最悪の見合いから3週間後。
高原市役所に勤める親友の
「なにそれ、何の罰ゲーム? ついに寿々の幸運も尽きたか」
場所は行きつけのBAR『ネオ・フルリオ』のカウンター席。
真理愛は、一杯目に頼んだ季節のフルーツカクテルを「いつもより美味しく感じるわ」と嫌味を添えて飲み干した。
「つぎのお酒、寿々は何にする? わたしはモヒート。ミントとライム増し増しで」
なんだその「増し増し」はと思いつつ、寿々も二杯目をオーダーして、ふたりは話しに戻った。
「それにしてもさあ。寿々の男運の悪さだけは相変わらずだよね。どうしてかなあ。禮子さんのマッチングでそんな男がきた時点で、運に見放されているとしか思えない。しかも、そこからの蛇腹折文と怨念アートなアプローチ作戦は、マジでないって。そのうち、蛇腹折りが巻物になるんじゃないの?」
ワハハ、と。よほど楽しいのか、
「美味しいぃ! ミントとライムでスッキリ爽快!」
饒舌なまま二杯目も軽快に飲み干した真理愛は、そこから急に真面目な顔で話はじめた。
「こうやって、美味しいカクテルを飲んで、寿々のことを笑っていると、だいぶ気分が良くなってきたんだけどさあ。わたしもここ最近、ちょっとツイてないことが多くて……」
「どうしたの? 彼氏となんかあった?」
「そこは大丈夫。寿々のヤバイ見合い相手とちがって、わたしの彼氏は超まともな常識人で、明日もデートだから」
「そうですか」
二杯目のモスコミュールをヤケ酒がわりにグイッといった恋人いない歴3年の寿々は、
「マスター、強めの酒ください」
三杯目のヤケ酒を注文した。
そのとなりでグルグルと肩を回しはじめた真理愛が、顔をしかめる。
「ああ、まただ……せっかく気分が良くなってきていたのに、また肩の調子が悪くなってきた。低気圧でもないっていうのにさあ、鈍痛っていうのかな。ときどき一気に重くなってきて」
グルグル、グルグル。
肩を回す真理愛の顔色は、たしかにいつもより悪い気がした。
薄暗い店内のせいかと思っていたけれど、顔色の悪さに加えて、回している肩のあたりにイヤな気配を感じて、「真理愛……」と肩に触れようとしたところで「おまたせしました」と、三杯目の強い酒がやってきた。
「カミカゼです」
「マスターのセレクト最高です」
真理愛の肩よりも先に、カウンターに置かれたロックグラスへと、寿々の手は伸びていく。その無色透明なカクテルを見た真理愛からは、呆れがもれた。
「また、男らしい酒を飲むわね。さすが、バッカスの嫁」
バッカスの嫁とは、大学時代の寿々のあだ名である。
当時、やたらと飲み会の多いサークルに所属していたこともあり、なにかにつけて呼ばれる飲みの席には、「酒豪だ」「ザルだ」と豪語する
「我こそは、北の酒星帝! 退かぬ、媚びぬ、酔わぬ、決して潰れぬ!」
「黙れ! 酒といったら東北一の伊達男であるこの俺だ。推して参る!」
「まてまて、土佐の酒鬼とは俺のこと。明日の夜明けは、俺がみるぜよ」
「お前ら全員、バカいってんじゃねえ。薩摩の酒漢を前にしてほざくな」
酒席ではことあるごとに、自分たちの出身地域を勝手に背負った気になった学生たちが、酒の飲み比べをはじめるので、「それじゃあ、わたしも」と酒と
そのたびに「俺はザルだ」と豪語する猛者たちを、「もう飲めません……」と酔い潰し、「それじゃあ、今日も
「奢りって最高。それなら、そろそろ。ワインにしようかなあ」
シャンパンで祝杯をあげ、そのあと遠慮の欠片もなく、赤、白、ロゼのフルボトルを空けて、「ごちそうさまでしたー」としっかりとした足取りで帰っていったことに、寿々のあだ名は由来している。
自他共に認める酒豪ぶりは社会人になってからもつづき、今夜も三杯目のカミカゼを、まずはゴクリ。「ウマーッ」とやった寿々は、ふたたび真理愛の肩へと視線を移した。
「ここ最近、何かとツイていないうえに、肩まで重いと──それって、何か憑いてんじゃないの?」
そんなことをいう寿々に「もしかして、なんか視える?」と両腕をクロスして肩に置いた真理愛が、「じつはさあ」と心当たりを話しはじめた。
「あれ、でも真理愛ってカトリックじゃなかった?」
「そうだけど。ご先祖様はバリバリの仏教徒だからね。毎年、春と秋には、お墓の掃除と先祖供養のお参りに行くよ」
真理愛の肩が重くなり、不調がつづくようになったのは、郊外の霊園に出掛けたあとからだという。
「残念ながら、わたしには何も
伝説の巫女である禮子から、よく聞かされていた。
「いいかい、寿々ちゃん。何か嫌な気配を感じたら、パンパンって
それに習って、パシッ、パシッと真理愛の両肩を音をさせながら払ってやると、
「あれ? ちょっと良くなったかも……」
さきほどよりもスムーズに動かせるようになった肩を高速でグルグルさせて、
「やっぱり、もう痛くない!」
真理愛は大いに喜んだ。
「さすが、寿々。イヤな
顔色も良くなり、いつもの調子をすっかり取り戻して、
「マスター、わたしには甘々テキーラ・サンライズで!」
真理愛は三杯目をオーダー。
「寿々には御礼で、男運があがりそうなコスモポリタンで!」
余計なお世話だ。