学生時代。
『ほうらい屋』に遊びにきた真理愛を連れて、禮子の店を訪れたことがあった。
「もしや、玉輿神社の
なぜか寿々よりもずっと玉輿神社について詳しかったカトリック教徒の親友は、禮子の「先読み」がいかに
「神霊の
そういって「ありがたやぁ~」となり、それ以来、禮子に会うたびに拝んでいる。
その神とも崇める禮子が来月まで不在、と知った真理愛の落ち込みようといったらなかった。
「ああ、ああ、一気に酒もツマミも喉を通らなくなった。どうしよう。来週からは冬のボーナス査定がはじまるっていうのにさあ……このままだったら、何か不始末をやらかして、上長の印象が悪くなりそう。査定に響くこと間違いなし。こまった。こまった」
死活問題だと、ぼやきはじめて数分後。
「ねえ、寿々。だれか、他に祓えるような人いない? 霊視とか、除霊とかできる人。できれば、禮子様の知り合いがいいな。それなら信用できるし」
切実な声をあげる真理愛を前にして、寿々の脳裏をよぎっていったのは、
『僕は──霊能者です』
赤茶の瞳を持つ、金髪の美形。北御大社の三男坊。
『全盛期の玉依禮子さんと同じくらいの力があります』
出自だけはいい、元見合い相手・北御門左近之丞の顔だった。
迷惑千万な蛇腹折りの手紙と怨念アートな御朱印作品は、いまだに届いている。真理愛のことがなくても、そろそろ連絡しなければならないと思っては、いたけれど……まったく気はすすまない。
しかし、それより再三にわたって真理愛から「だれかいないの?」と詰められて、ついに——
「まあ、禮子さんの知り合いで、ひとりだけ心当たりはいるんだけど」
「だれ?!」
ビールジョッキを傾けながら、寿々は北御大社の三男坊で最悪の見合い相手だった男の名をあげた。
その夜。
「怖くて部屋に帰れない。明日も、明後日も帰りたくない」
いつものよう真理愛をゲストルームに泊めることになり、「さっきの話、本当になんとかしてよ」と、強めに迫られる。
その理由は、今週の月曜から大阪に出張している真理愛の彼氏が、日曜にはこちらに戻ってくるから。
「それまでになんとかしてよ。幽霊みたいな顔でマサト君とは会えない。わたし、キレイなお姉さんで通っているから」
「キレイなお姉さん?」
そうだ、と胸を張った自称・キレイなお姉さんは、クルリとターンを決めた。
「先週の土曜日は絶不調で会えなかったから、今週はなんとしても会わないとね。ほら、年下だからさ。いろいろ元気だったりするのよねえ」
訊いてもいないことをペラペラ話しつつ、必要以上にクルクルやって、ますます酔いが回った自称キレイなお姉さんは、ぶつかりそうでぶつからない千鳥足を披露しながらいった。
「いいこと、何がなんでも北御門左近之丞とやらに、明日、除霊するようにいってちょうだい」
連絡を渋る寿々に、「わかったわねえ~ いますぐ電話しなさいよ~」と念を押して、さっさとゲストルームに消えていく。
それを見送った寿々からは、深い溜息が吐きだされた。
「どうしようなあ」
寝不足つづきの真理愛を早めに休ませるため、今夜はBAR『ネオ・フルリオ』には寄らず、『幽々自適』から真っ直ぐ帰宅したこともあって、リビングにある時計は夜9時を少し回ったところ。独身相手なら、まだ連絡できる時間帯だった。
寿々の左手には携帯電話。右手には、蛇腹の手紙に毎度同封されてくる名刺があった。
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霊能者 北御門 左近之丞
電 話 XXX-XX八八―八八八八
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たったそれだけのシンプルな名刺だが、末広がりにもほどがある携帯番号に、寿々の目は細くなる。
いったいどうやったら、こんなにも縁起の良い番号を割り当てられるというのか。
ごく一般的な携帯番号の寿々からしたら不思議でならないが、禮子の番号もまた、左近之丞の末広がりに負けず劣らず。じつに縁起の良い番号だったと思い出す。
結局、寿々の知らない「ひとにぎり」のそういう世界が、世の中にはあるのだろう、ということで納得した。
さて、あとは電話をするか、しないかの二択となった。
リビングの片隅には、迷惑封筒でいっぱいになったダンボール箱が積まれている。明後日にはまた七福さんが「今週分だよ」と紙袋を届けにやってくるだろう。
やっぱり、これもいい加減、なんとかしなければならなかった。
「でもなあ。お願いする立場で、『迷惑だからもう送ってくるな』とは、なかなか言い難いのよねえ」
なんてことを考えていたら、時計は午後9時10分を回っていた。
蛇腹手紙で知らせてくる『今日の出来事』が正しければ、北御門左近之丞の就寝時間は丑三つ時だ。
かなりの夜型なので、時間的にはまだまだ余裕はあるけれど、独身相手だからといって、あまり遅くなるのも良くない。
よし、ここは親友の
意を決した寿々は、名刺にある左近之丞の末広がりな番号に電話をかけた。