれ? そうはいっても、今のわたしって食べられるのかな?

 今の姿のままでも、そんなことが出来るのかと思い至る。


「そんなのするわけないだろ? うちには仏間はありませぇ~ん」

『そんなのずるいよぉー、私もカレー食べたぃ~』

「じゃぁ……帰るか!!」

 グッと背中を伸ばすように立ち上がると、わたしの方へ顔を向けてちょっとだけニコッと

笑う。そしてそのまま公園の出口の方へと歩き出した。

 黙ってそのまま後をついていくわたし。先ほどの会話は彼なりにわたしの事を気遣ってくれているのだろう。その場を和ませる言葉をわざと言って、わたしに気にしないようにする雰囲気を造ろうとしてくれたのだと思う。 

 そんな小さな思いやりが凄く嬉しかった。






 次の日わたし達はまた同じ所へと足をはこんでいた。

 目の前に見えているのは、わたしの所属する事務所があるビルである。その入り口前へ着くなり、未だに抵抗を見せる伊織いおりちゃん。

 そうこの日は何とシンジ君の義妹である伊織ちゃんも一緒に来ていた。


 そういうことになった事の始まりは、シンジ君が食事をした後に、自分の部屋に戻ってからされた提案。


 シンジ君が命名した、[義妹いもうとの伊織をアイドル志望と見せかけて面接させちゃえ!!]作戦。

 シンジくん曰く、男一人でアイドル事務所に足を2度も運ぶのはさすがに気が引けるし、今回は面接に来た妹の付き添いって感じで何とか事務所に入ってしまおうという事。らしい。


 まぁ確かに、言いたいことは分かる。どのような要件があろうと、男の子が一人で事務所に入るというのはなかなか勇気がいる。わたしの事務所にも、勿論男性のアイドルも何人か在籍はしているし、デビューを目指してレッスンなどに通っている若い子もいる。

 ただ、一人だけで事務所に来るという子はなかなか見かけない。そのほとんどは担当についてもらっているマネージャーか、一緒にレッスンを受ける子、もしくは一緒のグループに所属している人なんかと二人以上で来ることが多い。

 更に一人で来るという事自体がない訳じゃないけど、面識のない人などに見られると、まず間違いなくファンの一人と間違われることが目に浮かぶ。そしてお静かに退場願われるのが一般的だ。


 そういう事を考えると、シンジ君の作戦はあながち間違いじゃないけど、事務所の人に話を聞くだけならそこまで大胆な作戦は必要ないと思うんだけど、中枢部の人たちに話を聞きたいとなったらまた別だ。

 彼らはいろいろな事業や業務に携わっているし、専門的なモノしかしていない人達もいる。そうなると専門的な分野に明るい人の話を聞きたいのであれば、やっぱりそういう部門に実際に居る人に近づくのがいい気がする。


 わたしたちが属しているのも、アイドルやメディア露出に特化している部署。なので妹ちゃんをダシにするのは――本人的の想いは別としても――悪い考えじゃないと思う。


――大丈夫なのかな? 妹ちゃん凄く嫌がってたけど……

 シンジ君が妹ちゃんを説得し始めたのは、わたしに作戦の事を打ち明けた後。ちょうどその時妹ちゃんは台所で洗い物をしていた。

 初めに話をされた時の驚きは凄いものだった。話の中身を聞いて理解して行く毎にコロコロと変わって行くその表情は、見ている側からするととてもかわいいものだったけれど、すぐに納得して頷くことは無く、時間をかけて説得するシンジ君の方がかなり疲れているように見えた。


 結局最後には「今回だけだよ?」と了解してくれたみたいだけど、その時に何故か妹ちゃんから視線を感じたのは気のせいだと思う。 


――わたしの事……見えてないよね?

 すぐに感じなくなるその視線に、やっぱり気のせいだと言い聞かせた。



 そして今に至るわけだけど――。

 まずは受付のお姉さんにシンジ君が対応する。これは元からシンジ君と打ち合わせ済みな事で、実のところ私たちの事務所は、いつも新人さん――特に女の子アイドル――を欲していた。

 わたしたちが少し売れ出した時は、まだまだ所属している子も少なくて、次の売り出す子という事を決めかねていた。

 そんな中でわたしたちが売れ始めたものだから、わたしたちの後輩をデビューさせて、事務所として継続的なアイドル養成所としての体裁を確立したかったという狙いがあるみたい。


 だからこそ、自薦他薦は問わず、いつでも面接ウエルカムな状態が続いている。

 シンジ君の妹ちゃんを正面から初めて見たとき、こんなことを誰にも言えないけど、素直に『負けた』と思った。

 だから事務所に面接希望であることと、その本人の姿を見せるようにすれば、すんなりと話が通るとは思っていたんだ。


 そのまま入り口の近くで待っていると、会議室に通される。そこから先は担当者が対応することになるんだけど、そこが一つの章部になると私は思っていた。


――どうか!! アイツが来ますように!!

 妹ちゃんには本当に申し訳ないと思うんだけど、アイツが来たら絶対に妹ちゃんを気に入ると思ったから、そんな願いが自然と湧いてきた。



「や、いらっしゃい。初めまして面接をするように言われた近藤と都築といいます」


――来た!! 

 数分後ドアを開けて入ってきた男性二人。その中の一人が狙い通りだったことで、わたしはグッと両手を握り締めた。


 ここから先はシンジ君次第。どういう流れになるか分からないけど、その場は彼に任せて、彼の言動を見つめる事に神経を注ぐ。



 そして、シンジ君と都築との静かな攻防が始まった――。

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