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第1話 再会



 翌日の土曜日。秋空が広がる青天。


 北御門左近之丞との待ち合わせは、奇しくも一か月前の見合いと同じ午後一時となった。


 場所は、となり町にある真理愛の自宅マンション前。


 昨夜、左近之丞と電話をするなかで、


「待ち合わせ場所周辺の地図を送りますね」


 ということになり、寿々と左近之丞はコミュニティツールのアプリで、メッセージのやりとりができるようにした。互いのアカウントを登録後、寿々からテスト送信を試みる。


💭 蓬莱谷寿々です

💬 北御門左近之丞です

💭 大丈夫そうですね

💬 はい! 

💭 いまから地図を送ります

💬 お待ちいたしております


 寿々が地図を送信すると、待ちかまえていましたとばかり、即座に返事があった。


💬 不肖、左近之丞しかと受け取りました。寿々さん、このたびは僕のような不出来な若輩者に御声がけをしてくださり、誠にありがとうございます。これ以上、寿々さんを失望させないように、明日は万全の態勢にて~(以下、略)


💬 お引き受けさせて頂きましたお仕事は、必ずや、必ずや~(以下、略)


 このような丁寧なだけで内容を繰り返しているだけの本文1000文字を超える長文が、2回に分けて送信されてきた。改行もされてないので、読みにくいこと、このうえなし。


 途中まで読んで、寿々は思った。


 こういう要領を得ない文書で、稟議書や報告書をあげてくるヤツって、たいてい仕事ができないんだよなあ。あまり期待しないでおこう。


 適当な『OK』スタンプを選んだ寿々は、「これでいいか」と送信した。


 ──翌日。


 約束の時間ちょうど五分前。寿々はメッセージを受信した。また長い。


💬 到着しました。こんにちは。寿々さん。ご指定の場所にて、僕は何時間でも待っていますので、どうぞゆっくりいらしてください。本日は気温21度、湿度69パーセント、風速2メートル、そろそろ秋風が吹くころとなりまして、夜には肌寒くなるかと~(以下、略)


 途中で読むのをやめた寿々は、真理愛のマンションから1ブロック先にあるコンビニの影に潜み、本日も高級スーツでビシッと決めた左近之丞の様子を盗み見ていた。そのうしろからは、真理愛が顔を出している。


「ねえ、寿々。あの人が、ヤバめアートな怨念アプローチをしてくる元見合い相手? うわ、ちょっと! めちゃくちゃ、カッコイイじゃないの!」 


 これでもかと長く、真理愛は首を伸ばした。


「たしかに見た目はね」


 そうなのだ。やはりあの男は、立っているだけで周囲の目を惹いてしまう。


 真理愛が首を伸ばし、だれもが振り返る美形は、ここまで乗ってきたと思われるドイツ製のスポーツカーに寄りかかり、秋らしいチャコールグレーのスーツを完璧に着こなして、左腕の腕時計に視線を落としている。


 悔しいけれど、どこのモデルですか──といいたくなるほど、非常に絵になる光景だった。


「あの見た目に騙されないように」と、寿々は念を押したが、


「わたしの見立てによると、身長182センチ、体重70キロ弱、やせ型筋肉質のボディ。広背筋と腹筋がキレイなタイプね。肩から上腕にかけての筋肉もなかなかだと思うわ」


 見た目どころか、スーツのしたに隠された見えないところまでしっかりと想像力を働かせた親友は、「まちがいない」と力強く頷いた。

分析はさらにつづき──


「あれは、少々性格に難があっても、そこまで困らないタイプとみた。たとえヤバめアプローチな常識知らずであっても、多少は目をつぶれる上位階級ね。あの見た目で、禮子様ばりの霊力があって、わたしの悪霊を祓えるなら文句なし、ってところ」


 及第点だと、偉そうな評価を下した真理愛はさっそく、「さあ、行くよ」と寿々をコンビニの物陰から引っ張りだして、左近之丞に手を振った。


「おまたせしました~」


 真理愛の声に反応するより先に、何かしらの気配を感じたのか、すでにこちらに顔を向けていた元見合い相手は、


「……寿々さん!」


 真理愛にズルズルと引きずられる寿々を目にするなり、その赤茶の瞳を潤ませた。


「お久しぶりですぅ……グスッ」


 必死に涙をこらえる姿は、寿々に会えた喜びを伝えてくるのに十分な効力があって、「うぉ……イケメンだけど、噂どおりのヤバめ」と真理愛を一歩後退させた。


 およそ一か月ぶりの再会となったこの日。


 元凶となった見合い翌日の謝罪にはじまり、連日の蛇腹折りと怨念アートで、さすがに寿々の怒りもおさまっていた。


「あ、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


 軽い感じで声をかけたのだが、たったそれだけのことで、左近之丞の両眼はあっけなく決壊した。


「……北御門左近之丞です。本日は……グスン、よろしくお願いします。グスン……あの日、どうして僕は、これができなかったんだろう」


 過ぎ去りし見合いのことを、ひとり反省しながらハラハラと涙を流す。


 三十を前にして、その涙は美しくて──やっぱり、美形は得だな。


 うらやましく思う寿々のとなりで、「まあ、色々ありますって」と、したり顔の真理愛が、


「大丈夫。今日は挽回できるチャンスですよ! チャンスをものにできるかは、あなた次第!」


 除霊して欲しさゆえに、調子よくなだめていた。






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