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第3話 高原二中



 玄関の扉が開くと同時にはじまった小芝居。


「はーい、どうぞ、入ってえ~ 三人で会うのも久しぶりだよねえ。それにしても、びっくりぃ。まさか二人が恋人同士になるとは思ってなかったよぅ」


「…………」


 なにが──思ってなかったよぅ、だ。


 一気に無表情になった寿々に対して、元見合い相手の霊能者はノリノリだった。


「はい! 僕から必死にアプローチして、ようやく想いが伝わりました! いまだに信じられません……寿々さんと恋人同士になれたなんて、本当に夢のようです!」


 ちょっと芝居がかってはいるけれど、恐ろしいほどの適応能力を発揮して、台本のない小芝居についていく。


 それにつられるように真理愛も、恋人同士のふたりを祝福する友人というキャラクターになりきって、


「うん、うん。そうだよねえ。ふたりのことずっと見守ってきたけど、高原二中のときから、寿々のことダイスキだったもんねえ、北御……キタミくんはさあ!」


 咄嗟とっさに名前が出てこなかったが、ギリギリでリカバリーして、左近之丞へとつなぐ。


「いやあ、本当に。高原二中で寿々さんに一目惚れして、そこからですから、足かけ十四年目にして念願叶いました!」


「おめでとう! よかったねえ。ふたりが幸せそうで、わたしもすごく嬉しい!」


 高原二中ってどこ?


 なんで、同級生設定なの?


 まったく話にノレない寿々を無視して、元演劇部・真理愛と霊能者・キタミくんの三文芝居がすすむ。


「今日はいろいろ聞いちゃおうかなぁ。付き合うまでのアレコレとかぁ。根掘りぃ葉掘りぃ」


「なんでも訊いてください。寿々さんの親友であり、同級生の真理愛さんには、包み隠さずお話します」


「それは楽しみ! それじゃ、とりあえず、ふたりとも座ってよ。コーヒーでも淹れるから。キタミくんはお砂糖とミルクいる?」


「いえ、ブラックで」


「わあ、寿々といっしょだ。やっぱり食の嗜好もピッタリなんだねえ。もう、本当にお似合いだよぅ。ここまで気の合う彼氏と彼女って、そうそういないよぅ」


 激しく問いたい。


 この世の中に「コーヒーはブラックです」という人間は、男女、ジェンダー問わず、軽く二十億人は超えているのではないだろうか。


 そんなことに頭を巡らせていると、人数分のカップを用意している演劇部から声がかかる。


「ちょっと寿々、コーヒーメーカーの準備しておいてよ」


「……はい」


 もう何度も訪れている真理愛の部屋。迷うことなくキッチンの棚からコーヒーの粉がはいった缶を取り出した寿々は、コーヒーメーカーにフィルターをセットして、軽量スプーンで粉を入れる。タンクに水を用意して準備は完了した。


 スイッチを入れて少しすると、コーヒーの良い香りがキッチンに漂いはじめる。寿々と真理愛が準備をしている間。


 無言になったキタミくんは何をしているのかな、とダイニングを振りかえって寿々がみたのは、左手に持った半紙をはさみでチョキチョキしている霊能者だった。


 あれだけの切り絵を作れるのだ。手先が相当器用なのだろう。


 サーバーに淹れたてのコーヒーが抽出されていくそのわずかの間に、「できました」と左近之丞が両手に持って広げたのは、神社などで注連縄しめなわや玉串によく垂らされているのをみるジグザグの白い紙だった。


 これを『紙垂しで』と呼ぶ。玉輿神社の元巫女である禮子と家族同然の寿々にとっては見慣れたもので、ジグザクの形状は稲妻や雷光を模していて、邪を祓う意味がある。


 天の岩戸の神話に登場する賢木さかきの枝に下げられていたのが、紙垂しでのはじまりだと、禮子は教えてくれた。


 左近之丞の手にはおよそ一メートル弱と思われる紙垂しでが二対ある。つまり四垂。


 三文芝居はどうやらここで終了らしく、紙垂しでを手にした左近之丞がダイニングテーブルから立ち上がった。


「それでは、仕事をしてきます。少々、騒がしくなると思いますが、結界を張りますので、お部屋の被害は最小限になるはずです」


 ダイニングからリビングへと一歩足を踏み入れたとき。左近之丞の霊力が一気に上がったのを寿々は感じ取った。


 本当だ。禮子さんと同じか、それ以上の強い霊力を感じる。


 シンプルなインテリアを好む真理愛のリビングは、向かって右の壁際にソファー、左側にテレビ台と観葉植物、寝室に向かうドアを避けて本棚とデスクがある。


 リビングの中央はラグが敷かれただけの空間となっていて、部屋のほぼ中央に立った左近之丞の手から、紙垂しでがフワリと浮かび上がった。


 視えない力に操られるように、左近之丞の足元を取り囲むように、正方形の囲いをつくられる。おそらく、これが結界。


 囲いのなかでそっと屈んだ左近之丞がその一辺に触れたとき、青白い光がまさに稲妻のように紙垂しでに走り、左近之丞を中心に、囲いは一気に広がった。


 その直後、「捕まえた」と口の端をつりあげた霊能者は、つづけて「何をそんなに荒ぶっているんだ、オマエは」と、紙垂しでの囲いのなかで話しはじめた。


 これが霊体を可視化できて、なおかつ霊と交感──思念で対話ができるという左近之丞の特異な霊能力なのだろう。残念ながら、寿々にはまったく視えないし、霊の声も聞こえない。けれども、それ以上に気になったことがある。


「おい、オマエ。死んでまで人様に迷惑をかけるな。オマエだ、オマエ! キョロキョロしてんなよ。そこのブサイク霊、そう、オマエだ! オマエしかいないだろ。だれがみたって一目瞭然。オマエが断トツのブサイクだ」


 霊に対するときの左近之丞の口の悪さは、想像の十倍以上だった。








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