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第2話 形代



 そこから三人はマンションへ。


 敷地内の駐車場に車を移動させた左近之丞を、


「こっちです」


 真理愛が入口へ案内しようとしたとき。


「待ってください」


 5階建てのマンションを見上げた左近之丞は、3階を指差して、教えていなかった真理愛の部屋を的確に当てた。


「右から2番目の部屋ですよね。確実にいます」


 そういって、上着の内ポケットから、いかにもといった人の形をかたどった和紙を取り出した。


 それを縦に二つ折りして、フッと息を吹きかける。つづいて額に寄せて「吐普加身依トホカミエ……」と何ごとかをつぶやき、寿々と真理愛に渡した。


「対呪い用の形代かたしろです。念のために身に付けておいてください」


「わたし、一昨日まで霊と同居していたってこと……マジか」


 真理愛は顔面蒼白で、形代かたしろを握りしめる。


「やっぱり、墓地から真理愛に憑いてきた霊でしょうか」


 昨夜のうちに電話で詳細を伝えていた寿々は、地縛霊の可能性が高いと左近之丞から聞いていた。


「おそらく、まちがいないかと。あそこから地縛霊が放つ特有の邪念を感じますので」


 真理愛が首をかしげる。


「でも、地縛霊って、死んだ場所や思い入れのある土地から離れないものなんじゃ……」


「たしかにそうです。ただし、今回はちょっと稀というか。これは僕の予想ですが、なんらかの思い入れがあって執着していた墓地で、真理愛さんを見つけた地縛霊が、その執着を真理愛さんに向けたのではないかと推察します。固有の土地や場所への執着が、真理愛さんというになったということです」


「……んなっ」


 霊に執着された女・真理愛は絶句した。


 真理愛が契約している賃貸マンションは、広めのリビング・ダイニングとキッチン、ウォークインクローゼット付きの寝室という、いわゆる1LDKの間取りになっている。


 真理愛いわく「北側で陽当たりが悪い」のが難点らしいけれど、その分家賃は格安で、独身にはぴったりの物件ではないだろうか。


 もし、玉依禮子という資産家オーナーがおらず、そのうち賃貸契約を結んでいなかったら、寿々もこの手の格安物件を探していたはずだ。


 三人はエレベーターで3階に移動。


「先週と先々週、一時的に真理愛さんの体調が回復したのは、寿々さんが直接、真理愛さんの肩を叩いて、憑霊ひょうれいを追い払ったからでしょう。しかし、地縛霊は執着が強いので、真理愛さんの気配が強い自宅に戻って待機し、帰ってきたところでまた憑いた。現在も部屋が真理愛さんが戻ってくるのを待っている状況です」


 そんな説明を受けながら、左近之丞を先頭に真理愛の部屋の前へとやってきた。


「少々おまちください」


 そこでまた紙札を一枚取り出した左近之丞は、何事かをつぶやいて息をふきかけ、部屋の扉にペタリと貼った。


「逃げられるとやっかいなので、ひとまずこの部屋に閉じ込めました」


 なるほど、と思った寿々だが、そうなるとつまり、霊が確実に捕獲されている場所に、これから入らなければないということになる。


 それは嫌だな……と思ったところで、部屋の家主に右腕をガシリと掴まれた。これでもかと吊り目がちな両眼を見開いて、無言の圧力をかけてくる表情が、ひとりで逃げんじゃないわよ、といっている。


 さらに、チラリと左近之丞に視線をやって、あのイケメンを呼んだのはダレ? 責任を持ちなさい! と、ギロッと睨んできた。


 呼んだ責任──たしかに。それはそうか、と思う。


 禮子の代役として左近之丞に声をかけたのは寿々で、ここで同行しなければ、1LDKの部屋には、真理愛、左近之丞、地縛霊という、ほぼ全員初対面の組み合わせになってしまう。


 もう行くしかないな、と観念して顔を前に戻したとき、扉をじっと見つめる左近之丞の横顔が目にはいった。扉の奥を霊視しているのか。霊力を纏っているのがわかる。


 霊力をもたない寿々でも、なんとなく程度に霊の気配がわかるように、霊能者から漂う特殊な波長──霊力を感じることはできる。左近之丞の霊力は、どこか禮子と似ているような気がする。


「僕はこれから中に入りますが、お二人はどうされますか?」


 霊視を終えた左近之丞が、真理愛から鍵を受取り訊いてきた。


「さきほど渡した形代かたしろがあれば、霊の呪いは無効化されますので憑かれる心配はありません。ですが、気がすすまなければ無理をされる必要もありませんので、このまま外でお待ちください。ただ、入室のとき、真理愛さんがいっしょであれば、霊に警戒はされてもいきなり襲ってくることはありませんが、僕がひとりで入った場合、侵入者と判断して、いきなり大暴れするかもしれません。その際、部屋がメチャクチャになる可能性はありますが、どうしますか?」


 せっかく与えてもらった選択肢だったが、


「もちろん、いっしょに入ります」


 一連托生とばかりに真理愛は即答して、寿々の腕を拘束したまま、いよいよ中へ。


 鍵を開けて扉のノブに手をかけた左近之丞から最後に、


「なるべく普段どおりにしてください。そうですね……たとえば、友だちが遊びにきたという感じがいいと思います。その方が霊の警戒を解きやすく、捕縛もしやすいです」


 そういわれたからなのか。


「なるほど。了解。そういうことなら、まかせて」


 高校時代に演劇部副部長だった真理愛は、ここから予想外のとんでもない設定をぶち込んできた。







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