「すみません、七福さん」
「いいよ、いいよ。自転車ですぐだから、そんなに気にしないで」
グリーンガーデン高原ヒルズのレジデンスの入口で、ロードバイクにまたがった叶絵の旦那様から『ほうらい屋』とプリントされた紙袋を受取った寿々は、申し訳なさでいっぱいだった。
紙袋の中身は、郵便書留で郵送されてきた分厚い封筒である。全部で七つ。宛名はすべて『蓬莱谷寿々様』で、差出人もすべて『北御門左近之丞』となっている。
なにがどうなっているかというと、左近之丞の手に渡っている釣書の住所『ほうらい屋』に、月曜日から届きだした厚さ3センチはあるかという封筒。
先週、日曜日の都市公園にて、関係の修復はむずかしいと伝えた寿々に対して、
『寿々さん、僕はひとまず地表をめざします』
『──本日、今このときより、僕史上最大限の努力をすることをここに誓います』
ひとり勝手に、地表をめざすことを誓った男。その翌日より、「最大限の努力」という名の「最大級の迷惑行為」がはじまった。
姉宛ての郵便書留を受取り拒否できなかった叶絵は、仕方なくサインをして受取り、「お姉ちゃん、今日も届いたよ」と連絡を寄越してくる。
届いた封書はレジの片隅に積まれ、一週間分溜まったところで、元S級S班の競輪選手である七福が、自転車配達員よろしくグリーガーデン高原ヒルズまで届けてくれるようになった。ちなみに今回が2回目のお届けである。
あの日、テイクアウトのアイスコーヒー1杯で態度を軟化させるべきではなかったと、寿々は激しく後悔していた。もっといえば、『地表
さて、その厚さ3センチの迷惑封筒の中身はというと──
まずは高級な和紙で丁寧に
当初は、先日の見合いにおける自身の言動についての反省がつづられ、謝罪の言葉がこれでもかと連なった〖詫び状〗であったが、反省も謝罪の言葉も尽きたのか。
ここ最近の内容は、ほぼ北御門左近之丞の『本日の出来事』である。信じがたいことに、これが十日ほどつづいている。
30歳を前にした男の私生活が、赤裸々にびっしりと筆字で綴られている様を目にしたとき、あの男のイカレぶりを寿々は再認識した。社家の息子らしく、やたらと達筆なのが、また腹立たしい。
さらには、蛇腹手紙と同封されてくる第二のブツも、また異様である。これまた厚めの高級和紙を台紙にして、きっちりとセットされているのは──まさかの『切り絵』だった。
それもかなり繊細なモチーフの作品で、よくよく見ればそれは
ただ、作品はどれも見事なもので、十二支の干支を
当初は、北御大社で大量に用意しているレーザーカットものかな、と思ったが、どうみても切り抜き部分の曲線などが手仕事にみえる。
だとすればこれは、熟練の切り絵職人による作品かとも思ったが、御朱印には作成日とともに、必ずどこかに隠しメッセージが添えられていた。
繊細すぎるタッチにて、ときに『LOVE』ときに『SUZU ♡ SAKON』たまに『寿々寿々寿々寿々寿々さま』とあり、今週送られてきた御朱印には、ついに
小倉百人一首の編纂者として有名な藤原定家の和歌である。ご丁寧に訳まで添えられていた。
待っても来ない貴女 それでもやっぱり わたしはいつまでも
貴女を想い この胸をジリジリと焦がして 待ちつづけるのでしょう
(訳:左近之丞)
重たい! 和歌のセレクトも本人の直訳も、すべてが切り絵になっているという、重量級のヤバさだった。
一度や二度ならともかく。こんな馬鹿げたことに職人が連日付き合うとは思えない。これにより、切り絵の作成者が左近之丞の本人である可能性が限りなく高くなり、この怨念めいたメッセージに、
「……怖すぎるって」
寿々は霊的な身震いを、生まれてはじめて感じた。
そんなわけで、達筆蛇腹手紙と怨念アートな御朱印作品は捨てるに捨てられず、来年早々、玉輿神社のお焚き上げに持っていくよりほかない。
「ありがとうございました。叶絵によろしく。気をつけて~」
「は~い。それじゃあ、また来週~」
ロードバイクのペダルを踏み込み、初速から爆速の七福を見送った寿々は、自宅に戻り、今週分の手紙と怨念作品を、先週分とおなじダンボール箱に詰めた。
来週もあるのか……あるよなあ。と、溜まっていく一方のダンボール箱の中身をみて、そろそろなんとかしなければと思いつつ、あの男とコンタクトを取るのが恐ろしすぎて、放置すること三週間。
親友の