お金持ちの子たちが多いという事で、少し緊張していた私は友達ができるかどうか不安が有ったのだけど、同学年にレイとナナがいる事に気が付いてほっと胸をなでおろした。
前もって事務所の先輩も何人か通っている事は聞いていたけど、同じグループで仲良くしている二人も一緒という事で、まったく知らない人達の中に居るという事にならなそうだ。
それにお仕事の関連で学校を休む様なときも、この二人も一緒に休むことになるので、何となく連帯感も出て来るし、ちょっとした安心感もある。
――二人には感謝しなきゃ。
一緒に行動している時も感謝の心を忘れない様にしなきゃと、心に留めておく。
レイとはグループを作る前のレッスンしていた時からの知り合いなので、何でも言いあえるくらい仲がいい。レイ自体がさっぱりとしている性格なので、本音をぶつけ合った次の日にでもけろっと元通りの感じで話しかけて来てくれる。そういうところが好感を持てるし、信頼しているところでもある。
ナナはグループに後から加入してきた一人だが、レイとは違っておっとりとしている感じがする娘。話し合う時には自分の意見は最後に言うタイプで、それでも人に流されるような事の無い芯が通っている感じ。おっとりして見えるのはその話し方と笑顔を絶やさないようにしている日常があるからで、実は怒らせないようにしようとみんなで誓っている。
――ナナは怒らせちゃダメ!! 絶対!!
一度激怒したナナに皆が恐怖を感じて、震えあがった事を思い出して身震いする。
「何を考えてるの?」
「え?」
現在は事務所から放課後に来るようにと連絡が有って、三人で移動中なのだが考え事をしていた私にナナが話しかけて来た。
「ちょっと……前の事をね」
「悩み事?」
「ちがうちがう!!」
「ふぅ~ん……」
私の顔を少し上から覗き込むようにして、じっと見てくるナナに手を振って答える。ナナは少し私よりも背が高いので覗き込まれる様になるのは仕方ないのだが、見せてくるその笑顔が少し怖くもある。
そんなことを話しながら三人でわいわいと歩いていると、すぐに事務所へと到着した。ついてすぐに会議室に通された私達。そこには既に先に来ていた他のメンバーが椅子に腰を下ろして待っていた。もちろん皆が学校帰りなのでそれぞれに通う学校の制服を着たまま。
制服のままにこの場所にいるという事は、レッスンがあるからという理由で呼ばれたわけじゃない事は分かる。
「集まったかな?」
皆と雑談しながら椅子に座って待っていると、ドアを開けてマネージャー二人と、社長さん以下何度か顔を見た事のあるだけの偉い人達が数人入って来て、それぞれに椅子を引いて腰を下ろした。
「今日集まってもらったのは、大事な話が有るからです」
お偉いさんの一人が立ちあがってそう話すと、私の周りの空気が変わった。緊張感というか空気が少し重くなったような感じ。
「突然のことになるが、君達8人には今年の10月にデビューしてもらう事にした」
「「「「「「「「おおぉ~!!」」」」」」」」
「そこで、これまではグループの名前のないままで活動してもらっていたが、正式に名前を決めてメディアなどで宣伝していくことになる。それと同時にレッスンの方も曲を使ったモノに変えていく。もちろんこの曲というのはデビューするために作った曲だ。これから覚えてもらうしもちろんレコーディングもしなくちゃならない。ダンスも振付に変わるし、やる事は多い。しっかりと備えてくれ」
「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」
とうとう決まったデビューの日に向けて、私たちのヤル気が俄然アップしていた。
「グループの名前だが、これから先の君たちはセカンドストリートだ。この名前が君たち自身にも自覚と責任感を持たせることになると思う。先に活躍する先輩たちに迷惑をかけないように、精一杯頑張ってくれ。ではここから先は今後のスケジュールなどをマネージャー二人から報告してくれたまえ」
「「わかりました」」
マネージャー二人の返事がそろったところで、社長さん以下お偉いさんたちは椅子から立ちあがって出て行った。
それをみんなで頭を下げて見送る。言葉には誰も出していないが、デビューとグループ名の決定という事が嬉しいという事は、場の空気が和らいだことで何となくわかる。
「では今後の新たなスケジュールに関してだけど――」
お偉いさん方が出て行った後に頭を上げた私たちを見渡して、都築が話し始めた。
数か月後――。
とうとうデビューまで残り1週間を切った私たちは、毎日を忙しく過ごしていた。学校に通いながらも毎日のようにレッスンがあるし、歌の方も覚えながら振付を体にしみこませる。
わたしはデビューするときの曲という事で、1曲だけだと思っていたんだけど、なんと3曲も同時に覚えなければならないと知った。それは先輩のライブの時にわたしたちをお披露目する事になったから。さすがに1曲だけでは格好がつかないし、先輩たちの休憩時間をその時に取るからという都合もあるらしい。
今までのレッスンに加えて、ライブの時の動きや役割なども今までの予定にプラスされる。もう毎日がヘロヘロになる位体に疲労感が溜まった。
――でも頑張る!! デビューまでの苦労は絶対に報われるから!!
誰にも言わず、静かに闘志を燃やしながらレッスンに励む。
*どんなに疲れていようとも、表に出さないわたしを心配したお母さんが声を掛けてくれたり、弟が部屋に来てお菓子を差し入れてくれたりすることも、自分のやる気を更に上げてくれる。二人の為にも頑張ろう!! そう心に決め毎日を過ごした。
ライブまで――自分たちのデビューまで――残り3日となった時、私は都築に喫茶店へと呼び出された。
ライブも近い事からそのことに関しての事なのかと思い、呼び出されるままに喫茶店へと赴く。
「こんにちは……。あれ?」
「やぁカレン待ってたよ」
そこに居たのは都築だけ。わたしはてっきり他のメンバーもいるのかと思っていたから、口から自然と疑問符が漏れた。
「あぁ……。今日は君一人に用事があったんだ」
「そうですか……」
わたしの気持ちを感じ取ったのか、都築はそう返答を返す。席に座る様に促すので、そのまま向かい合う形で席に座る。
「話というのは……?」
「うん。カレン、君には皆を引っ張って行ってもらいたいと思っている。これから忙しくなるとは思うが、何かあれば君が前に出て欲しい」
「え? でもミホやカナがいるんじゃ?」
「彼女たちは前に出るよりも、後方支援をしてもらえるように頼んである。もちろん君の援護もするようにね」
「はぁ……」
いきなりそんな事を言われてもと戸惑うわたし。
「君は皆を纏めるカリスマがある。スターになれる力が有る。だからそれを前面に押し出していくことになった。これは事務所の方針なんだ」
「そう……なんですか」
「それに私は君に
「……」
「どうだろうか?」
「はい……出来る限りはやってみますけど……」
「大丈夫だ。何かあれば我々を頼ってくれればいい。どうしてもという事があれば、私がなんとかするから」
「……頑張ります」
そう答える事が精一杯だった。自信の無い事には簡単には頷けない。
都築は続いてわたしの事をどのように売り出していくかなどを、熱のこもった言葉で話している。わたしはそれに少しうんざりしながらも都築が話し続ける限りのことを聞いて時間が過ぎた。
皆の前で歌い踊る事はとても楽しい時間で、持ち歌が3曲しかないわたしたちの出番はあっという間に終わりを告げた。
デビュー当日は先輩たちも一緒にいた事で、緊張感は少し薄らいではいたものの、やっぱり初めて人前で歌やダンスを披露するという、独特の緊張感が私たちを包み込んでいた。
優しい先輩たちにも、自分たちのライブだというのに気にかけてくれて、少し申し訳ない感じがしたけど、心配されるくらいにガチガチになっている子もいたので有難かった。
宣伝効果が有ったのか分からないけど、自分たちがステージに出て行くと声援が包んでくれた。自分たちの事なんて先輩たちのおまけ位に思っていたので、そこまで声援が飛んでくるのは予想外。
それだけで涙ぐんじゃう子もいたりして、歌い始めまでは大変だったけど、2曲目3曲目に進とみんなも落ち着いていたので、わたしも安心してステージ上で渾身のパフォーマンスを披露することが出来た。
――お母さんと漣……見てくれたかな。
この日、事務所の厚意でメンバーの家族には特別に席を用意してくれていた。ステージ上からはその様子を伺う事は出来ないけど、きっと見ている二人に届くように声を出し、ダンスを披露する。
――お父さんも見てくれてるかな?
もう姿が見えなくなって久しいお父さんに想いを寄せる。少し涙が溢れそうになるのを必死でこらえて、3曲目の最後までを演じきった。
この日の事は一生忘れる事の無い日になった。メンバーと共に苦労してきた日々が報われた日。
しかしこの日のパフォーマンスが基で、わたしにこの後に起きることに繋がるとは思っていなかったのだけど……。
わたしたちのデビューは、一定層の人気を得ることに成功した。もともと宣伝効果もあったのか、デビューと同時に出した曲は評判も良くて、色々な番組や媒体に取り上げてもらう機会が激増。そのおかげでわたしたちの認知度も上がっていった。
「ねぇカレン」
「ん?」
浮かれるメンバーの中で一人、冷静だったのがレイ。そんなレイがある日のレッスン終わりに声を掛けて来た。
「あなた最近都築さんと一緒にいるようになっているけど、何かあるの?」
「え? 何もないよ?」
確かにデビュー以来、わたしはマネージャーである都築とは一緒にいる事が増えていた。
「そう? 付き合ってるとか……」
「ないない!! 無いよあの人とは!!」
「ならいいけど……」
「どうしてそんなこと聞くの?」
突然レイにそんな事を言われて、驚くとともに疑問に思う。
「あの人……気のせいかもしれないけど、あまりいい感じがしないのよね。それに……」
「それに?」
「いい話も聞かないから……まぁ噂程度だけどね」
「噂?」
こくりと頷くレイ。
「とにかく、あなたは少し抜けているところが有るんだから気を付けてね」
「抜けてる……て、そんなことないもん!!」
「あはは……。でも気を付けてね」
「わかった。気を付けるよ」
わたしの返答を聞いてニコッと笑うレイ。なんのことはない会話の一つとして、この時の会話は終わった。
「それとね」
「うん?」
「もう一つ面白い噂が有るんだ」
「もう一つ? 噂?」
「そう。だいぶ前の話なんだけど、この町の近くで警察の人が絡んだ事件が有ったの覚えてる?」
突拍子の無いレイからの話に少し驚く。
「あぁ~、聞いたことある。たしか……偉い人が捕まったとか何とか……」
「そうそう。その話なんだけどね、実はその事件に私たちと同じくらいの子供が関係してるんだって」
「嘘だぁ~。そんなはずあるわけないじゃん」
「だから噂だってば」
わたしとレイはクスクスと笑い合う。
「でも……本当だったとしたら、会ってみたいと思わない?」
「誰に?」
「その子によ」
先ほどとは違う少し真面目な顔をしたレイ。
――そんなことあるわけないじゃん。それにそんな暇なんて無いよ。
わたしはレイの話を本気にしてなかった。
本当に日常会話の一つとしてしか思わなかった。だからこの時の話をすっかりと忘れてしまったのだけど、この時の話に出て来た子と後々ではあるけど、本当に遭遇することになるなんて想像できるはずもない。