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第10話 シンジくん



『どしたの?』

「い、いや何でもない。ここじゃアレだから少し奥に行って話そう」

 彼が手招きするので、それに素直に従う。今はこの子に賭けるしかないと、自分の本能が言っているような気がするので、ここは黙って後をついていく。


 少し歩くとこじんまりとした公園があって、その中を何も言わずに進んでいくと、小さな四阿あずまやのような場所があり、そこのベンチに腰を降ろして彼が小さなため息をついた。

 わたしは別に座る必要もないし、とりあえずは、話を聞いてもらえるのかどうかだけでも確認しなければいけないと思って、彼の前に静かに立って彼が落ち着くのを待っていた。


「で? 相談ってなんだ」

『何そのめんどくさそうな顔』

「だってホントにメンドいんだもん」

 はぁ~っと大きくため息をつきながら、視線だけを私に向けて、ようやく彼から放たれた言葉がコレ。

 わたしは少しそのことにムッとしながら返事をした。


『確認してもいいかな? 私の姿が見えてるし、話もできるのよね?』

「そうだけど……」

『じゃあ、私以外にも私みたいなモノがみえてるのよね?』

「そうだけど?」

『真面目に答えなさいよ! なんかやる気が感じられないんですけど!』

「正直、めんどくさいしどうでもいい……」

『あなた、ほんとにやる気ないわね……まったく、やっと私が見える人が見つかったと思ったのに、こんなにやる気のない人だったなんて……しかも若そうだし、頼りなさそうだし……』


 彼のあまりの言い様に、わたしは少しだけがっかりした。ようやく見つけた人が、こんなにも『拒絶反応』を隠しもせずに、わたしに向けてしてきているのだ。

 それがに対してなのかはこの時は考えられなかった。だからこそ、イライラしている事が表に出てしまっていたのだと思う。


「あぁ~そうですか、頼りなく見えましたか。そりゃすいませんね。確かにまだ中学生だからな。んじゃ見える大人な人にでももう一度会えるように祈っててやるよ」

言い終わるよりも早く彼は席を立ち、「じゃあなっ」と言いつつ手をあげて公園から出るために歩き始めようとした。


『ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと待ってよ!』

 わたしは慌てて彼を追いかけ、目の前まで行って目一杯に両手を広げる。しかし実体のない私にはこれが足止めになっていない事には気が付かない。

 彼は黙ったままで、わたしの中を通り過ぎようと尚も歩いてくる。

『ごめんなさい、ホントにもう言いません!! だから話だけでもキイテクダサーイ』

 焦りまくったせいで、何故か語尾が片言の日本語みたいになってしまった。

 ちょっと恥ずかしかった私は、思ってもみない事が口から出てしまった。


『聞いてくれないなら、あんたの義妹いもうとにとりくわよ』


 その言葉を聞いた瞬間から、彼は何かで固められたかのように、全然動かなくなってしまった。

 何をしても反応が無いことをいい事に、彼の身体をスッとすり抜けてみたり、目の前で曲の振り付けを謳いながら披露したりもしたのだけど、全く動じない。



『もしもーし、ねぇちょっと帰ってきてぇ~』

「はっ!!」

 わたしも少し飽きてきたので、少したってから声を掛けてみる。するとようやくこちらの世界に戻って来てくれたみたいで、私の事をじっと見つめて来た。


「わ、わかったよ、は、話は聞くから。イ、義妹いもうと、伊織にとりつくのだけはナシで頼む」

 真剣にお願いしてきた彼の言葉であの隣にいた女の子の事を大意地にしているという事がわかり、何故だか少し悲しくなってしまった。


――そっか……よっぽど大事なんだね。あの妹さんの事が……。


『オッケー。なら約束する。妹ちゃんにははとりつかないから』

 何故か少しだけ痛む胸の奥の事は、この際どうでもよくて、彼に言ってしまってから気が付いた事がある。


――あれ? わたしって|事が出来るのかな?

 自分では未だうじゃないと思っていても、現実的には見えない人が大半なわけで……。という事はわたしはもうそういう存在になってしまったのだろうか?


 そんな事を今度はわたしが考えこんでしまった。

 その間に彼は説いた場所まで戻って行って、ベンチにまた腰を下ろした。急いで他後を追いかけて、彼の前まで行くと深く頭を下げる。


『えと、まずは自己紹介します。私は日比野カレン。私立明興めいこう学園中学の三年生です。生きていればだけど……』

「俺は藤堂真司。この近くの中学の三年だ」

『あら、同級生だったの。なら私の事はカレンでいいわ』

「わかったよさん。俺は……まぁどっちでもいい、好きに呼べよ」

 初めての自己紹介という事で、今のわたしの恰好的には本当の私の名前を言うべきだと判断して、『セカスト』のカレンという事はあえて伏せて伝えた。彼の反応はわたしの用学校の名前を聞いた瞬間に少し不機嫌になったような気がするけど、些細な事と受け流す。


「で、話ってなんだよ」

『あ、そ、そうね。なんだか話せる相手がいるってわかって……今は忘れてたわ』

 彼の眼が大きく見開かれる。


『実は私……』

「あぁ~っと、ちょっと待ってくれ。一応話は聞くって言ったけど、こっちからも断っておくぞ。俺は確かに君たちみたいなモノを見たり、話せたりはするけど成仏とか、天国とかに送ったりすることはできないからな」

『わかったわ』

 彼の話にこくりと頷く。


「しかも、俺はお前たちのようなが好きじゃないし、慣れてるわけじゃないからな!」

『私だって……私だって好きでこんなモノになったわけじゃない! それに言っておきますけど、私はまだ生きてるはずですぅ!』

 我慢していた感情が彼の言葉で溢れて来てしまった。わたしだって隙でこんな状態になったわけじゃない。それどころかどうして今こんな風にていられるのかすらくぁからないのだから、彼に言われるでもなくなりたくてなっているわけじゃない。


「え!? なに、もしかして生き霊さんですか? あれ? 体から離れちゃったはいいけど戻れなくなった系? それとも自分から生きて霊になっちゃった系?」

『ちーがーいーまーすー! なっちゃった系とかそんなんじゃなくて、真面目に聞いてよ!!』

「はい……」

 ちょっとだけ彼に向かう怒りが増したと思ったら、何故か彼が大人しくなった。不思議に思ったけど、説明するには今しかないと思って、一気にまくしたてる。



『よし! では説明するね。一週間前くらいかなぁ、いつものように授業が終わって帰ろうとしてたのよ。で、校門のところで友達から声を掛けられて普段では使わない学校からの帰り道を二人並んで歩いてたわ』

「へ~、お嬢様って豪華な車で毎日送迎とかしてもらってるんじゃないのか?」

『普段から毎日じゃないわよ。それに送迎されてもらってるのは、本当にお嬢様って感じの人たちだけよ』

 彼のいう通り、そういう人たちがいる事も事実で、しかも自分も時折はお世話になっているから返事に困る。


『でね、私は途中の駅で電車に乗らないといけないから友達と別れて駅に向かって、数分で駅について電車を待って、乗らなきゃいけない時間になったからホームに歩いて行ったわ……』

 一息つくようにため息をついて、それから再び彼の方へと視線を向けた。


『そこから、そこから記憶がないの。ううん気が付いたらこんな姿であの場所でずっと立ってた。助けてって話しかけたり、つかもうとしてすり抜けたり、毎日続いてたの』

「俺は何をすればいいんだ?」

 彼は話を聞きながら段々と首を傾げていった。



『私は死んでない。ぜったいに。だって自分の温かさを感じてるもの。だからお願い、私の体を一緒に探してほしいのよ』

 わたしの話が一息ついたと同時に、彼は頭を抱えて静かになった。


「それで?」

『え? それでってなに?』

「いやだから、君の体を探すのはいい。百歩譲って亡くなってない事にしょう。で、探してあったなら良かったなぁってなるけど、なかったらどうするの? 俺はまだ中学生だよ? できることも行ける範囲も限られるのに……」

『そうねぇ、マズは生きてるって事を君が信じてない事には今は目をつむることにして、まずは探してくれるだけでもありがたいわ』

 このままの話でなら彼は受けるつもりが有るのだろう。だからここはもう一押ししておいた方が良いかな? そんな考えがよぎった時、彼の方から質問が飛んできた。


「俺にメリットは?」

『メリット?』

「そうだろう? メリットがなきゃ何で初めましての幽霊ちゃんに従って、あるかないかもわからない体を探さなきゃならない?」

『!? ……確かに、それもそうよね』


――確かにそうよね。全く考えて無かったわ。わたしの事ばかり考えていて、彼の事はすっかり頭から抜けちゃってた。そうしようかな……。


 ちょっと考えてわたしが出した条件とは――。

『わかったわ』

「へ?」

『わかった。たぶん当分はかかるでしょう? その間私はあなたにできるだけ協力する。そばを離れずに』

「おまっ!!」

 ワタワタと焦りだす彼を見て少しだけ意地悪したくなった。


『それからもう一つ』

「なんだよ?」

『もし、無事に身体があって、元に戻ることができたら……シンジ君、あなたの彼女になってあげるよ』

「ぶふぉっ!! お、おまえ、何言ってんだよ!!」

 大きくむせながら尚も焦る彼を見ていると、何故か胸の奥で何かが温めてくれているような感覚に襲われる。


『だって、いないんでしょ? カ・ノ・ジョ』

 そう言った後には、その場から飛んだんじゃないかと思うくらい、彼は座っていたベンチから離れたところに立っていた。


「あぁ~……とその、わ~ったよ。探すの手伝ってやるよ……仕方ないから……」

『ほんと!? ほんとに探してくれるの!?』

「ああ、そのかわり伊織には手を出すなよ? それが条件だ」

『やったぁ!! やっぱりシンジ君優しいね。思い切って声かけてよかったぁ!!』

 諦めたような表情をする彼に、気になっている事を聞いてみることにした。



『ところでシンジ君、妹ちゃんのこと好きなの?』

「お前、何言ってくれちゃってんのかな?」

『違うの? なら大丈夫ね』

「何が大丈夫なんだよ?」

『なんでもなーい』

 彼の返事に少しだけ嬉しくなって、自然と笑顔になってしまう。


義妹いもうとには何もするなよ?」

『もし何かしたら?』

「成仏させる」

『でぇきないくせにぃ~』

 そんなことを言ってくる彼には、そういう事をする様な感じには見えなかった。いやきっと出来るのだとしても、私の事はしないだろうなという、何処から湧いてくるのか分からない安心感を抱いていた。


 話しもようやく纏まったので、彼の妹ちゃんの後を追う事にした。彼が先行していくのでその後をフラフラと付いていく。

 買い物予定のお店の前に先ほど別れた女の子の姿を確認すると、向こうも彼の事を視認したみたいで、ぶんぶんと手を振っていた。


その時――。


チラッ


――何だろう今の……


 誰かに見られたような気がしたのだけど、直ぐにその気配は消えたので、その後にすっかりと忘れてしまった。

 そんな事よりも、これでどうにかなるかもしれないという希望が出来たことに、わたしは安堵してしまった。


 そして仲良く買い物をする二人の後を、ゆっくりと回り、久しぶりにしっかりとした会話をすることが出来た喜びをかみしめていた。


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