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第3話 スカウト



 市川姉妹と知り合ってからというモノ、日常に少し変化が有った。もちろん学校も一緒なので毎日一緒に通うようになったことはもちろんの事。それ以外にも二人のおかげで新しい友達の輪もだんだんと広がって行った。


 市川姉妹は双子なのだけど、顔は確かに似ているから慣れてこないと、なかなかどちらがどっちかは見分けがつかない。二人と出会ってから3カ月ほど経つけど未だに分からないときがある。だからという訳じゃないけど、二人には引っ越してきた記念と出会った記念に髪留めをプレゼントした。二人の事をイメージしながら選んだそれは、自分のお小遣いでは買うことが出来なかったからお母さんに無理を言って買ってもらった。


 姉の響子はどちらかというと性格的には明るくて、すぐに誰とでも仲良くなれるような感じがするので、ヒマワリを形どった髪留めを。妹の理央は少し大人しいみたいで、あまり人に意見を言ったり自分から声を掛けに行く事が少ないから、アサガオを形どった髪留めをそれぞれ贈ったんだけど、二人共とても喜んでくれた。


 代わりにと二人から友達記念にと貰った手作りのブレスレット。私がもらったモノと色違いの物を二人とも腕につけていて、本当に友達になれたんだと私もかなり嬉しかった。


――一生の宝物だ。大事にしなきゃ!!

 そんな気持ちが私の中で大きくなった。


 そしてそのまま三人ともに大きくなって、小学校の最上級生になった5月、私達に変化が訪れる。


 まず変わってきたのは響子で、体つきも変わってきたこともあるけど、それまでは男子たちから声を掛けられることはあまりなかったのに、結構な頻度で声を掛けられるようになって、色々な人たちと交流が増えた。それは学校の中だけではなくて、習い事もしていたのでそこから友達も一気に増えた。私と遊ぶ時間も少なくなっては来ていたけど、時々は三人で遊ぶこともあったので特に変わった印象は無かった。


 理央は小さい時からあまり変わらず、身体的には響子と同じように成長はしていたモノの、その性格の為か周りと騒ぐという訳ではなく、一人静かに本を読んでいたりすることの方が多くなった。

「面白いの?」

「読んでみる? カレンならハマるかもしれないよ?」

 なんて気軽に話しかけるのは私ぐらいで、殆どは一人でいるから友達もそんなに多くは作らないみたいだった。

 それでも二人共勉強はできたから、私が分らないところが有ったりすると一緒になって勉強して教え合ったりした。


 そして一番変わったのは私。


 学年が上がった4月の上旬に、お母さんと街を歩いている時に、知らない男の人から声を掛けられた。初めはお母さんが対応してくれて何やら断ったりしていたようだけど、あまりにも熱心に話すものだから根負けしたのか、その男の人と一緒に近くの喫茶店に入り話だけでも聞いてみることにした。

 その男の人はゲイノージムショのマネージャーをしていると言いながら、一枚の名刺をお母さんに手渡す。


 お母さんは凄い顔していたけど、私はその場所がどんな場所なのかあまり知らなかった。というよりもあまり興味がなかった。テレビは毎日のように見ているけど、そういう世界に繋がる場所だなんて全く思いつかないでいた。


「どうでしょうか?」

「どうでしょうと言われても……カレン、あなた興味ある?」

 二人で会話していたことに少し空き始めていた時に、お母さんが私の方へ顔を向けながら聞いてきた。それまであまり話を聞いていなかった私は、突然私に向けられたことにビックリした。

「え!? なんお話?」

「まったくこの子は……聞いて無かったのね? あなたアイドルとかに興味はある?」

「アイドル? アイドルってあのテレビとかで歌ったり踊ったりしてる人?」

 私の問いかけに男の人は苦笑いした。


「そうだよ。そのアイドルで間違いないよ」

「本当になれるんですか?」

「それは……君の、カレンちゃんの努力次第だね」

 突然に私の脳内に自分が歌って踊る姿が浮かんでくる。それは自分とは違う世界に生きている人たちで、自分には届く事の無い世界だと思っていたモノ。それが突然目の前にチャンスが舞い込んできた。


「お母さん私やる!! アイドルになるよ!!」

「カレン……本当に出来るの? そう簡単になれる物じゃないのよ?」

「大丈夫!! 絶対にアイドルになるから!! アイドルになってお母さんを楽にしてあげるんだ!!」

「カレン……」

 お父さんがいなくなって、お母さんだけが働いている今の状況では、かなりきついという事は分かっていた。だからこそそう言う事でお金を貰えるという事でお母さんの役に立つことが出来るならやるしかない。この時の私はアイドルになれるかもとか思わないで絶対になると、なれると本気で思った。


「この子もこう言っていますので、よろしくお願いします」

「ありがとうございます!!」

 私の返事と、真剣な表情を見たお母さんは一つ大きなため息をついてから、目の前にいる男の人に頭を下げた。

 男の人もそれに頭を下げて、すぐに「ジムショに行きましょう!!」と言いながら席を立ち、さっさと支払いをして店の外に私たちを連れ出した。


――絶対にアイドルになってやる!!


 三人ですぐにタクシーに乗り込んで、男の言う場所へと向かい、大きなビルの中に入って行くと、ガラス張りになっている長い廊下を歩いて進む。

 その向こう側には、私と同じ歳くらいの子たちが歌ったり踊ったりと汗を流していた。お母さんはこの場面を見るまで、先ほどの話を半信半疑だったようだけど、廊下を進むたびに「どうしよう」、「大丈夫かしら」と独りつぶやいていた。


 この日から私の生活は一変することになる。


 すぐにジムショに所属するという事では無く、まずはレッスンを受けるという事になり、私は週に2回ここに通うことになった。

 それから1か月が経った頃にようやく事務所の所属になることが決定する。それが5月に入ってすぐの事で、この間は本当に忙しかった。


 響子と理央にはこのことを話したのだけど、二人はこの事務所の事を知っていた。結構有名な事務所だったようで、聞いたら私の知っている名前のアイドルの人たちはほとんどが、私の入ることになった事務所の所属らしい。


 それほどアイドルには詳しくはない私なんかよりも、私以上に興奮していたのは理央だった。何でも理央は自分がアイドルになる気は全くないけど、アイドル自体は大好きらしく、毎日のように曲を聞いているらしい。響子は理央程興奮することは無かったけど、スカウトされたことに喜んでくれた。


 ここから私たちの進む道が少しずつ離れていくことになるのだけど、この時はまだアイドルになれる事や、友達がアイドルになれるかもしれないという事が嬉しくて、その先に待ち構えている事にまで頭が回っていなかった。




 時間が進むのは早いもので、6年生になって既に12月に入ろうかという時に、私はユニットというモノを組むことになった。

 何人かでグループを作り、その人達で歌ったりするのだけれど、初めて組むそのグループで上手くやって行けるか不安になった。その日までに色々な話を聞いたり、周りからいろいろな事を言われていたから、自分以外は皆がライバルだと思うようになっていた。だからこの時に言われたことが信じられなかったのだけど、実際にそのグループのメンバーになるという子たちに会ったら、言われていたことが『全部が本当の事』じゃないと感じた。


 凄くいい子たちだった。歳も自分と割と近い事もあって、離れている子も4つほどしか変わらないので、話も合うし何よりも一緒に苦労する仲間という意識を持つことが出来た事で、それまで心配していた気持ちが吹き飛んだんだと思う。


――みんなでアイドルになろう!!

 新たな出会いの元で、私も新たな目標に向けて気合を入れる。デビューはまだ決まったわけではないけど、この子たちと一緒ならなれる!! そう自身のようなものが自然と湧いて来ていた。


 このままアイドルという華々しい世界へと飛び出していく、そんな希望に満ちた私は少し先の事だけしか見えていない、ゲイノーカイという世界の一端に生まれたばかりのまだまだ子供だったという事を、後にいやという程感じさせられることになる。


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