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第11話 バッカスの嫁



 最悪の見合いから3週間後。


 高原市役所に勤める親友の真理愛まりあは、


「なにそれ、何の罰ゲーム? ついに寿々の幸運も尽きたか」


 他人ひとの不幸を高らかに笑い、大いに喜んだ。


 場所は行きつけのBAR『ネオ・フルリオ』のカウンター席。


 真理愛は、一杯目に頼んだ季節のフルーツカクテルを「いつもより美味しく感じるわ」と嫌味を添えて飲み干した。


「つぎのお酒、寿々は何にする? わたしはモヒート。ミントとライム増し増しで」


 なんだその「増し増し」はと思いつつ、寿々も二杯目をオーダーして、ふたりは話しに戻った。


「それにしてもさあ。寿々の男運の悪さだけは相変わらずだよね。どうしてかなあ。禮子さんのマッチングでそんな男がきた時点で、運に見放されているとしか思えない。しかも、そこからの蛇腹折文と怨念アートなアプローチ作戦は、マジでないって。そのうち、蛇腹折りが巻物になるんじゃないの?」


 ワハハ、と。よほど楽しいのか、


「美味しいぃ! ミントとライムでスッキリ爽快!」


 饒舌なまま二杯目も軽快に飲み干した真理愛は、そこから急に真面目な顔で話はじめた。


「こうやって、美味しいカクテルを飲んで、寿々のことを笑っていると、だいぶ気分が良くなってきたんだけどさあ。わたしもここ最近、ちょっとツイてないことが多くて……」


「どうしたの? 彼氏となんかあった?」


「そこは大丈夫。寿々のヤバイ見合い相手とちがって、わたしの彼氏は超まともな常識人で、明日もデートだから」


「そうですか」


 二杯目のモスコミュールをヤケ酒がわりにグイッといった恋人いない歴3年の寿々は、


「マスター、強めの酒ください」


 三杯目のヤケ酒を注文した。


 そのとなりでグルグルと肩を回しはじめた真理愛が、顔をしかめる。


「ああ、まただ……せっかく気分が良くなってきていたのに、また肩の調子が悪くなってきた。低気圧でもないっていうのにさあ、鈍痛っていうのかな。ときどき一気に重くなってきて」


 グルグル、グルグル。


 肩を回す真理愛の顔色は、たしかにいつもより悪い気がした。


 薄暗い店内のせいかと思っていたけれど、顔色の悪さに加えて、回している肩のあたりにイヤな気配を感じて、「真理愛……」と肩に触れようとしたところで「おまたせしました」と、三杯目の強い酒がやってきた。


「カミカゼです」


「マスターのセレクト最高です」


 真理愛の肩よりも先に、カウンターに置かれたロックグラスへと、寿々の手は伸びていく。その無色透明なカクテルを見た真理愛からは、呆れがもれた。


「また、男らしい酒を飲むわね。さすが、バッカスの嫁」


 バッカスの嫁とは、大学時代の寿々のあだ名である。


 当時、やたらと飲み会の多いサークルに所属していたこともあり、なにかにつけて呼ばれる飲みの席には、「酒豪だ」「ザルだ」と豪語する猛者もさたちが、全国津々浦々つつうらうらからつどっていた。


「我こそは、北の酒星帝! 退かぬ、媚びぬ、酔わぬ、決して潰れぬ!」


「黙れ! 酒といったら東北一の伊達男であるこの俺だ。推して参る!」


「まてまて、土佐の酒鬼とは俺のこと。明日の夜明けは、俺がみるぜよ」


「お前ら全員、バカいってんじゃねえ。薩摩の酒漢を前にしてほざくな」


 酒席ではことあるごとに、自分たちの出身地域を勝手に背負った気になった学生たちが、酒の飲み比べをはじめるので、「それじゃあ、わたしも」と酒とさかな代をかけて、関東代表の寿々が参戦すること数多。


 そのたびに「俺はザルだ」と豪語する猛者たちを、「もう飲めません……」と酔い潰し、「それじゃあ、今日もおごりで」と、店の畳や床、最悪は路上に散った自称・酒豪たちを眺めながら、


「奢りって最高。それなら、そろそろ。ワインにしようかなあ」


 シャンパンで祝杯をあげ、そのあと遠慮の欠片もなく、赤、白、ロゼのフルボトルを空けて、「ごちそうさまでしたー」としっかりとした足取りで帰っていったことに、寿々のあだ名は由来している。


 自他共に認める酒豪ぶりは社会人になってからもつづき、今夜も三杯目のカミカゼを、まずはゴクリ。「ウマーッ」とやった寿々は、ふたたび真理愛の肩へと視線を移した。


「ここ最近、何かとツイていないうえに、肩まで重いと──それって、何か憑いてんじゃないの?」


 そんなことをいう寿々に「もしかして、なんか視える?」と両腕をクロスして肩に置いた真理愛が、「じつはさあ」と心当たりを話しはじめた。


 彼岸ひがんのお墓参りに、真理愛が家族と出かけたのは先週末のことだった。


「あれ、でも真理愛ってカトリックじゃなかった?」


「そうだけど。ご先祖様はバリバリの仏教徒だからね。毎年、春と秋には、お墓の掃除と先祖供養のお参りに行くよ」


 真理愛の肩が重くなり、不調がつづくようになったのは、郊外の霊園に出掛けたあとからだという。


「残念ながら、わたしには何もえないんだけど」と、なんとなく嫌な気配のする真理愛の右肩を、寿々はてのひらで強めに払った。同じように左肩も。


 伝説の巫女である禮子から、よく聞かされていた。


「いいかい、寿々ちゃん。何か嫌な気配を感じたら、パンパンって柏手かしわでを打つか、直接、手で払いのけるといいよ。寿々ちゃんなら、たいていのものははらきよめてしまうだろうからさ」


 それに習って、パシッ、パシッと真理愛の両肩を音をさせながら払ってやると、


「あれ? ちょっと良くなったかも……」


 さきほどよりもスムーズに動かせるようになった肩を高速でグルグルさせて、


「やっぱり、もう痛くない!」


 真理愛は大いに喜んだ。


「さすが、寿々。イヤなき物が吹っ飛んでいった感じがする。幸運体質は健在だよ。となると、やっぱりないのは男運だけだったかあ。かわいそうに」


 顔色も良くなり、いつもの調子をすっかり取り戻して、


「マスター、わたしには甘々テキーラ・サンライズで!」


 真理愛は三杯目をオーダー。


「寿々には御礼で、男運があがりそうなコスモポリタンで!」


 余計なお世話だ。





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