目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第12話 幽々自適



 金曜の深夜。


 BAR『ネオ・フルリオ』からの帰り道。


 軽くなった肩を軽快に回す真理愛は、


「いやあ、すっきり! グルグル回る。気分もいいし。さあ、帰ろう。寿々の家にゴーゴー」


 上機嫌でいつものようにお泊りコースとなったその翌朝。


「快調だわ~」


 本当に憑き物でもとれたかのように、すっきりとした表情で起きてきた。


 完全復活の真理愛は、朝食にトースト2枚、ヨーグルトひとつにフレッシュジュースを飲み干して「ごちそうさま!」と立ちあがり、早々に身支度を整えると、


「それじゃあ、またね! わたし、これから彼氏とデート」


 土曜日の午前中に、ウキウキと帰っていった。


 その真理愛から連絡があったのは、翌週の金曜だった。


 十月の第一週。真理愛にしてはめずらしく、仕事中に送られてきたメッセージは〖とにかく今夜、できるだけ早く会いたい〗という主旨で、切迫感を感じさせた。


「今度こそ、年下の彼氏と何かあったかな」


 そう思った寿々は昼休み、勤務先である食品メーカー『ニッコウ食品』の食堂から、


〖いいよ。ネオに8時でいい? もう少し早い方がいい?〗


 返信すると、わずか10秒足らずで、時間と場所が変更されてきた。


幽々自適ゆうゆうじてきに6時半で。寿々は仕事が終わりしだいでいいよ〗


 かなり前倒しされてきた時間をみて、寿々は感じた。


 いよいよもって、事態は緊急性を要しているということか。


 真理愛が指定してきた幽々自適ゆうゆうじてきとは、BAR『ネオ・フルリオ』から徒歩10分圏内にある、こちらも寿々と真理愛の行きつけの居酒屋である。


 よほど早く会いたいらしい真理愛に、〖OK、なるべく早く行く〗と返し、昼食を手早く食べ終えた寿々は、いそいで仕事に戻る。


 その甲斐あって、定時ちょうどに仕事を終えて、5分後には「おつかれさまです」と退社。最寄りの駅から快速電車に飛び乗った。


 寿々が勤める会社は、高原市の湾港内に建設された人工島にある。港内の一部を埋め立てた海上都市は、『高原ポートシティ』と名付けられ、高原大橋と海の中に開通した高原湾トンネルでつながっている。


 高原駅へついたのは午後6時半をちょうど回ったころだった。駅の北口から出て、歩いて10分ほどの繁華街に、居酒屋『幽々自適』はある。


 二年ほど前、老朽化した店舗を改装する際のこと。


 赤ちょうちんが吊るされていた飲み屋は、怪談好きの店主の趣味が高じて、不朽の名作『番町皿屋敷』をイメージして全面改装がなされた。


 リニューアルオープンした店内の天井には、店主が各地をまわって集めに集めた珠玉の幽霊画コレクションが飾られ、客が見上げると幽霊と目が合っているような、いないような、落ちつかない気分にさせられる。


 また、井戸を模したテーブルには、厚めのアクリル板が天板としてはめ込まれ、のぞき込むと割れた皿がみえるという、店長こだわりの仕様となっている。


 そのようなホラーテイスト溢れる店内であるからして、照明は当然抑えられている。


 薄暗い店頭で名前をいうと、


「お連れ様がお待ちです」


 女中さんコスチュームのスタッフに案内され、奥の個室で待っていたのは、


「お菊さんですか……」


 そう訊きたくなるくらい、青白い顔をした真理愛だった。


 お冷とお通しを持ってきた女中さんも「おおっ……」とお菊さんばりに精気を失った真理愛の様子にビビリながら「ごゆっくり」と個室の障子を閉めた。


「どうしたの」と訊くまでもなく、先週よりもずっと嫌な気配を漂わせている真理愛の肩を、「悪霊退散!」と寿々は勢いよく払い、ついでに柏手を打った。


「はああ、生き返った……」


 まるで幽世から引き返してきたかのように、大きく深呼吸をして天井を見上げた真理愛は、


「わたし、今週ずっと、あんな顔をしていたんだよ」


 しだれ柳の下に立つ、ちょっと綺麗系の幽霊画を指差した。


 ようやく飲む気になった真理愛は、すぐに店員さんを呼ぶと「生、ジョッキで二杯」とビールを頼んで、「あと枝豆、冷奴、たこわさ、シーザーサラダ、お菊からあげ、幽霊チーズ厚焼きタマゴ」と定番から看板メニューまでをひととおり頼んだ。


 ジョッキで乾杯したのち、この一週間で何があったかを、疲れ切った表情の真理愛は、お通しをつつきながら話しはじめた。


 先週の金曜日。BAR『ネオ・フルリオ』で、寿々に肩を払ってもらい、晴れやかな顔をして土曜日に「またね」と、となり町にある自分のマンションに帰っていった真理愛だったが、鍵を開けて部屋に入ったとたん、ふたたびの体調の不良に襲われたという。


「肩なんて石みたいにカチカチになっちゃって、頭痛もすごいし、吐き気はするし、彼氏とのデートにも行けなかったのよ。仕事でも今週は、いつもはしないようなミスがつづいて……とにかく、神経がすり減った一週間だったわ」


 ここでツマミが続々と運び込まれてきて、お腹を満たしつつ、伝説の巫女である禮子を崇拝する真理愛がいった。


「明日、『恋むすび』に行くつもり。禮子様に見てもらわないと安心できないもの。寿々もいっしょにきてくれない?」


 お菊からあげを一口で頬張り、二杯目の生ビールで流し込んだ寿々は、「残念」と首を振った。寿々の見合いがあった二日後から、禮子は旅行にいっている。しかも海外。


「禮子さん、今、日本にいないよ。うちのお母さんとクルーズ旅行中。いまごろは地中海だから、帰国は早くて二週間後。それも、すぐに鶴亀商店街に帰ってくるかはあやしいな。そのまま、国内の温泉巡りをするらしいから」


「うそでしょ!」


 真理愛の顔がふたたび、お菊さんのように青ざめた。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?