玄関の扉が開くと同時にはじまった小芝居。
「はーい、どうぞ、入ってえ~ 三人で会うのも久しぶりだよねえ。それにしても、びっくりぃ。まさか二人が恋人同士になるとは思ってなかったよぅ」
「…………」
なにが──思ってなかったよぅ、だ。
一気に無表情になった寿々に対して、元見合い相手の霊能者はノリノリだった。
「はい! 僕から必死にアプローチして、ようやく想いが伝わりました! いまだに信じられません……寿々さんと恋人同士になれたなんて、本当に夢のようです!」
ちょっと芝居がかってはいるけれど、恐ろしいほどの適応能力を発揮して、台本のない小芝居についていく。
それにつられるように真理愛も、恋人同士のふたりを祝福する友人というキャラクターになりきって、
「うん、うん。そうだよねえ。ふたりのことずっと見守ってきたけど、高原二中のときから、寿々のことダイスキだったもんねえ、北御……キタミくんはさあ!」
「いやあ、本当に。高原二中で寿々さんに一目惚れして、そこからですから、足かけ十四年目にして念願叶いました!」
「おめでとう! よかったねえ。ふたりが幸せそうで、わたしもすごく嬉しい!」
高原二中ってどこ?
なんで、同級生設定なの?
まったく話にノレない寿々を無視して、元演劇部・真理愛と霊能者・キタミくんの三文芝居がすすむ。
「今日はいろいろ聞いちゃおうかなぁ。付き合うまでのアレコレとかぁ。根掘りぃ葉掘りぃ」
「なんでも訊いてください。寿々さんの親友であり、同級生の真理愛さんには、包み隠さずお話します」
「それは楽しみ! それじゃ、とりあえず、ふたりとも座ってよ。コーヒーでも淹れるから。キタミくんはお砂糖とミルクいる?」
「いえ、ブラックで」
「わあ、寿々といっしょだ。やっぱり食の嗜好もピッタリなんだねえ。もう、本当にお似合いだよぅ。ここまで気の合う彼氏と彼女って、そうそういないよぅ」
激しく問いたい。
この世の中に「コーヒーはブラックです」という人間は、男女、ジェンダー問わず、軽く二十億人は超えているのではないだろうか。
そんなことに頭を巡らせていると、人数分のカップを用意している演劇部から声がかかる。
「ちょっと寿々、コーヒーメーカーの準備しておいてよ」
「……はい」
もう何度も訪れている真理愛の部屋。迷うことなくキッチンの棚からコーヒーの粉がはいった缶を取り出した寿々は、コーヒーメーカーにフィルターをセットして、軽量スプーンで粉を入れる。タンクに水を用意して準備は完了した。
スイッチを入れて少しすると、コーヒーの良い香りがキッチンに漂いはじめる。寿々と真理愛が準備をしている間。
無言になったキタミくんは何をしているのかな、とダイニングを振りかえって寿々がみたのは、左手に持った半紙を
あれだけの切り絵を作れるのだ。手先が相当器用なのだろう。
サーバーに淹れたてのコーヒーが抽出されていくそのわずかの間に、「できました」と左近之丞が両手に持って広げたのは、神社などで
これを『
天の岩戸の神話に登場する
左近之丞の手にはおよそ一メートル弱と思われる
三文芝居はどうやらここで終了らしく、
「それでは、仕事をしてきます。少々、騒がしくなると思いますが、結界を張りますので、お部屋の被害は最小限になるはずです」
ダイニングからリビングへと一歩足を踏み入れたとき。左近之丞の霊力が一気に上がったのを寿々は感じ取った。
本当だ。禮子さんと同じか、それ以上の強い霊力を感じる。
シンプルなインテリアを好む真理愛のリビングは、向かって右の壁際にソファー、左側にテレビ台と観葉植物、寝室に向かうドアを避けて本棚とデスクがある。
リビングの中央はラグが敷かれただけの空間となっていて、部屋のほぼ中央に立った左近之丞の手から、
視えない力に操られるように、左近之丞の足元を取り囲むように、正方形の囲いをつくられる。おそらく、これが結界。
囲いのなかでそっと屈んだ左近之丞がその一辺に触れたとき、青白い光がまさに稲妻のように
その直後、「捕まえた」と口の端をつりあげた霊能者は、つづけて「何をそんなに荒ぶっているんだ、オマエは」と、
これが霊体を可視化できて、なおかつ霊と交感──思念で対話ができるという左近之丞の特異な霊能力なのだろう。残念ながら、寿々にはまったく視えないし、霊の声も聞こえない。けれども、それ以上に気になったことがある。
「おい、オマエ。死んでまで人様に迷惑をかけるな。オマエだ、オマエ! キョロキョロしてんなよ。そこのブサイク霊、そう、オマエだ! オマエしかいないだろ。だれがみたって一目瞭然。オマエが断トツのブサイクだ」
霊に対するときの左近之丞の口の悪さは、想像の十倍以上だった。